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常若比売の天降り婚  作者: 根占桐守
第三章
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第19話 絶望と呪いと希望の悪夢


 ◇◇◇


 ああ、これは夢だ。

 繰り返し見るこの記憶は、いつもすぐに夢だと判別がつく。

 それほどまでに、何度も何度も何度も、数え切れないくらい、飽きることなく見続けてきた夢。

 およそ六年前。己と、己の片割れがまだまだ青い、十七、八歳だった頃。

 これは悪夢であり、何にも勝る絶望の記憶であり、そして——。

 絶対に忘れたくない、死んでも忘れることはないであろう夢。

 己の生きる意味を見出した、()()()()だ。




 今にも地上にまで重く垂れてきそうな、分厚く黒い雲が空を暗く覆っている。

 そんな鈍色の空を突き抜くように聳え立つのは、鳥籠の形をした封印結界。

 その中には、己の片割れ——一颯(かずさ)が、もう一年ほどは閉じ込められている。

 一颯(かずさ)が突如、〈(かぜ)客神(まれびと)〉に覚醒した途端、その神の異能が暴走してしまい、国による秘匿封印とは名ばかりの「秘匿処刑」の決定が下されたからだ。

 この鳥籠には、一部の客神(まれびと)たちによって強力な呪いが掛けられている。

「封印された者が死ぬまで、決して解けることはない」呪い。

 つまり一颯がこの鳥籠から自由になるには、死ぬしかないのだ。


『ふざけんなや。ボケが』


 千種はそう低く唸って、休む間もなくひたすらに、目の前に聳え立つ鳥籠を殴り続けていた。

 千種の唯一の肉親。世界でたった一人のきょうだい。この世で唯一無二の片割れ。

 それを呪い殺そうと閉じ込める鳥籠を殴る、殴る、殴る。

 蹴って、殴って、爪を立てて引っ搔いて、鳥籠を破ろうと破壊行為を際限なく繰り返す。

 千種の身体は、鳥籠によってぼろぼろにされていた。殴って蹴り続ける腕や足は、内出血で赤く、青く、黒く血が滲み。千種の両手の爪は殆ど割れて、剥がれて、血塗れに染まっている。

 それでも千種は、何日も何日も何日も、数え切れない日々を費やして、鳥籠を破るための破壊行為を続けていた。だが、一颯を呪い殺そうとする鳥籠は、一向にびくともしない。

 ついに千種は鳥籠を両手の拳で「ドン!」と叩くと、そのまま縋りついて、唇の肉を嚙み千切る。


『クソ……クソ、クソ、クソ、クソ、クソが! なんで、なんで俺は……なんも、出来へんねや! 一颯(こいつ)ひとり、守れんでどうする。何のために、生まれてきた? 一颯(こいつ)を守るために……支えてやったるために、双子として生まれてきたんやろ? そうやないと……俺なんかと生まれてきてしもた、こいつが報われん。俺なんぞ、生まれてこん方が良かった……』


 千種は幼い頃、多くの大人たちに投げつけられた——その中でも取り分け憎い、先代〈風の客神〉であった()()()()()の言葉を思い出す。



 双子など、不吉の象徴だ。何故、こんなものが生まれてきた?


 不気味だ、気色が悪い。こんなもの、俺の子などではない。


 近寄るな、不浄のガキ共め。神聖なる客神の子が双子など、口が裂けても言えぬわ。


 おお、嘆かわしや……せめて、生まれてきたのが、普通の息子一人であれば。〈風の客神〉様もご乱心なさらなかったろうに。


 生まれてきたのが、一人だけだったなら。


 双子ではなく、一人なら。歴代最高と謳われた〈風の客神〉様も、早死になさることはなかったろうに。


 これも双子が(もたら)した凶兆か。


 あの双子は、(わざわい)と不幸しか(もたら)さぬな。


 神たる父をも殺した、呪いの双子よ。



 頭に、魂に焦げ付いて離れない、呪いの言葉の数々。

 己は何と言われてもいい。何をされたって構いはしない。こちらが呪われた分、己も世界を呪い返してやる腹だ。

 しかし、己のたった一人の片割れだけは——一颯にだけは、やめてくれ。

 一颯は、千種にとって世界でたった一人の理解者。悪友であり、家族であり、かけがえのない、魂の半身なのだ。

 千種はまた「ドン、ドン!」と泥まみれの額で鳥籠を叩いて、震える声を振り絞った。


『なんで、一颯(こいつ)が……こんな目に遭わなあかんねや……』


 何故よりにもよって、「神使をこの世で最も愛している」と断言できるほどの、生まれながらの〈神使〉たる一颯が〈風の客神〉に選ばれてしまったのか。

 何故よりにもよって、その異能の力が強大すぎて、暴走までしてしまったのか。

 その全てを己が、代わってやれたらどれだけいいか。

 千種は俯いて、何度も何度も、己の無力さを呪い続けていた。

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