第13話 雪の客神
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一颯とのいざこざの一件から、さらに数日が過ぎた。
本日の常若は千種に連れられて、常若の屋敷を擁する山界の麓——そこに位置する小さな街に初めて下りてきている。
街の中でも外れた場所にある、古い民宿を目指して歩いている二人は、その民宿にてとある人物と会う約束をしていた。
「よし。着いた。この民宿に今回俺たちを招待してくれた人——〈雪の客神〉が率いる、銀鏡一家が泊ってるんだと」
民宿に辿り着いた千種がそう言って、地図を表示していたスマホを懐にしまいながら常若を振り向く。
今日、常若たちがこの民宿を訪れたのは、千種の腐れ縁だという〈雪の客神〉の招待を受けてのことだった。
千種によると、今の六月から九月の時期にかけて大量発生する「夏の神遺」を主に鎮魂するため、夏限定で日本全国を旅することが習慣となっている〈雪の客神〉がちょうどこの辺りまで訪ねてきたということで、昨日千種に「会わないか」というお誘いを連絡してきたのだとか。
そんな経緯を思い出しながら、常若は目の前に建つ古い民宿を一瞥した後、隣にいる千種を見上げる。
「〈雪の客神〉、か……この間の、一颯の時みたいにならないといいけど」
先日常若たちのもとに現れた〈風の客神〉、一颯との一件が脳裏に過って、常若は小さく呟く。それに千種が、「ふ」と小さく噴き出すように笑って見せた。
「大丈夫、若さん。今回はそんなことにはならねぇよ、絶対。チンピラ野郎のカズはともかく、今から会う〈雪の客神〉は確かにおっかねぇ人ではあるが、話がわかる人だ。俺と若さんの契約結婚事情も話しておくくらいには、客神十二柱の中でも、俺が全幅の信頼を置ける人の一人。若さんもすぐに仲良くなれると思うぜ」
「そう、かな……怖がらせないといいけど」
一颯の時は突然すぎて、考える暇もなかったが。
幼い頃から、他者に恐れられる経験しかしてこなかった常若にとって、たとえ相手が客神であろうと、自ら誰かに会おうとすることはやはり慣れない。
ゆえに、少しだけ身構えてしまう。
この国の遍くものを護るため生まれてきたのだと、そう生きる意味を定義してきた常若は、なるべく他者を己の存在で怖がらせたくはないのだ。
「そうだよ。それに俺は、うちの若さんにはもっと色んな人に出逢って、たくさんの人に愛されてもらいたいんでね」
常若の不安を汲み取ったのだろう千種が、静かな笑みを浮かべながらも、常若の細く小さな背中を押すように軽く叩いた。そして常若の不安を吹き飛ばすように、微かに歯を見せてにやりと笑う。
これはよく、千種が他の誰かに「胡散臭い」と言われるらしい笑みだ。
「あと、若さんは全くもって怖くねぇからな。若さんを怖がる奴らの気が知れねぇよ、俺は。つーかむしろ、今から会う〈雪の客神〉の方が断然色んな意味で怖……痛!?」
不意に千種の声を遮って、千種のふくらはぎに背後から下段蹴りが放たれた。千種は苦悶の声を上げて、その場に頽れる。
常若は思わず目をしばたたかせて千種の背後を振り向くと、そこには随分と小柄な一人の少年が仁王立ちで立っていた。
「よお。誰が怖いって? 千種——つーか、相変わらずデカくて邪魔くさいんだよ。そうやって屈んどけ」
白雪の如く透き通る色をした短髪に、日差しの強い真夏の青空のような紺碧の瞳が特徴的な少年——否。声からしておそらく青年だろうか。中学生ほどにも思えるかなりの童顔なので、ぱっと見はどうしても少年に見えてしまう、そんな白い青年。
下段蹴りを受けた千種は痛みに悶えながらもよろよろと立ち上がって、腕を組んで仁王立ちしている白い青年を振り向いた。
「ちょっと……氷真くん? 久々の再会早々、ローキックはやめてくんない? いくら何でも乱暴……」
「おう。悪ぃ。お前の顔を久々に見たら、つい足が出ちまった。詐欺師みたいな顔しやがって、ムカつくな」
「理不尽の権化~」
千種と白い青年が随分と慣れ親しんだ様子でぽんぽんと会話をするのを、常若は何だか新鮮な気持ちで見つめていた。
そんな常若の視線に気が付いたのか、白い青年が身体ごと常若の方を振り向いて、促すように千種へと問う。
「黙れ、詐欺師面。そんで? その子がお前の嫁さんか」
「あ、そうそう——まずはお互い、紹介させてくれ」
千種が常若の肩を抱いて、さりげなく引き寄せる。常若は千種が自分のことをあらかじめ「嫁さん」と紹介していたことに軽い衝撃を受けつつ、されるがまま千種の腕の中に収まると、何故だか鼓動が速くなるのを感じながら白い青年を真っ直ぐに見据えた。
「こちら、最近俺が婿入りしたお相手の若さん……万枝 常若さん。そんで、若さん。あちらが俺の恩人かつ友人でもある〈雪の客神〉の銀鏡 氷真くんね。氷真くん、ぱっと見は中学生にしか見えねぇけど。ああ見えて俺の四つ年上で、今年二十八歳のアラサーだから……」
「余計なこと言ってんじゃねぇ、クソガキ」
〈雪の客神〉——氷真の下段蹴りが、再び千種のふくらはぎに撃ち込まれる。千種は無言で痛みに震えながらその場に蹲った。
そんな千種にも構わず、氷真が弾けるような笑みを浮かべると、常若へ片手を差し出してくる。
「いつも、このクソガキが世話になってるな。〈雪の客神〉、銀鏡 氷真だ。これからは気楽によろしく頼む、常若」
「えっと……うん。〈呪いの客神〉、万枝 常若。こちらこそよろしく、氷真」




