第24話 双子は献身でできている
一颯が縁側の床に両手をついて体重を後ろの方にかけると、空を仰いだ。そのまま、遠くの空を見つめて静かに語りだす。
「あいつが客神やったら、誰よりも俺があいつの才能を引き出してやれる。あいつの本気を引き出してやれる。たぶん、いや確実に俺ん方が長生きするやろから、あいつが死に腐るまで、ずっと支えられる。あいつを支えるんちゃうねん。あいつはついでや。客神と神使の俺らなら、神さんも他人様も、神遺で苦労しとる数え切れんくらいの誰かも、たっくさん支えられるはずなんよ。俺ら、強いから。誰よりも、俺があいつんこと知っとる。誰よりも、あいつが俺んこと知っとるに決まっとる。知っとることは、強さや。せやから……」
そこでふと、一颯が我に返ったように息を呑んで、口を噤んだ。
「……あかんな。妄想で饒舌になってもうた。ダサ」
一颯は深くため息を吐き出し、自嘲するように小さく鼻で笑うと、目を伏せる。
「それにしても、ほんま。俺には客神の役、全然性に合わへんのよなあ。俺は神使がいい。誰かに尽くすんが、いっちゃん楽しいし、気持ちええんよ」
「……!」
それは一颯の、心の底から出た純粋な言葉だったのだろう。一颯の声はひどく楽しそうで、穏やかで、一切の淀みも感じられない。そんな一颯に、常若は思いがけず息を呑まずにはいられなかった。
一颯の言うそれはまさに——類稀なる、献身の魂。
それを楽しいと思えるのは、間違いなく才能と言えよう。そしてその天賦の才に、常若は身に覚えがあった。
(ああ、まるで同じだ——千種と一颯、本当にそっくりだ。双子って、魂まで似るんだ)
千種と一颯。
この二人はきっと、互いが魂の半身なのだろう。
常若は千種と一颯の異常なまでの「献身の魂」を思い知りながらも、どこか悩んでいるようにも見える一颯へ、気軽に提案した。
「じゃあ、一颯もさ。好きなようにやればいいと思うよ。神使に成ろうよ、また」
「は?」
常若の提案に、一颯は心底怪訝そうな声を上げて、常若を振り向く。
「いや、何言うとんねん。俺は風の客神やで? 客神と神使、掛け持ちみたいなことせぇってこと? そんなん、歴史上前例の一個もあらへんし。どう考えても無理やろ……」
無理だと断言する一颯に、常若はすぐさま反論した。
「無理ではない。そもそも一颯は技術的にも客神と神使を一人二役できるから、問題ないでしょう? あと前例とかそういうの、どうでもいい。これは一颯がやるかやらないかの問題。そして僕は、誰が何と言おうと、絶対に一颯はいつかやると思う。だからもう、やったらいい」
常若の随分と強気とも捉えられる発言に、一颯がひどく戸惑ったような顔をして首を小さく横に振る。
「な、はあ? 無茶苦茶言いよって。まず『客神かつ神使』を受け入れてくれる他の客神、おるわけないやろ……ちゅうか、『絶対俺はやる』て。何を根拠に確信しとるん?」
「千種なら、そう言うから。絶対」
常若の言葉には、溢れんばかりの確信がある。
そんな常若の確信の言葉に、一颯はどこかむず痒そうな、痛いところを突かれたような顔をして唇を尖らせた。
「……あいつが……いやいやいや。俺はそうは思わへんで。あんた、あいつについて知った風な口ようききよるけど。また絶対て言いよるし。あんた、あいつの何なん?」
「僕は千種の妻だよ」
「ほーん。ツマか……ツマ?」
一颯が真顔になって、華麗に二度見をしてきた。
常若も至極真顔のまま、頷いて見せる。
「うん。妻。僕たちは夫婦」
「フーフ。夫婦……は? え? は、なに。夫婦? 夫婦て、なんやねん」
