第15話 稀代の天才神使
常若と弓木は近くにあったベンチに二人揃って座り、しばらくの間、神舞の模擬演習をする千種や氷真たちの姿をゆるりと眺めていた。
氷真の〈雪の異能〉は、大変に美しいものだった。
この季節の蒸し暑さを和らげる、雪と氷の粒子は陽の光を受けてきらきらと乱反射し、氷真と神使たちを繋ぐ白縹色の弦は精緻な氷細工の如く玲瓏で、それらが宙を漂うさまが非常に幻想的である。
現在の千種は神使たちの司令塔たる「弓役」を担っているのか、その身に何重もの白縹の弦を身に纏い、他の神使たちを指揮しながらも流麗な動きで氷真の異能制御をこなしていた。
そんな千種の姿は随分と生き生きとしており、神使術の行使や神舞を心の底から楽しんでいるように見える。
千種の神舞をじっと見つめていた常若は「自分と神舞をしている時は、千種は楽しいんだろうか」というような疑問がふと浮かんで、小さく独り言ちた。
「千種、楽しそうだな。僕との神舞ではいつも、結構疲れさせてるから……」
「まあ。あの千種くんが?」
常若の独り言に、弓木が意外そうな声で訊き返してきた。それに常若は「うん」と頷いて見せる。
「あの子、当代きっての神使って呼ばれるくらいだから。ちょっとびっくりしちゃった。千種くんが神舞で疲れるなんてこと、初めて聞いたわ~」
弓木が口元に指をあてて、上方に視線を漂わせながら語る。
「客神と神使って結構、相性の良し悪しの落差が激しいの。そんな中でも千種くんは今まで、十二柱全ての客神の神使を務めあげた経歴がある、稀代の天才なのよ。歴史上でも、全ての客神と神舞を執り行うことが出来た神使は記録にないらしいわ」
「! ……そうなんだ」
千種は一颯の方を「当代最高の神使」と評していた。
しかし一方で、その片割れである千種も「天才神使」と評されていたのだという弓木の話を耳にし、薄々感じていた千種の人並み外れた才能が腑に落ちて、常若は内心で「やっぱり」と零す。
そしてきっと、そんな「天才神使」たる千種が常若との神舞で疲れてしまうのは——常若の方に原因があるということが、明らかだ。
「天才の千種が、疲れてしまうのは……僕の所為だ。僕の呪いの異能が、強すぎるから……」
しょんぼりと軽く俯いて落ち込む常若に、弓木がこてんと首を傾げて見せて、朗らかに笑う。
「それなら、千種くん以外にも神使を増やすのはどうかしら。神使一人で客神を支えるのは、常若ちゃんのとこだけじゃなくて、どこでも結構な負担になるはずなの。だから客神の方々の殆どは、二人以上の神使を雇ってらっしゃるのよ。うちの銀鏡一家も多人数だしね」
「なるほど……!」
弓木の提案に「それはいい考えかもしれない」と常若は何度も頷いて見せると、遠くで神舞の模擬演習をしている千種に再び視線が釘付けにされる。
「ありがとう、弓木。僕も色々試してみる。だって千種にも、僕と同じように神舞を……もっと一緒に楽しんでほしいから」
無表情でありながらも、確かに熱の籠った視線を千種に向け続ける常若を見て、弓木がどこか嬉しそうに微笑んだ。
「契約とはいえ。千種くんのお嫁さんが常若ちゃんで本当に良かった」
「え……そう、かな」
弓木の確信を持ったような言葉に、常若は思わず弓木を振り向いてその真意を窺うように弓木の目を覗き込む。
常若は未だにこう思うことが多い。「神たる己が、契約とはいえ千種と結婚してしまって本当に良かったのか」と。
そんな常若に、弓木は「ええ」と穏やかに頷いた。
「絶対そうよ。だって、常若ちゃんと一緒に居て、恋してる今の千種くんの方が——昔より断然いい顔をしているから」
「!」
ふと、常若は弓木の口から出た「昔の千種」というような言葉に、少し引っかかった。
弓木の口ぶりによると、昔の千種は今とはどうにも違うらしい。そういえば、一颯も千種のことを「無愛想男」などと言っていたことも思い出す。それは、常若の知らない未知なる千種だ。
常若の知らない千種——「昔の千種」は、いったいどんな千種だったのだろう。それが何故だか、無性に気になって仕方がなかった。
「昔の千種……昔の千種も知りたいな」
常若は思わず前のめりになって、弓木に話を促すように目を何度もしばたたかせる。
そんな常若の様子に、弓木は一瞬目を丸くしたが、すぐに小さく笑みを浮かべて遠くに視線を向けながら静かに答えた。
「そうね。常若ちゃんになら……ううん。常若ちゃんにこそ、知っておいてほしいわね。昔の千種くんを。いいわ、少し昔話をしましょうか」
そうして、弓木と常若は「斗戸千種」という男の昔話に耽った。




