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常若比売の天降り婚  作者: 根占桐守
第三章
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第17話 共に家族を知る



 常若は銀鏡(しろみ)夫妻に誘われて飲み物でも買おうとベンチを立ち、民宿を出てすぐ近くにあった自動販売機で氷真(ひさね)に飲み物を奢って貰って、再び民宿の方へと戻っている最中にあった。


「そういえば、夫婦生活の方は上手くいってるか? 千種(あいつ)、炊事洗濯の家事は一通り出来るはずだが、サボったりしてねぇか?」


 斜め前を歩く氷真(ひさね)が、思い出したような顔をして常若を振り向く。常若は氷真に買ってもらったアイスココアを飲み干して、氷真の問いに答えた。


「ううん、サボるとか、全然。むしろ、僕の方が頼りきってるくらいで……最近は、僕も千種からご飯の作り方とか、掃除の仕方を習ってる。千種は教えるのも上手」


 常若の答えに、隣を歩く弓木が「あらあらあら」と頬に片手を当てて目を輝かせた。


「まあ、素敵ね! 二人の夫婦生活に必要なものがあったら、何でも言ってね? 今度私たちが常若ちゃんたちに会いに来る時に、喜んでおすそ分けするから。ダブルベッドとか常若ちゃん家にはある? 千種くん、あの高身長で猫みたいに丸くなっちゃう寝相してるから、二人で眠るのに大きいベッドとか必要じゃない?」

「おいおい、いきなりベッド事情に切り込むか? 弓木」

「いいじゃない。だって、新米夫婦のベッド事情は重要でしょう?」


 呆れたような顔をする氷真と、楽しそうに微笑む弓木の会話に、常若は首を傾げる。


「夫婦って……二人一緒に、寝るもの? なの? 氷真と弓木も、一緒に寝る?」


 常若の純粋無垢な質問に、またもや弓木が「あらあら」と楽しそうな声を滲ませる。


「ええ、勿論。この人の身体ひんやりしてるから、夏とかは冷房要らずで便利なのよね。涼しくて。人間冷房ね」

「旦那を人間冷房呼ばわりすんな、弓木」


 相変わらず夫婦漫才を繰り広げる銀鏡夫妻を前に、常若は目をしばたたかせると「夫婦は一緒に寝る……」と内心で独り言ちる。


「僕も……千種と一緒に寝てみたい。千種、僕と一緒に寝てくれるかな?」


 民宿前まで辿り着いて立ち止まった三人。そこで常若は、勇気を振り絞るように己の願いを口に出す。

 それを聞いた氷真と弓木は、共に優しく微笑んで頷いた。


「常若ちゃんがお願いすればきっと、千種くんも受け入れてくれるわ。だって常若ちゃん、とっても可愛らしいんだもの……私が食べちゃいたいくらい」

「目ぇ据わってんぞ、弓木。人妻にその目と発言やめろ」

「ほんと? それなら……わ!」


 不意に、常若は強く肩を引かれて背後に後退った。

 気が付けば、常若の首には巻き付くように長くて逞しい腕が回されており、常若はその腕の持ち主——千種に、背後からすっぽりと抱きすくめられていた。

 常若の背中に密着した千種は走ってきたのか、息を切らしている。

 千種の体温、速い鼓動、吐息を今までにないほど近くに感じて、常若は思いがけずしばらく固まったが、それにも構わず、千種が半眼で銀鏡夫妻を見回した。


「ちょっと、銀鏡夫妻? 聞き捨てならねぇお言葉が聞こえた気がしたんだが。うちの若さんにヘンなこと教えてないでしょうね? あんたら、やらしーんだから」

「やらしーのはお前の頭ん中だろ。もっぺん神舞でしばきあげてやろうか? ああ?」

「スミマセンデシタ」


 氷真に凄まれると、千種は即座に目を逸らして掌を返すように謝った。そんな千種を前に、弓木が「あらあら。千種くんも可愛いわね~」とにこにこ満面の笑みを浮かべている。

 氷真は呆れたように小さく息を吐いたかと思えば、腕時計を一瞥してその場に居る皆を見回した。


「おし。そろそろ飯でも食いに行くか。千種、常若、お前らも一緒に来いよ。奢ってやる」

「え、まじ? やったぜ、ありがとう氷真くん。よっ、男前!」

「おう。当然」


 千種がおだてると、氷真は得意げに胸を張る。そして「んじゃあ、弟妹(あいつ)らも呼んでくる。弓木も準備してこい」「ええ、わかったわ」と弓木と言葉を交わしながら夫妻揃って、民宿の方へと行ってしまった。


 二人を見届けた後、ようやく千種が抱きしめる腕を解いてくれたので、ほっとしたような、しかし何だか物足りないような矛盾した気持ちにぐるぐる振り回されながらも、常若は千種を振り向く。すると、千種が大きな身体を折り曲げて、常若の顔をどこか心配そうに覗き込んできた。


「若さん、ごめん。一人にして。大丈夫だったか?」


 どうやら、少しの間でも常若を残して行ったことを気にしているらしい。常若はすぐにふるふると首を横に振って見せる。


「うん。大丈夫。一人じゃなかった。弓木がたくさん、お話してくれたから」

「……そっか。弓木さんと仲良くなれたみたいで良かった。若さんには、もっとたくさんの人と、色んな人と仲良くなってほしいんでね」


 千種は一瞬目を丸くしたが、すぐに心底嬉しそうな顔をして、くしゃっと笑った。

 常若は、まるで自分のことのように常若のことを想って、笑ってくれる千種にどうしようもないような、胸がきゅうっとなって熱くなるような思いを抱きながらも、遠くで和気あいあいとしている銀鏡一家を眺めて、小さく零す。


「あれが家族。僕、もっと家族ってどんなものなのか、知りたい。千種は、知ってる?」


 常若の問いかけに、千種はばつの悪そうな様子で視線を泳がせると、片手で己の首筋を摩った。


「あー。家族、か……実のところ、俺もよくわかってねぇんだよな。親もいねぇし、肉親って呼べる奴はカズだけなんで。嫌なことに」


 そう苦笑しながらも、千種は金色の目を細めて、今度は真っ直ぐ常若を見返してきた。


「だから、一緒に知っていこうぜ。若さん。俺らの契約結婚は一年ぽっちだが……それでも夫婦。家族だからな」


 一年ぽっち。それは常若と千種の、契約の期間。

 その事実を再確認する度に、最近は何故だか酷く呼吸が苦しくなるような思いがする。

 しかし、それでも——今の常若と千種は、紛れもない夫婦。家族なのだ。

 それがどうしようもなく、常若は嬉しい。千種と一緒に、「家族」を知っていけることに、大きな喜びを覚えずにはいられない。

 だからきっと、今はこのままでいいのだ。


「うん。そうだね。そうしよう」


 常若はそんなことを思って、千種の言葉に短く頷いて見せたのだった。

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