第4話 切り込む者
わたしは、廃病院のかつては豪華だった木扉を結界という「壁」ごと、上段からの一撃で切り裂く。
「……唐竹」
残心しつつも、技名を呟くと両外開きだった扉はどすんという音を立てて、建物の中側に向かって倒れ込んでいった。
その様子に、規制線の向こうから取り巻いていた警察や野次馬から感嘆や驚きの声が聞こえた。
「ふぅ。じゃあ、ひなちゃんのお母さま。行ってきます!」
「ちょ、ちょっと待って。そのままじゃ……」
わたしは、ひなの母の声を背中に聞きながら、真っ暗な建物内に踏み込んだ。
「あ、照明をもらっておけばよかった。でも、スマホをライトモードにしたら、なんとなくは見える……かな?」
ライトモードにしたスマホを、首からひもで釣り下げるわたし。
ぎしぃと軋む木製の床を一歩ずつ踏みしめ、前に進む。
周囲の気配を測りつつ、一歩一歩踏み込んでいった。
「紙が散らばっているけど、これはカルテかしら?」
うっすら照らされる床の上、沢山の黄ばんだ紙が散らばる。
アルファベットの筆記体らしい乱れた筆跡の字が書かれているが、年月日だけは日本語で書かれているので読めた。
「昭和32年? 西暦何年だったっけ? 随分と昔から放棄されてたの、この建物?」
床板の軋みに体重を預けすぎないよう、両足の親指根元に重心をかけ、注意深く探りながら奥の部屋に進む。
「声も気配もしないけど、ひなちゃんは何処まで入っていったの?」
目の前に診察室と書かれた扉があり、明かり取りの擦りガラス越しにうっすらと灯りが見える。
……真正面から何の工夫もせずに入るのは、さすがに無謀よね?
わたしは固唾を呑み、壁に背中を寄せて呼吸を殺す。
スマホライトを消し、暗闇に目が慣れたのを確かめ、木刀を少し開いているドアの隙間に差し込む。
……3、2、1、よし!
木刀を一気に振り、外開きのドアを全開にした。
……罠も待ち伏せも無い。静かすぎるわ。
数秒待つも何も起きない。
何の気配も音も感じないのが、逆に一番怖く思えた。
「ふぅ。今は前に進まなきゃ!」
わたしは、怖さに身を震えさせながらも、漆黒の闇の中。
診察室に入っていった。
◆ ◇ ◆ ◇
診察室をしばらく奥へ進むと、部屋の様相が大きく変わる。
いつのまにか板壁や床、天井が別のものに変化している。
「うそ……。ここ、病院だったよね」
わたしは、目の前の光景に絶句してしまう。
板壁や床、天井は、湿りきって光る苔に覆われた木肌のようなものに変わり、まるで腐朽した幹の内側に入り込んだかのようだった。
床や壁は表面からにじみ出てくる液体で粘つき、スニーカーで踏みしめるたび低く軋む音が返ってくる。
天井からも植物の根のようなものが、幾本も垂れている。
先程まで埃臭かった空気も、どこか甘い匂いがする。
「歩いても、歩いても向こう側に着かない。どうして?」
光る苔のおかげで、照明無しでも部屋の大きさが大体分かる。
警戒しながら周囲に視線を向けると、部屋の横幅は体育館よりも大きく、進む視界の先に壁が映らない。
「……絶対、この先にナニかあるわ」
普通じゃない空間。
何か恐ろしい物が、部屋の奥にいる。
背中を、つーっと冷たいものがなぞる。
木刀を握る指が、無意識に強張った。
……一人で来なきゃ、良かったかも。それでも……この先にひなちゃんがいる。
警官たちが後ろから来る気配は無い。
わたしの呼吸と鼓動が、どんどんと荒くなっていく。
しかし、必死に恐怖を抑え込みながら、柔らかくて滑る床に注意しつつ前に脚を進めた。
「何? あ!」
部屋の最奥。
沢山の人たちが天井からぶら下がる何かで絡めとられて壁に埋め込まれているのが見えた。
そこには人ではなく、人型に見える何か。
薄明りの中、紅く光る一つ目をもつ歪なヒトガタがいる。
赤と白の巫女服に身を包む子どもが、ヒトガタの前に膝を付いていて、ヒトガタは子どもへ今にも覆いかぶさろうとしていた。
「……ひなちゃん!」
わたしの頭は、一気に真っ白になる。
罠かも知れないと理解するより早く、電光の速さで剣の間合いへ踏み込んでいた。
「ぃやぁぁぁ!」
右からの横薙ぎ一閃。
木刀は何の抵抗なくヒトガタの腹に食い込み、スパンと胴を両断した。
わたしは、崩れ落ちるヒトガタを睨みつつ視線の端でひなを見た。
「ひなちゃん! 助けに来たよ」
「……どうして、こんなところまで来たのじゃ、綾香お姉さま? うぅぅ」
ひなは意識がはっきりしないのか、頭を振りながらゴーグルごしにわたしの方を見ようとしている。
「ひなちゃん。無理してるって、ずっと分かってた」
胴体が両断され、床に転がってぴくりともしないヒトガタの残骸。
一滴も血が流れず、切り跡からは年輪らしきものが見える。
生き物を殺したという手ごたえが全くなく、あっけなさ過ぎて現実味を感じない。
……こいつ、木偶の坊。木でできた人形みたい? まだ倒せていないの??
周囲から殺気が一向に消えない。
わたしは一切油断せずにヒトガタから視線を外さず、ひなに優しく問いかけた。
「病院に入る前、手が震えてた。……ほっとけないよ」
「……しょうがないのじゃ。母さまは力が無いのじゃから、此方が代わりに無理してでも『家』の仕事をするしか無いのじゃ」
泣きそうな声で訴えるひな。
「それに、魔はまだ倒れておらぬ! 今も此方らから精気を吸っておるのじゃ!」
「え!? 何処にいるの?」
わたしは、ヒトガタの残骸から視線を周囲に向ける。
天井から生える根みたいなものでぶら下がっている人たち。
彼女、彼らは目を閉じ、時折表情をゆがめるも起きだす気配は無い。
……あ、あの子は隣のクラスの子。きゃ、もっと前に襲われていた人もいたの!!
囚われている大半は若者。
学校で見たことのある女の子たちもいたが、壁の端の方には枯れ木のようになって身じろぎ一つしない女性。
更には、明らかにミイラ化したり白骨化した遺体もあった。
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