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常若比売の天降り婚  作者: 根占桐守
第二章
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第9話 風の来訪者


 ◇◇◇


 それから数日。常若と千種は、屋敷人がいたにもかかわらず、埃やら塵まみれに放置されていた屋敷の掃除をしながら、神舞の連係の鍛錬を日課とするようになっていた。

 実はこの数日の間にも神遺が出現し、二人は二度目の神舞を執り行ったのだが、一度目の時ほど上手く連係を取って鎮魂することができなかったのだ。

 神遺はいつ何時でも出現する。そして、「神」に成りかけている常若が、呪いの異能を暴走させないためにも、異能操作や神舞の日常的な鍛錬が必要だと二人は結論付けた。

 こうして常若と千種は、神舞ではより異能が引き出されるように、常若が「人」としてより異能が制御できるようにと、毎日二人で鍛錬を積み重ねた。




 そして、そんな日常が一週間以上過ぎた。本日も、常若と千種は神遺鎮魂のための神舞を執り行い、現在は屋敷への帰路についている。


「若さん、日に日に神舞での俺との共鳴率が上がっていくな。やっぱとんでもなく凄ぇ」

「そうかな。僕の感覚的には、僕の異能操作に完璧に合わせられる千種が凄いんだと思うよ。今まで一緒に神舞を執り行った神使の人たちは僕の異能操作についてこられるどころか、すぐに脳が焼き切れてたみたいで。卒倒するのが殆どだったし」


 屋敷の庭先まで帰り着いた二人は、庭の中をゆっくり歩きながら本日の神舞を振り返っていた。二人が玄関の目の前まで辿り着いたところで、ふと、千種が何か思い出したのか「あ」と声を上げる。


「そういえば俺、買い出し行かなきゃだったわ。危ねぇ、忘れるとこだった。ちょっと、ひとっ走り行ってくる。若さんは家でゆっくりしてて?」

「わかった。いつもありがとう、千種。行ってらっしゃい」

「いいんですって。んじゃ、行ってきまーす」


 常若にひらりと手を振って見せると、買い物袋を持って駆け出して行った千種の後ろ姿が見えなくなるまで、常若は見送る。

 千種を見送り終えた常若は、「せっかくだし、今日あまりできなかった掃除。やろうかな」と思い至って、庭の掃除をするために納屋に箒を取りに向かうのだった。


 箒を手に再び庭に戻ってきた常若は不意に、庭先で一人佇む人間と出くわしたことで、目をしばたたかせる。

 そこにいたのは、買い出しに行ったはずの千種だった。

 しかし、服装が違う。いつも掛けている、グラスコードが垂れた色付き眼鏡は掛けていないし、オーダーメイドだと語っていた拘りのスーツ姿でもない。白色のパーカーに、シンプルなラインパンツを履いた、滅多に見ない服装の千種。

 思わず少し離れたところで立ち止まって、常若はしげしげと千種を見つめる。そんな常若に気が付いたのか、千種が「何故か胡散臭いと言われる」といういつもの笑みを浮かべて、こちらに歩み寄ってきた。


「あ。そんなとこにいたの。ただいま帰りました~、常若さん」

「誰?」


 小首を傾げて至極短い問いを投げかけた常若の無機質な声を受けて、千種は常若から三歩ほど離れた位置で立ち止まる。そして、心底不思議そうな顔をしつつも、半笑いを零して千種は肩を竦めて見せた。


「誰って……どしたの、常若さん。そりゃあ俺は、千種さんですけども?」


 常若は千種に淡々と頷いて見せる。


「確かに、千種と同じだ。声、喋り方、歩調の音、姿かたち、表情、笑い方まで。その全部が、千種と同じものに思える」


 否。全く同じものだと錯覚してしまうほどに似ているのだと、常若は思った。

 常若は背筋を伸ばして、千種——否、千種によく似た別人の男を、真っ直ぐに見上げる。


「だけど、千種は〈客神〉じゃない。一目で判るものなんだね。あなたからは、山界の木々を撫でたような風の匂いがする。初めまして——()()()()どの」


 常若と同じ客神十二柱が一柱、〈風の客神(まれびと)〉。

 相対した瞬間、千種によく似た彼は風の現人神なのだと、常若は本能で悟ったのだった。

 常若は思い出したように「ああ、あと」と小首を傾げながら、風の客神に、己の夫たる者が如何なる者なのかを突き付ける。


「千種は僕を、『常若さん』とは呼ばない。『若さん』って、呼ぶ」

「……」


 常若のその言葉が決定打になったのか、風の客神が今まで浮かべていた千種と全く同じ、千種の笑い顔をすっと瞬時に消し去る。そうして打って変わって、酷く冷たく鋭利な無表情で常若を見下ろしてくると、低い声を零した。


「あ、そ。あのブアイソ男、他人にそんな呼び方できたんや。知らんかったなあ……あいつのことで、俺が知らんこと。無いはずなんやけど」


 無愛想男とは、千種のことだろうか。どちらかと言うと人当たりがいい千種を形容するには程遠いとも思える言葉に、内心首を傾げながらも、常若は臆することも無く風の客神に向かって淡々と口を開く。


「僕は〈呪いの客神〉、万枝(よろずえ) 常若(とこわか)。あなたは誰? どうして、千種の真似をしてここに来たの?」

「矢継ぎ早やな。呪いのヒト。別にあいつの真似なんぞに、深い意味はあらへんよ。ただ俺は、俺のモンをあんたに返してもらわなあかんくて、ここに来てん」


 風の客神の言葉に、常若は心底不思議そうな顔をして首を傾げる。風の客神が言う「返してもらわなくてはいけないもの」というものに、一切の心当たりがなかったからだ。そもそも、常若は風の客神にはたった今、初めて会ったばかりだというのに。


「返してもらう? あなたのモノ? 僕はあなたのモノを持っている覚えはないよ」

「もっとるやろ——斗戸(しなと) 千種(ちくさ)


 間髪を容れずに、風の客神が常若を遮る勢いで低い声をかぶせてくる。

 しかも、風の客神が口にしたのは千種の名前。常若は思いがけず微かに目を丸くした。驚愕の色を見せる常若にも構わず、風の客神が剣吞な声で続ける。


「あいつ、今あんたの神使やっとるらしいけど。もともと俺の神使やねん。せやから、()()()? 呪いのヒト」


 風の客神がおもむろに、握手を促すような仕草で常若に向かって片手を掲げようとする。その瞬間、肌を刺すような冷風が頬をざらりと撫で、とてつもない殺気が風の客神から迸る。今までに向けられたことのない、激しすぎる敵意に、ぶるりと常若は総毛立った。

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