第26話 遂に降臨す
常若の真剣極まりない眼差しと、衝撃的な希求を受けた一颯が、一瞬呆けたように目をしばたたかせたが、すぐに目を剝いてすっとんきょうのような声を大きく上げた。
「は……はあ!? ま、まじで言うとるんか? 本気か!?」
「本気。まじ」
常若は短く頷いて見せ、巨大神遺を横目で一瞥する。
「あの巨大神遺を鎮めるには、今までの二人だけの神舞じゃたぶん無理。つまり僕と千種には、一颯が必要。だから、お願い」
「お、お願いて……さっきも散々言うたけど、客神が客神の神使に成るなんざ、前代未聞やで!?」
常若が一颯に詰め寄るように見上げる。
一颯は、気圧されるように一歩後退った。
「あー。もういい加減喧しいな。一颯クンは」
そこに、くつくつと喉奥で低く笑っていた千種が、小首を傾げながら流し目で一颯に視線を寄越した。
千種の人を食ったような態度に、一颯が青筋を浮かべて嚙みつく。
「ああ!? 何やねん、こんな時に喧嘩売っとるんか!? ちゅうか、お前はそれでええんか千種。万が一、俺が若くんの神使に成って……」
「いいんでないの?」
千種は至極穏やかな声で、諭すように一颯に答えた。
「俺らで前代未聞のはじまり。成ってみんのも悪かないだろ」
目を細めて、穏やかな笑みを浮かべる千種。
そんな千種の表情と言葉に、半ば衝撃を受けたような顔をしていた一颯は、次第にわなわなと身体を震わせて、片手の拳を握った。
何故だか、随分と悔しそうな顔で独り言ちる。
「んの……いいんかい……!」
「何驚いてんだよ。キショいな」
「うっさいわ……それより、俺は若くんとの神舞経験すら一切ない。何もかもが未知数。若くんとお前は問題あれへんやろうが、俺が二人に合わせられるかわからんで。しかも、この土壇場やぞ」
「何言ってんだ。できるだろ、カズは」
「は……」
千種が如何にも「当然」といった真顔で、一颯に顎を振って見せる。
「カズはできる。絶対。俺は知ってる」
「右に同じく」
「だよなあ、若さん。それともお前の方はビビってんの? カズ」
常若の短くも本心からの同意を得て、千種がにやにやと一颯を見やった。
千種と常若。二人から揃って無茶苦茶な「お前はできる」という信頼でも何でもない、自分勝手且つ横暴な「事実の提示」を受け取った一颯は、しばらく無言で頭を抱えていた。
「……こんの、人でなし共が。ええよ。上等や。お前ら揃って感動のあまり泣いてまうくらい、完璧に俺が支えたる」
しかし、一颯はすぐに顔を上げると、金色の瞳をぎらりと獰猛に光らせて、いつもの高圧的な態度に戻る。
そんな一颯の様子に千種は肩を竦めて見せ、常若は淡々と頷いて見せた。
そして三人は誰からともなく、自然とそれぞれの配置について、神舞の構えを取る。
「千種。俺が弓役でええな?」
「ああ、俺が箭役ね。つーか、それしかねぇだろ? お前、弓役を俺に譲る気なんざさらさら無いくせに」
「当然や——ほな、行くで。千種、若くん」
「はいよ」
「うん。よろしく、二人とも。それでは——只今より、神舞を執り行う」
常若が千種と一颯の前に立ち、その片手に呪いの異能——鈍色に輝く槌を顕現させる。
それに併せて千種と一颯が拍手を鳴らすと、まるで一人に溶け合ったかのように、ぴったりと二人で神使術の祝詞を唱える。
「かけまくもかしこき、山祇の御方よ。我ら空蝉の子、御方の息吹より出でし弓弦を以て弦打ちすることを聞し召せと。畏み畏みも白す」
常若からは銀色の弦、千種からは金色の弦、一颯からは若草色の弦が、光の粒子と共に輪を描いてぶわりと無数に湧き出し、顕現した。
三色の弦が複雑に絡み合い、それらは弓の形と成して、弓役である一颯の手に収まる。
