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常若比売の天降り婚  作者: 根占桐守
第一章
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第2話 結婚命令


 ◇◇◇


 翌日。とうとう、常若の管理者たる屋敷人たちが誰一人として屋敷に来ることが無くなってしまったようだった。

 その代わりに、常若のもとを訪ねてきたのはお堅いスーツを着こなした人間たちの集団。

 彼らは勝手知ったるように屋敷に押しかけて来たかと思えば、整列して〈箱の間〉の畳の上へと正座し、〈箱〉の中に居る常若に向かって両の掌をついて、深々と首を垂れた。


「お初にお目にかかります、〈呪いの客神〉様。この度はあなた様にお仕えする使用人たちが一斉辞職を願い出てきたため。急遽、我ら〈邦神治安総局ほうじんちあんそうきょく〉の者がこの場に参上致しました次第でございます」


 邦神治安総局。通称「邦神局(ほうじんきょく)」とも呼ばれている。それは日本中の八百万の神々の秩序を見定め、〈神遺〉より日本の安全を守る国防機関であり、客神十二柱の護衛、管理、監視も務めている国立機関だ。常若を管理していた屋敷人たちは皆、邦神治安総局から派遣されてきた人間である。


 邦神治安総局の局員が訪問してきたことは、今までにも何度かあった。その全てが、異能が強すぎる常若へのお叱りや、常若を封印しているとも言える〈箱〉の結界強化を施すため、といったようなもの。

 とうとう屋敷人たちの全てが常若のもとを去ったことで、お叱りと結界強化、今回はそのどちらをも果たすために来たのかもしれない。

 常若はぼんやりとそんなことを思いながらも、この場での代表と思われる白髪交じりな中年男性の邦神局員へ淡々と問うた。


「何の用?」

「はい。手短にお伝えさせていただきます。この度は国の指令により、〈呪いの客神〉様のご結婚が決定されました」

「……けっこん……?」


 それは常若の予測を大きく外れた答えだった。常若は神たる己には一切の縁がないと思っていた「結婚」という言葉を、思わず拙い口調で繰り返す。すると、邦神局員が「はい」と返して、常若の様子を窺うことも無く淡々と説明してきた。


「昨今の〈呪いの客神〉様の異能の力は、客神十二柱の中でも群を抜いて絶大なものと成りつつあります。このままではいずれ異能の力が暴走し、〈神遺〉以上の巨大災害と成り果ててしまわれるでしょう。しかし、客神は伴侶を得ることで、異能の力が非常に安定するという確かな記録が(いにしえ)より存在いたします。ゆえに、いずれ日本に仇なす〈神〉に成り果ててしまうことが今現在最も懸念されている〈呪いの客神〉様には、応急処置としてご結婚していただくことが、国より指令としてくだったのでございます」


 常若は邦神局員の話を静かに聞き入れた。その中でも「常若がいずれ日本に仇なす〈神〉に成り果てる」というような言葉に、常若は「やはりそう思われていたか」と他人事の如く得心した。

 実際、常若自身にも薄々、そのような予感があったのだ。己が、己ではない「巨大な何か」へ、無意識のうち、徐々に変貌しつつあるのだと。


(結婚は、国の指令……それに邦神治安総局は神たる僕の絶対的管理者。彼らに逆らうという選択肢は僕にはない。これは確定事項。その報告だ)


 常若は「己の結婚」を確定事項でしかないのだと素直に悟ると、すぐに邦神局員へと小さく頷いて見せた。


「結婚の指令は承知した。無論、受けるよ。何か、他に詳細はある?」

「流石は〈呪いの客神〉様。既に、あなた様のご結婚の手続きは済ませてあります。そして、この度あなた様の伴侶となるのは、我ら邦神治安総局が選定した雇いの〈神使(しんし)〉です」


 常若はゆっくりと目をしばたたかせた。まさか己の伴侶となるのが——雇いの〈神使(しんし)〉か、と。

 神使とは。客神に仕える従者のような存在である。主な仕事は、客神が〈神遺〉を鎮魂するために異能の力を行使して執り行う〈神舞(じんぶ)〉の補助だが、客神の世話役や護衛も務めることもあると聞いている。そして殆どの神使が、邦神治安総局より派遣されるエリート公務員なのだとか。

 常若は今まで、一度たりとも神使に仕えられたことはない。常若の異能の力が強すぎるためか、試しに〈神舞(じんぶ)〉を共に執り行ってみても、数多くの神使を呪いの異能によって昏倒させ、時には神使としての復帰すら叶わないほどの後遺症まで残させてしまった。


 ゆえに常若は「神使殺しの神」という二つ名がつくまでに、日本中の神使たちに恐れられている。


 そんな常若と結婚しようなどと思ってくれる神使が存在するとは、思いもしなかったのだ。そのうえ、「雇いの神使」というと、おそらく邦神治安総局には所属していないフリーの神使なのだろう。神使としては異色の経歴であるはずだ。


「神使か……」


 常若はそう呟いて、しばらく視線を斜め下に漂わせると、思いがけず口をついて本音がころりと出た。


「神使は、普通の人間よりも更に神気や客神の異能に敏感。もしかしたら僕の呪いの異能が、その結婚相手を殺してしまうかもしれない……」

「ご心配には及びません」


 不意に、艶っぽい男の声が常若の懸念を遮った。艶だけではなく、どうにも軽薄にも感じられる軽快さを纏った、低い男の声。

 常若という圧倒的上位存在が鎮座するこの空間は、「呪い殺されやしまいか」という無言の恐怖が蔓延し、固い緊張を帯びていた。そんな空気感を容易く壊してしまうような飄々とした声。

 それほどまでに場違いな声色だったので、常若は思いがけず何度か目をしばたたかせて、声がした方に目を向ける。


「俺は絶対に、あなたには殺されませんから」


 また、飄々とその声は不敵な物言いをする。

 声の持ち主は邦神局員たちの列の最後尾におり、両の掌を畳についたまま顔を上げて、真っ直ぐと〈箱〉の中に居る常若を見つめていた。

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