第6話 限界を越えて、すべてを断つ
「全部切れろぉぉぉ!!!」
わたしの叫びが、異界へと変貌させられた部屋に響く。
「ぎゃ、ま、まさか!」
わたしやひなを縛り付けていた根、ひなの前に立っていたヒトガタ。
その全てが一瞬でバラバラになった。
縛り付けられていた身体が自由になるも、脚に力が入らず床に倒れてしまう。
「はぁはぁ。ひ、ひなちゃん。う、うぷぅぅ」
ひなの姿を見ようと立ち上がるが、激しい吐き気に襲われる。
「げほ、ぐは、うげぇぇ」
喉奥から胃液が溢れ、鼻にまで込み上げて呼吸が乱れた。
苦しさから膝を付き、激しく咳き込んでしまう。
「げほ。げほ。はぁはぁ。ぐぅ」
口の中で、酸と鉄の味がする。
口元をジャージの袖で拭うと、うっすらだが赤く染まった。
「綾香お姉さま、大丈夫なのかや? あ、お口から血が……」
「大丈夫……、でも、まだ敵は」
逆にひなに心配されてしまうのだが、一向に殺気が消えない。
あれだけの力を使っても、まだ敵を倒しきれなかった。
「うん、まだなのじゃ」
不安そうなひなの声。
なんとか膝を起こし、ふらつく足で立ち上がる。
……ひなちゃんの前で、寝てなんていられないわ!
それでも、ひなを守る。
その一心で、背にひなを庇いながら拾った木刀を構えた。
……でも、どうしたら倒せるの?
木刀を握る手に力を籠め、萎える脚で踏ん張る。
周囲の気配や些細な物音、動くもの全てを警戒する。
「あれ? ひなちゃん、今の見た?」
「……お姉さま、アレは多分」
視界の端。
バラバラになったヒトガタの顔。
そこから、目の場所にあった赤い球がずるりと転げ落ちた。
それは脈動するように輝いた後、床に沈み込むように消えた。
「建物すべてが身体というが、ヒトでいうところの心臓や脳に当たる部分は魔物にもあるのじゃ。おそらく……」
「分かったわ。今の球なら気配も覚えたから、何処にあっても切れる!」
敵の弱点であろう赤い球。
壁の向こう側、気配が上下左右に蠢く。
「油断ならん小娘め。じゃが、これならどうだ!」
焦りを滲ませた魔の叫び。
だがそれは、切ることを困難にする悪あがきでもあった。
「くぅぅ。人の後ろに隠れるとは卑怯なのじゃ! 人質を使うなぞ、情けないのじゃ。それでも異界の魔神を名乗る者かや?」
「卑怯でも情けなくても上等。魔が真面目に戦うとでも思うておったか? ふははは、流石の小娘もヒトごとワレを切れまい!」
魔は、赤い球の位置を壁の中。
根で拘束していた子たちの後ろに隠す。
そして、再び沢山のヒトガタを繰り出してきた。
……あれは、葵ちゃんの部活仲間の子! 昨日まで、普通に笑っていたはずなのに……。
顔見知りの子を盾にされ、切っ先が震え鈍る。
「お姉さま、どうしたら良いのじゃ。此方の術では魔だけを倒す事は出来ぬのじゃ。元より、得意の火炎系は木造建築内にては禁じ手。氷結系では足止めしか出来ぬのじゃ!」
必死に御札を投げつけ、床から湧いて出るヒトガタを凍らせるひな。
しかし、このまま長期戦に持ち込まれたら、わたし達に勝ちはない。
……消耗戦から、もう一度拘束されたらもうダメ。だったら!