一颯は見惚れずはいられない美しい姿勢を以て、三色が入り混じった光り輝く弓を引く。
箭役である千種も眼鏡を片手で押し上げて太刀を引き抜くと、片腕に弦を絡ませた。弦を通じて、千種は常若の呪いの異能を少々借り受ける。
そうして、巨大神遺から生じている小さな神遺の数々を、千種は目にも留まらぬ疾さで斬り込んでゆき、常若と一颯に害を及ばさぬよう逸早く鎮魂してゆく。
千種と一颯、二人に繋がれた光の弦に支えられ、常若の異能は更に引き出される。常若が左腕を指揮者の如く振るうと、数百とも見て取れる長釘が宙に顕現した。
やはり、凄まじい常若の異能の力に、太刀を振るう千種と弓を引き続ける一颯が額に汗を滲ませる。
「……んんんなるほどなあ!? これは……一瞬たりとも気ぃ抜けへんわ。若くんに命運持ってかれてまう」
「だろ? 若さん、ほんと凄ぇんだから。まだまだへばるなよカズ。早々に弓役がポンコツ化されたら、堪ったもんじゃないんでね」
「舐めんなや千種。それはこっちの台詞やっちゅうねん」
そんな二人のやり取りを背に、常若は巨大神遺に向かって宙に顕現させた数百の長釘を撃ち込む。
されど、巨大神遺は依然として鎮まる気配はなく、ますます神遺の群れを生み出している。
常若は眉根を寄せて、薄く唇を嚙んだ。
異能は一颯の類稀なる技巧の神使術で制御されているため、今までにないほど安定している。しかし、この巨大神遺を鎮めるには、まだ異能の力が足りないのだ。
(この巨大神遺、耐久力が想定以上。これを完全に鎮めるにはたぶん、もう……〈神体来降〉しかない。だけど、それは千種たちへの負担が計り知れない……どうすれば……)
そう歯嚙みしていると、常若と一颯に襲い掛かってくる神遺の群れを箭役として薙ぎ払う千種が、まるでお茶にでも誘うかのような声色と微笑みを湛えて、常若を振り返った。
「若さん。〈神体来降〉、やろうか」
思ってもみなかった千種からの誘いに、常若は大きく目を瞠る。同時に、僅かに顔を不安で歪めた。
それを目にして、常若の心情を読み取ったのであろう千種が、明るい笑みを浮かべる。
「んな顔しなさんな。大丈夫。俺らそんなやわじゃねぇし。それに俺、どんな若さんも支えられる自信。滅茶苦茶あるんだよね。つーか、もっと俺に色んな若さん、見せて頂戴よ」
常若を見つめてくる千種の金色の双眸。
その黄金の眼差しは、今までにないほどの熱情で、激しく迸っているように見えた。
そんな千種へと目を丸くする常若にも構わず、一颯も心から楽しそうに笑い声を上げる。
「ええなあ、ええなあ! おもろいやん。あんたの本気、思う存分に出してみ。若くん」
一颯の笑い声に釣られたのか、千種も心底楽しそうに笑い声を零して、熱情の弾ける視線を流し目で常若に寄越してくる。
その視線に、常若は釘付けになった。
「そういうことで、若さん。気楽に本気、出していこうぜ?」
そんな千種の言葉に、常若は氷真の『とにかくお前は千種のこと、目一杯信じろ。思いっ切り千種を頼れ。あいつはやる男だ。それだけでいい』という言葉を思い出した。
(そうか……これが、『信じて、頼る』。これも、はじめてだな。うん。悪くない——不思議。『信頼』って、凄く心地がいいんだ)
常若は一度目を閉じて、深く呼吸を何度か繰り返す。
そしてゆっくりと開かれた目蓋。
その中にある、銀色の瞳の中は歓喜の火花が色とりどりに弾け、どろりと熱に熔けたかと思えば、千種と一颯を流し目で捉えた。
その強烈な神気と歓喜が迸る視線を受けた双子は、ぶるりと総毛立つ。
「うん。ありがとう。それでは、はじめようか——僕らの、真なる神舞を」




