第9話 切れないまなざし
「あ、先客がおったのかや? ごめんなのじゃ!」
「ひなっち、来たんだ。もうアタシたちは帰るところだから大丈夫だよ」
「ええ、ひなさん。どうぞごゆっくり、綾香さんとお話なさってくださいませ」
葵と結衣が宿題を持って見舞いに来てくれていたのだが、その帰り際に、ひなが姿を見せた。
「あれ? 二人とも、ひなちゃんと面識あるの?」
「うん。病室の前で会ってね。なるほど、こんなにかわいい子を守るなら、あやっちが無理するわけだよ」
「ほんと。ご自分のことは二の次なのですから。ひなさん、貴女からも、きちんと注意してあげてくださいませ」
「分かったのじゃ。お姉さま方も、お気をつけてなのじゃ!」
わたしが三人の関係に疑問を抱くより先に、どうやらひなが簡単に事情を話したらしい。
……みんな、わたしのことを心配しすぎ。
でも、心配されて当然、なのかもしれない。
「じゃあ、また学校でね。あやっち」
「お大事になさってくださいませ。それでは」
二人はそう言って、ひなに手を振り、病室を後にした。
「綾香お姉さまは、本当に良き友人をお持ちなのじゃ!」
「そうかな……。うん、そうだと思う」
自分が周囲に大切にされていること。
もし何かあれば、心配し、共に悲しんでくれる人がこんなにもいるということ。
本当に、ありがたい話だ。
「ひなちゃんの方はどう? 毎日お見舞いに来なくてもいいのよ? どうせ、来週には退院できるんだし」
既に絶食は終わっていた。
一昨日から重湯が始まり、今日は昼食に柔らかめに炊いたご飯が出ている。
……もっとも、点滴はまだ外れていないのだけれど。
「だって……。此方、学校では友達がおらぬのじゃ」
ひなは、ぽつりと、しかしはっきりと言った。
「お姉さまのように、自分を全部さらけ出すことなど出来ぬ。国の大事に関わることなど、誰にも話せぬのじゃ。それに、話し言葉とて……他所行きでしか、話せないのじゃ」
「あ……。ごめんね、ひなちゃん。わたしみたいに、考えなしで、何の責任もなく動いてるのとは……」
ひなの声は、叫びに近かった。
その言葉の端々から、彼女が抱えてきた孤独が、痛いほど伝わってくる。
集団の中にいながら、誰にも本心を見せられない孤独。
学校では、今のような口調ではなく、壁を作った「お嬢様言葉」で話さなければならない。
ひなは、そう語った。
「あ……ごめんなのじゃ。お姉さまに言っても、しょうがないことだったのじゃ」
ひなは顔を伏せ、榛色の瞳を憂いに沈めた。
……もう、ひなちゃんの涙は見たくない。
だったら……。
「しょうがなくないよ。だって、ひなちゃん、わたしや葵ちゃんたちとも仲良くできているじゃない? 無理しなくていいから、少しずつ世界を広げよう。まずは、わたしたちと一緒に遊ぼう。冬休みもあるし。ね、いいでしょ?」
「あ、ありがとうなのじゃ。うん、お姉さまが退院したら、一緒に遊ぶのじゃ!」
伏せていた顔を上げたひな。
目元にはまだ涙が浮かんでいたが、そこには確かに眩しい笑顔があった。
◆ ◇ ◆ ◇
「そういうことだったのね。教えてくれてありがとう」
「なんのなのじゃ。お姉さまも、自分が退治した相手のことは知りたいだろうなのじゃ!」
ひなは、先日わたしと二人で戦った怪異について、静かに説明してくれた。
「しかし、異界の魔神とは、なかなかの大物だったのじゃない?」
「じゃが、階級で言えば低級。俗に言う、レッサーデーモンの類じゃぞ。上級クラスになれば、此方らではどうにもならぬのじゃ」
これまで、死者の霊や自然神などを目にしたことはあったが、異界の魔神。
異形の存在と真正面から対峙したのは、わたしも初めてだった。
「『特対室』のメンバーが全員おったなら、アヤツなど、たやすく殲滅できていたのじゃ!」
「お母さまもおっしゃってたけど……皆さん、本当に忙しいのね」
どうやら、一般社会の目に触れないだけで、怪異が引き起こす事件は想像以上に多いらしい。
そう、彼女は語った。
「綾香お姉さま。綾お姉さまや結衣お姉さまから、お姉さまの安全を頼まれておるのじゃ。病院では、大人しくしておるのじゃぞ?」
「はいはい。ひなちゃんには、敵いませんね」
ひなとの会話は、とても穏やかで、心がほどけるような時間だった。
◆ ◇ ◆ ◇
「うーん……だいぶ身体がなまってるなぁ」
点滴も外れ、四日後の週明けには退院予定。
動けるようになったわたしは、リハビリがてら病院内を散歩していた。
「赤ちゃん、可愛いなぁ」
わたしが入院しているのは、院内学校まで備えた、都内でも有数の小児総合病院だ。
新生児室では、生まれたばかりの赤ちゃんたちが、懸命に病と闘っている。
他にも小さな子たちが、己の命の炎を燃やし、一生懸命に生きている。
わたしは、心が温かくなるとともに、自分が守りたいものが見えた気がした。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
わたしがプレイルームの前を通ると、幼稚園くらいの子ども達から声をかけられた。
「えっとね、お姉ちゃんはお散歩中なの」
病院内を歩き回った感じ、入院患者の大半は小学生以下の子ばかり。
わたしくらいの年齢の人は、殆ど見かけない。
……子どもから見ても、わたしの存在は物珍しいわね。
「そーなんだ。ね、一緒に遊ばない? おままごとのお母さんが欲しかったの」
「うん。ねえ、一緒にあそぼー」
複数の子供たちから、手を引かれてしまう。
プレイルーム内にいる保育士のお姉さんは、苦笑気味。
「ええ、遊びましょ」
そのまま、わたしは子ども達の輪の中に入った。
「今度はご本読んで―」
「はいはい」
すっかり子ども達に懐かれてしまうわたし。
「すいません。入院中の貴女にご迷惑をおかけして……」
「いえいえ。もうすぐ退院で暇してたので、ちょうどいいリハビリです。それに子ども達の中にいるのは、とても楽しいですし」
保育士の方から謝罪されてしまうが、わたしは楽しいから問題無し。
「あれ、あの子は?」
遊戯室の窓際。
冬の木漏れ日を浴びている男の子が、わたしの視界に入った。
ひとり寂しそうにしているのが気になる。
「あの子、どうして一緒に遊ばないのかな? ……あ」
小学低学年くらいに見える男の子の頭には包帯が巻かれており、こちらに一瞬向けた顔。
目元がしっかりと包帯で覆われていた。
「そうなのね。……あ、危ない!?」
盲目の男の子。
彼が窓際から移動しようとしたとき、足元の玩具につまづく。
わたしは急ぎ飛び込み、男の子を庇う様に抱きしめて、床に転がった。
「あ、ありがとうございます。蓮くん、大丈夫!?」
「うん、大丈夫」
保育士さんが慌てて駆けつけてくれたが、連という子は無事の様だ。
「あ、お母さんの匂いだぁ」
連は、わたしにぎゅっと抱きつき、胸元へと顔を押し付ける。
その後、なかなか離してくれない連に、わたしは困ってしまった。
……無理やり剥がすのは、可哀そうだよねぇ。
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