第16話 双子たちの遠い絶望の日
「まずは、双子の過去について話すわね。これは、千種くんを語るうえで必要不可欠な話。千種くんと一颯くんは七年前の……二人が十七歳の時まで、当代最高『双子の天才神使』って呼ばれていたわ。だけど、『双子の天才神使』の日常と異名は突如として崩れ去った——その頃に、一颯くんが〈風の客神〉に覚醒したの。だけど、一颯くんは覚醒の反動で異能が暴走してしまった。そして、国の脅威と判断された一颯くんは、邦神治安総局の指令で動いた一部の客神たちによって秘匿封印が施されたらしいわ。その封印術式は、強力過ぎる異能を持つがゆえに扱いにくい一颯くんが、死ぬまで封印されるっていう——一種の呪い」
「死を望まれる、呪い……」
常若は思いがけず、大きく目を瞠った。
何故なら、一颯が陥ったその状況は——今現在、国から「国の脅威として殺すべき」という指令が下っている常若と、まったくもって同じ状況だったからだ。
もしかしたら千種は、かつての一颯と現在の常若のよく似た状況を重ねて、何かしら思うところがあって契約結婚を持ち込んできたのだろうか。そんなことが常若の脳裏に過る。
しかし、七年前というと、常若が十二歳くらいの時の話ではあるが——常若はあまり、昔の記憶が鮮明ではない。神として殆ど変わり映えの無い日常を送ってきたことも一因しているのか、常若の過去の記憶は、酷く曖昧なのだ。
常若がぐるぐると思考を巡らせている間にも、弓木による千種の過去の続きが語られる。
「その当時、主人の氷真や私は斗戸兄弟とは出会う前だったの。同時期に北海道で発生していた巨大神遺の対処に追われていたこともあって、秘匿封印のことは知る由もなかったわ……そして、一颯くんが秘匿封印された事件以来。千種くんは、一颯くんを誰も救ってくれないことに荒れに荒れていたって聞いてる。それから一年後くらいだったかしら。また唐突に、〈風の客神〉の秘匿封印は何者かによって解かれたらしいの。それがきっかけで秘匿封印の事実は世間に露見されて、秘匿封印を執り行った邦神局と一部の客神たちには批判が集まったわ。同時に、斗戸兄弟にも世間の注目が集まった。そんなところで、氷真が路頭に迷っていた斗戸兄弟を保護したのが、私たちの出逢いだったの」
「……」
常若はいつの間にか無意識に俯いていた。
何故なら弓木の話によると、千種と一颯は一年もの間、世界のだれからも見捨てられて、絶望の中にずっといたのだ。
それはあまりにも残酷で、無慈悲で、痛々しい事実。きっと間違いなく斗戸兄弟の魂に刻まれたであろう、深く抉られた瑕。
常若は、こう思わずにはいられない。
(その時、僕が千種たちの助けを呼ぶ声に一刻も早く気付いて……救ってあげられたなら。僕の異能であれば、呪いの一種だったという秘匿封印も、呪いを喰べることで容易く解けたはず)
しかし、もう遠く過ぎ去った過去には戻れない。
己は遍く人間を守るため、生まれてきたというのに。過去の千種のことは、救えなかった。
その事実を思い知ると、どうしても苦しく、心臓が締め付けられるような痛みを伴った。
常若は己の不甲斐なさに、唇の薄皮を破るまでに強く嚙み締める。
そして、弓木の語りが続く。
「主人は……氷真は、今でもずっと後悔しているの。秘匿封印に気が付けなかったこと、もっと早く千種くんと一颯くんを見つけてあげられなかったこと。二人のこと、今では本当の弟も同然に思うくらい、大切にしているから」
弓木はどこか痛みをこらえるような顔をして、胸のあたりで両手を握る。
「特に千種くんは、客神や邦神局を憎んでいてもおかしくないから……ここ最近は連絡が全然つかなくて、本当に心配していたの。そんな時に千種くんから、客神たる常若ちゃんの神使になって、常若ちゃんと結婚するって話をいきなり聞かされて。とても驚いたけどそれ以上に嬉しかったわ。今日も顔を見せてくれて、私だけじゃなく、氷真もとっても安心したと思う」
「まあな」
不意に、氷真の声がすぐそこで掛けられて、常若と弓木は声がした方を振り向く。
すると二人のすぐ背後には、いつの間にか千種たちの輪から抜けてきたらしい氷真が立っていた。
「千種のことは、弓木からあらかた聞けたか? 常若」
氷真の言葉に、どうやら千種の過去については事前に銀鏡夫婦そろって相談し、常若に打ち明けた事らしいと、常若はすぐに察する。
常若は氷真に「うん。聞いた。二人ともありがとう」と頭を下げた。
すると、氷真が小さく笑って頷き返す。
「いいや、それはこっちの台詞だ——常若。千種を受け入れてくれて、本当にありがとな」
氷真が眉を上げて、さらに続ける。
「千種は詐欺師面の胡散臭い野郎で、性格は面倒くせぇし、ヘタレだし、何考えてんのかもわかんねぇわで、それなりに苦労をかけちまうだろうが……それでも、あいつは紛れもなくいい男だ。これは保証する。だから、千種をよろしく頼む。常若」
そう言って、氷真が深々と頭を下げた。常若は目を丸くしながらも、氷真に大きく頷いて見せながら答える。
「うん。ほんの一年だけど……僕、頑張るよ。僕も千種を支えられるように。千種が笑って、何よりも楽しく過ごせるように」
そんな常若の答えに、氷真と弓木が夫婦そろって顔を見合わせると、にやりと千種のものによく似た笑みを浮かべた。
「おう。まあ、一年で済めばいいけどな」
「ふふふ」
「?」
何事かを企むように笑い合う銀鏡夫妻に、常若は小さく首を傾げて、その頭にたくさんの疑問符を浮かべるのであった。