「ひなちゃん。わたしに命を預けてくれる?」
「い、いきなり何を言い出すのじゃ。お姉さまに、これ以上危ない事はさせられないのじゃ」
「でも、このままじゃジリ貧。二人とも死んじゃうよ? わたしに考えがあるの。だから、わたしに賭けてくれない?」
ふらついて「力」が満足に込められず、切れない木刀でヒトガタを仕方なく殴るわたし。
背中側に居るひなに尋ねる。
わたしの博打に乗ってくれるかと。
「……分かったのじゃ! 此方とお姉さまは一連托生。半分こずつなのじゃ。どうすればいいのじゃ?」
「一撃に勝負を賭ける! 残る力全部使うから、貯めている間。わたしを守って。壁の向こうだろうが、世界の向こうだろうが必ず切って見せる……わ!」
祖父から伝授された奥義の一つ。
今の私の状態なら打てて一撃。
更に力を込め直す時間が必要。
……もし、失敗したら? 女の子を切ってしまったら? 魔物を切れず、ひなちゃんが餌食になったら……。それでも、今切らなきゃいけないの。
わたしは震える声で、虚勢をはる。
絶対に倒してやると、魔物目がけて啖呵を切った。
「分かったのじゃ。さあ、デク人形を操るしか能のない、異界の魔神よ。此方らの力、得とみるのじゃ!」
ひなは、懐の中から御札を沢山ばっと空中に投げ飛ばす。
それらはわたしたちを中心とする球体となり、中の二人を守る様にぐるぐると旋回し始めた。
「ありがと! はぁぁぁ!」
木刀を下段脇構え、背中の方へ刃部分を隠す様に構え、姿勢を低くする。
そして目を閉じ、深呼吸をする。
……この暖かい気配は、ひなちゃん。で、他の小さな気配は人質の人たち。真っ暗で嫌な気配がアイツ!
閉じた視界。
真っ暗中、沢山の気配を感じながら念を強くする。
沢山の人を傷つけ泣かせる魔物は許せない。
絶対に切って倒すと。
「く! お姉さまには絶対に手出しさせぬのじゃぁ!」
「童女どもめ。大人しくワレに喰われろ!」
ひながヒトガタや根と戦う音が聞こえる。
ひなのわたしを思う声。
魔の焦る声。
「ふぅ……、ふぅ……」
静かに深呼吸を繰り返す。
そして閉じた目で敵本体、赤い球を見据える。
いつのまにか、わたしの耳には何の音も届かなくなる。
「ふぅ」
静寂の中、暖かなひなの心の灯。
小さく瞬く命の光。
冷たく邪な炎。
全部、わたしには視えた。
……そこ、切るべき線!
床につくまで下げた姿勢。
目を閉じ下段脇構えのまま、前に大きく踏み込む。
「はぁ!」
小さな命の光の前で止まり、下から伸びあがる様。
わたしは、一気に木刀を切り上げ振りぬいた。
「……虚空一閃」
技名を呟き、目をゆっくり開く。
木刀の切っ先には、見知った女の子がいる。
彼女も、縛る根も、無傷だった。
「……ぐはぁぁぁ」
激しい吐き気の後、口から血が噴き出す。
木刀を杖にして踏ん張ろうとするも、無理をさせ過ぎた木刀は砕け散る。
支えを失くしたわたしは、そのまま床に倒れてしまった。
「綾香お姉さまぁぁぁ!」
「……ふ、ふ、ははははぁ! ひやりとさせおって。。小娘は自爆したか。もう二度と立てはしまい。これで残るは童女のみ。さあ、我が贄に……」
ひなの泣く声、魔のあざけわらう声が聞こえる。
……でも、手ごたえはちゃんとあった。
「ぐ。ぐぎゃぁぁ! ま、まさか、人質を越え、空間ごとワレを切ったのかぁぁ!」
大きく建物が揺れ、魔が悲鳴を上げる。
「お姉さまぁ、しっかりするのじゃぁあ」
「ひなちゃん。やったよ、わたし」
薄れゆく視界の中、ひなの泣き顔でいっぱいになる。
……ああ、またひなちゃんを泣かせちゃった。
わたしの意識は、暗黒の闇に落ちていった。
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