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常若比売の天降り婚  作者: 根占桐守
第二章
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第11話 神的天才

 途端に、肌をも切り裂きそうな鋭い風が吹き荒れ、一颯の全身から風の異能と殺気が爆発した。本能的に危機を感じ取った常若は反射で戦闘態勢をとるが、そこに千種が、異能まで顕現させ始めた一颯を止めに入ろうとする。


「おい、待て! いい加減にしろ、カズ……あ?」


 しかし、千種はその場に(くずお)れた。地に両肘両膝をついた千種の顔色は蒼白く、脂汗が滲んでいる。しかも、鼻からぼたぼたと鼻血が垂れ流れていた。

 おそらく、帰宅前に常若と執り行った神舞による疲労が、今襲ってきたのだろう。本日の神舞の共鳴率は高かったゆえに、神使たる千種の肉体への負荷が大きかったのかもしれない。

 それをすぐさま悟った常若が「千種……!」と名前を呼びかけるが、それは一颯の呆れたような声によって遮られる。


「なに。バテてんの? ショボ。今のお前、ほんまもんのポンコツやん。ポンコツはそこで、大人しく這いつくばっとき」


 一颯が倒れている千種に向かって片手をかざす。すると、風の縄が顕現し、千種を拘束した。拘束された千種は焦りの表情を浮かべ、らしくない舌打ちをしながら焦点が合っていない目で常若を見上げる。


「クソ! 若さん、駄目だ。カズの挑発に乗るな……!」

「……大丈夫。千種、そこに居て」


 千種の拘束を解くには、一颯を大人しくさせるしかないだろう。

 常若は客神相手に異能を行使したことは生まれてこの方、一度も無い。相手はか弱い人間ではない、殺してしまうことはないだろう。

 しかし、未だに異能制御が不安定な常若としては、神遺以外の他者に異能を行使することに不安を抱かずにはいられない。

 それでも常若は、今ここだけは退くわけにはいかないと思い至った。

 一颯が身動きの取れない千種から離れるように、庭の外に出る。常若もその後に続く。


 呪いと風。

 二柱の現人神が、静かに対峙した。


 先に動いたのは一颯。一颯はどこからともなく取り出した扇を、「ぱん」と乾いた音を鳴らして開く。


「いざたまへ。此処(ここ)()いて、来降(らいごう)


 一颯が静かに祝詞を唱える。その祝詞を耳にした瞬間、常若は「は」と思いがけず間の抜けた声を漏らして、反射的に背後へと飛びずさった。


俳優(わざおぎ)斗戸(しなと)比古(ひこ)一颯命かずさのみこと


 刹那。一颯から爆発するように緑色の光を纏った暴風が吹き荒れる——そして、暴風の中心には、宙に浮く一柱の現人神が完全顕現していた。


 青々とした天鵞絨(びろうど)色や柳色の羽衣を幾重にも重ね着し、黄金に輝く(くちばし)面頬(めんぽう)を身に着けた姿は、人ならざる神々しさ。まさに翠嵐(すいらん)の化身とでも言えよう。


 常若は変身した一颯を目を瞠って凝視し、小さく呟いた。


「こ、れは……〈神体来降(しんたいらいごう)〉……?」


 一颯が唱えた祝詞は〈神体来降(しんたいらいごう)〉——それは客神だけが使える、客神としての真名(まな)を開示する祝詞。そして、客神の異能を完全開放させ、客神の本来の姿へと還る祝詞だ。

 身体ごと持っていかれそうになる暴風に耐えながら、常若は息を吞まずにはいられなかった。


 神体来降は、謂わば客神の本気も本気。あの姿になった客神を相手取るならば、常若も神体来降を執り行うべきだ。しかし、常若は異能の力が強大過ぎるために、今のまま神体来降を行えば周囲一帯に甚大な被害を出しかねない。

 ゆえに、常若には異能の完全開放たる神体来降はできない。

 そのうえ、神使も無しにたった一人での神体来降は、神舞の比にならないほどの負荷が肉体に掛かるはずだ。


「神使の補助無くして、神体来降……このままじゃ、肉体が崩壊しかねない。早く、終わらせないと……!」


 咄嗟に常若は一颯の肉体のことを第一に危ぶんで、呪いの異能を顕現させると、槌を構える。


「そんなことにはならへんよ。俺はなあ、全部できる。俺は制御不能なポンコツ神とはちゃう——()()()使()やからな」


 すると、常若の独り言を拾ったのか、暴風の中心で一颯が口を開いた。


「かけまくもかしこき、山祇(やまつみ)御方(おんかた)よ。我ら空蝉(うつせみ)の子、御方の息吹より()でし弓弦(ゆづる)を以て弦打(つるう)ちすることを(きこ)()せと。(かしこ)(かしこ)みも(もう)す」


 なんと、一颯は「カン」と拍子木のような拍手(かしわで)をすると——神使の祝詞を唱えた。

 それを目の当たりにして「まさか……」と呟いた常若の眼前に、いつの間にか一颯が迫る。一颯は扇を振るって、風の衝撃波を常若に間近で放った。反射的に両腕で防御を取ったが、一颯の強烈な一撃を受けた常若は派手に吹っ飛び、地面を転がる。

 常若は転がる勢いを利用して、低い姿勢のまま立ち上がると、衝撃でびりびり痺れる腕の痛みも構わず、弾かれたように一颯を振り向いた。


「やっぱり……たった一人で、客神と神使の(わざ)を両立させてる……噓でしょう?」


 常若の視線の先には、己から顕現した幾本もの緑光の弦を固定するように地面に突き立て、その弦を腕に巻き付けて手繰りながら、己の異能を精密に制御して見せる一颯の姿。あれは紛れもない、神使術。

 常若はすぐに確信した。一颯はたった一人で客神と神使の二役をこなすことで、異能どころか神体来降の力をも思うがままに操れるうえ、制御まで可能にしているのだと。


(そんなことが可能なのか。あまりにも規格外がすぎる……凄い、凄い、凄い。強い……!)


 常若は、生まれて初めて相まみえた圧倒的強者に、ぶるりと身震いをした。

 これは、恐怖ではない。おそらく——「楽しい」に近しい、魂の熱情。

 驚愕やら感動やら、またもや初めて知るさまざまな感情に振り回されて、半ば茫然としている常若。

 そんな常若にも構わず、一颯は「行くで」と低く宣告して、常若に強烈な攻撃を次々と繰り出してきた。


 風の斬撃に、砲弾の如き衝撃波。怒涛の如き連撃。それらを常若は、何とか呪いの槌で撃ち返したりして相殺するも、一颯の攻撃が激しすぎて反撃に追いつけない。

 一颯の精密かつ強大な力に押され、とうとうその場に膝をつく常若。

 肩で息をする常若に、一颯は余裕の表情で「ふん」と鼻を鳴らした。


「思ったより手応えあらへんな。呪いのヒトは、客神十二柱における筆頭の怪物やて聞いとったんやけど——期待外れやわ。終いにしよか」

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