「夫婦は夫婦。千種は僕の夫だ」
駄目押しとばかりに常若が強く言い切ると、しばらく一颯は口を半開きにして放心したようだった。
そして徐々に、わなわなと唇を震わせながら目を剥いて、頭を抱えた。
「な、は……はあ!? ちょお、いや、待って。なんそれ……俺何も聞いてへんのやけど!? 俺という片割れほっぽいて、いつの間に結婚!? ……あんのドアホ、挨拶の一つくらい……!」
どうやら酷く困惑しているらしい。
一颯は「嘘やろ? 俺、あいつの嫁さんに初対面早々、喧嘩売ってしもたん? あ、あかん……印象最悪すぎや……」とぶつぶつ呟いて、何やらどんどん肩を落としていく。
そんな一颯の様子に常若は首を傾げながら声をかけようとする。
しかしふと、開きかけた口はガチリと歯を鳴らすほどに食いしばって、常若は弾かれたように屋敷の向かい側に聳え立つ山界を振り向いた。
ドオォォ——ン。
その瞬間、遠雷のような、地響きのような轟音が振動と共に響き渡ってくる。
常若は瞬きも忘れて、異質な音と神気が轟いてきた方向を凝視した。
「神遺。しかも……」
「かなりデカい。近年稀に見る……神さん、そのものに近い〈巨大神遺〉やな。これはあかんわ」
打って変わって真剣な表情でそう言い切った一颯が、すぐに立ち上がって、異変の起こった山界の方に向かって駆け出す。
常若も下駄を素早く足に引っ掛けると駆け出し、一颯の隣に並んだ。一颯が常若を一瞥して、眉を上げる。
「何付いてきとんねん。あんた、神使がおらんと碌に異能制御もできひんのやろ。足引っ張られるん、俺死ぬほど嫌いなんやけど」
「足は引っ張らないよ。それに、僕は何があろうとも人間を守らないといけない。神遺を鎮めなければならない。そして、何より——」
常若は微かに眉間に皺を寄せて、唇を舐めた。
「神遺が現れた場所。あの付近には、千種と氷真たちがいるはず。千種が近くに発生した神遺を放っておくわけがない。そう考えると、何だか、居ても立っても居られなくて……何が何でも、今は千種のそばに、駆け付けたいんだ」
千種のこととなると、いつもの無表情が僅かに崩れた常若を見て、一颯が目を丸くする。
「ほんまに……夫婦なんやな」
「うん。夫婦で、家族。一颯も千種の家族だから、走るの、速くなったね?」
常若が目を細めて一颯を見上げる。その視線に、一颯はどこか居心地悪そうな顔をして目を逸らすと、鼻から細く息を漏らした。
「……うっさい。そんじゃあ、さっさと行くで。呪いのヒト……いや、若くん」
一颯が、千種とはまた違った別の呼び方で——初めて、常若の名を呼んでくれた。
「! ……うん。急ごう」
一颯が名を呼んでくれたことに、この身が浮き立つような感覚を覚えるほど、嬉しい気持ちになる常若。
そんな常若を顔だけで振り向いてきた一颯が、神妙な顔をしてまた声をかけてくる。
「あと、はよ謝らな思っててんけど……この前は喧嘩売ってごめんな。身体、大丈夫やった?」
意外にも一颯は、常若にぺこりと小さく頭を下げて謝罪をしてきた。
やはり一颯は、千種とよく似ている。
彼も案外潔く、素直な男なのだ。
常若は一颯へと軽く首を振って見せて応える。
「大丈夫。気にしないで。むしろ、僕は楽しかったから。ありがとう」
「え、なに? 喧嘩吹っ掛けられて楽しいて。不良漫画みたいなマインド……しかも、お礼言われるし。何や、若くんて変人なんやな……」
こうして二人は、千種たちのもとを目指して、「巨大神遺」が発生したと思われる山界へと向かった。




