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常若比売の天降り婚  作者: 根占桐守
第四章
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第27話 少女神〈常若比売〉

 いよいよ常若が、今まで随分と出し渋っていた——本気を、出す。

 常若の隠されていた本性が。畏怖を抱かずにはいられない、強大な力と魂が、自由に解き放たれる。

 それを本能で痛いほどに思い知って、千種と一颯(かずさ)は冷や汗を滲ませずにはいられない。


「これは覚悟せなあかんわ……千種。呼吸(いき)合わせんの、忘れてへんやろな?」

「ばーか。んなもん、生まれる前から嫌になるほど合わせてきてんだろうが」

「よっしゃ。なら、やるで——俺とお前で、若くんを支えたんねや」

「ああ。若さんの全部を、全身全霊で支える。絶対に」


 双子が呼吸を合わせる。まるで()()()()()かのように。

 千種も弓役へと回って、両腕に弦を巻き付けると、太刀を弓に見立てた。

 千種と一颯(かずさ)が、寸分違わず同じ動きで、見惚れるような美しい姿勢を以て弓を強く、強く引き絞る。これぞまさに、阿吽の呼吸。

 己から伸びる異能を司る弦が、精密に制御される心地よさを嚙み締めながら。

 常若は心底楽しそうな、蕩けるような声で、祝詞を唱えた。


「いざたまえ。此処(ここ)()いて、来降(らいごう)


 ついに、降臨する。

 この世でたった一人、〈比売(めがみ)〉の名を冠する少女神が。


詛咋(そくい)双神主(ならびがみのぬし)常若(とこわか)比売(ひめ)


 常若(とこわか)比売(ひめ)——客神(まれびと)十二柱(じゅうにはしら)で唯一、女を(いと)うはずの山神に愛されてしまった呪いの姫神(ひめがみ)


 常若が現人神(あらひとがみ)たる己の真名(まな)を開示すると、その姿が徐々に「真の神姿」へと変身してゆく。


 亜麻色が黄金の如く(つや)めく御髪(おぐし)(いただき)には、漆黒の立烏帽子(たてえぼし)

 風に舞う白色の直垂(ひたたれ)の至る所には、鳥兜(とりかぶと)の青き花色で恐ろしいほど美しく彩られ、常闇色の長袴は大地に(うごめ)く影に溶けるほど黒い。

 宙には幾本もの藁糸が常若を囲むように浮いている。

〈神体来降〉にて真なる客神として顕現した常若は、白拍子にも似た神々しい姿へと変身した。


 常若がおもむろに片手に持つ蝙蝠扇(かわほりおうぎ)を手放すと、それは巨大神遺の眉間へと吸い込まれていった。

 次いで常若が、佩いた太刀をすらりと抜くと、みるみるうちに太刀は柄の長い釘抜き付きの大槌へと変貌する。


「いで、きたまへ。杭鳴る()の方へ」


 常若は歌った。


「杭の()は君が御魂(みたま)をゆらゆら揺らさむ。我が言霊は君が御魂(みたま)をうらうら燃やさむ」


 この世のものとは思えない、美しい声音(こわね)を以て。


()()ふ君は呪詛の如し。あはれ、怨みて。荒ぶる君は言祝(ことほ)ぐやう。あはれ、(よろこ)びて。君が歌は産土(うぶすな)(やわ)らぎ。あはれ、歌ひて。歌ひ終はらば遍く産土(うぶすな)、眠りにつかむ」


 常若の神体来降と共に顕現した、周辺に漂う輝く藁糸が一気に収束し、人型の形代(かたしろ)となる。


「君も眠れ。闇のかひな、(くら)(しとね)が迎へに来たり。君が呪い、さながら我が喰らはむぞ」


 そして、幾つもの釘が顕現し、常若の前まで流れてくると、形代に向かってずらりと並んだ。


「いざや、呪え」


 常若が、大槌で眼前に浮かぶ形代へと釘を打ち込む。

 すると、打ち込まれた釘に連動するように、巨大な杭が常若の頭上に顕現して、それらが巨大神遺に撃ち込まれていった。


 コン。コォン。コォーン。


 杭を打つ音は眠りたくなるほど耳心地がいい。

 しかし、徐々にその高い音は、地響きのような轟音へと変化してゆく。

 杭を撃ち込まれた巨大神遺は、常若に打たれる度にその巨体を大きく震わせて、泣き声を上げた。

 だがその泣き声は、決して痛みに苦悶するような絶叫ではない。

 まるで慈悲の雨に打たれて涙するような、歓喜の泣き声であった。


「いざや、祝え」


 常若が歌った「祝え」を決め手に、巨大神遺は完全に鎮魂し、その神気が虹色の光となって弾け、雨のように降り注いだ。

 光の雨が降り注ぐ中、巨大神遺の呪いを抽出した一本の杭が、常若のもとに還ってくる。常若はその杭を小さな口でおもむろに、呑み込んだ。

 鎮魂した巨大神遺を仰ぐと、常若は終わりの祝詞を呟く。


「いで、きたまへ」


 刹那。常若の〈神体来降〉は完全に解かれ、いつもの着物姿に戻る。

 それに次いで、常若の背後で大地に二つのクレーターができるほどの衝撃に耐えて異能の弦を制御していた、千種と一颯の神使術も解かれた。

 三人は満身創痍とも言えるほどに、ふらふらと極度の疲労で身体を揺らしながら、焦点の合わない視線を互いに交わした後、互いの片手を「ぱん」と叩き合う。

 そうして誰からともなく、三人はその場に輪になるように倒れ込んで、しばらく荒い呼吸を繰り返していた。

 常若は虹色の光の雨に彩られた空を仰いで、気の抜けたような——しかし、心底興奮しきったような声を漏らした。

 その目は、未だに銀色の熱でちらちらときらめいている。


「はあ……楽しかったー……」

「く、ははは。だな。楽しかったわ」

「なぁにが楽しいや……キショ。変態やろ、お前ら……久々に死ぬかと思たわ、ボケ……」


 千種も心底楽しそうな様子でくしゃっとした笑みを浮かべると、笑い声を上げる。

 一方の一颯は、心底呆れ果てたような半眼で、悪態を吐いた。

 だが、一颯もすぐに千種とよく似たあどけない顔で、満面の笑みを零す。


 三人はしばらく、美しい虹色の空を仰いで、笑っていた。

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