第11話 切る覚悟
「連くんから離れなさい!」
六人部屋の病室のなか、一人だけいる少年に覆いかぶさり触れる怪異。
それは、乱れ広がった白髪の老婆だった。
中空にふわりと浮かび、幾本もの黒い糸を身体にまとった怪異。
その糸の一本が、少年。
連の胸元へと深く繋がっている。
「なんじゃ! 小娘がぁ。この子は、ワシの子。千寿丸なのじゃ。ようやく出会えたのを邪魔するでないわい!」
老婆は瞳孔の無い真っ白な目をこちらに向け、歯をむき出しにして吠える。
そして、こちらに向けて糸を撃ち出してきた。
「きゃ、何するの! その子は連くん。千寿丸なんて名前じゃないわぁ!」
迫りくる糸を、木刀代わりの金属パイプで薙ぎ払う。
幸い、強度は大したことが無いのか、それほど「力」を込めなくても切れる。
「煩い! ワシが、どれほど我が子。千寿丸を探してきたと思うておる!幾星霜を越え、ようやく出会えたのじゃ。もう、絶対に離さぬ!」
狂気じみた表情で叫ぶ老婆。
そこに、わたしは必死さを感じてしまう。
「ここは貴女が居た世界、時代じゃないの。よく見て! 連くんは、貴女のお子さんとは違うでしょ!?」
糸を切り払いながら、徐々に間合いを詰めていく。
その間も、わたしは老女に問いかける。
貴女が探している子どもは連では無いと。
「煩い、煩い!! もう絶対に手放さないのじゃ。ワシと一緒にパライソに向かうのじゃぁ!」
糸で連をぐるぐる巻きにし、持ち上げる老婆。
このままでは、連が連れ去られる。
……今、やるしかないわ!
わたしは、金属パイプを正眼に構える。
そして深呼吸をひとつし、迫りくる糸を無視。
眼を閉じた。
……大丈夫、コツを掴んだ今のわたしなら、絶対に出来る。
切るべきもの――悪意の糸、結界、そして老婆。
切ってはならないもの――連の命。
それらをゆっくりと「視る」。
「今! はぁぁ!」
眼を開き、一旦大上段に上げたパイプを一気に切り下げた。
「ぐぎゃわぁぁ!」
「虚空一閃、唐竹……」
老婆の悲鳴を聞いたわたし、技名をつぶやきながらゆっくりと眼を開く。
わたしを縛ろうとしていた糸。
連を縛る糸。
それらは、全てバラバラに切断されている。
今だ深く眠っている連は、とさっとベッドに落ちた。
「ぐぅ。ど、どうしてワシが子を守るのをじゃまするのじゃぁあ!」
肩口から鮮血を流す老婆。
「ごめんなさい。貴女が真剣に子どもさんを探していたのは理解しています。でも、連くんは貴女のお子さんでは無いんです」
わたしは、胸の奥が痛むのを堪えながら、老婆に謝る。
彼女の声には狂気があっても、なお子どもへの深い愛情を感じたから。
「ま、まさか人い払いの術まで破るのかぁぁ!」
パキンと音を立て、空間にひびが入る。
そしてバラバラと砕け落ち、医療機器の警告音、そして非常ベルが鳴り響きだした。
「くぅぅ。覚えておれ、小娘。次の機会こそ、我が千寿丸を取り返そうぞ!」
老婆はそう叫ぶと、自らの身体を黒い糸で覆い隠す。
そして糸の固まりは窓に向けて動き出し、ガラスをすり抜けていった。
「……ふぅ。逃げてくれたのね。良かったぁ」
十秒ほど、剣代わりの金属パイプを構えたまま残心をしていたが、敵の気配は完全に消え去った。
わたしは、大きく深呼吸をして腰を抜かす。
視線の先には、何もなかったようにすやすやと眠る連。
部屋の中の他ベッドにも、子ども達が気持ちよさそうに寝ていた。
「何があったのですか? え。これは一体?」
大慌てて飛んできた看護師さん達は、金属パイプを持ったまま腰を抜かしたわたしを見て疑問の声を上げる。
「そうですねぇ。トラブルを解決していた……のかな?」
怪異の強襲を受けて大騒ぎになった深夜の病院。
病室床には大量の鮮血もあったため、強盗や誘拐犯が疑われ、目撃者だったわたしは警察の取り調べを受けた。
しかし、真実を説明してもおそらく信じてもらえない。
……子どもを探す妖怪婆さんが出て、誘拐されそうになった子どもを助けたって説明しても、普通は信じてくれないよね?
「すいません。警察庁、特対室の倉橋警視正を呼んで頂けますか? そうしたら、全部お話しできます」
わたしは、ひなの母を指名して呼び出した。
幸いな事に、病院にはわたしと特対室の関係は知られており、早々と警視正は病院に到着。
わたしは簡単な聴取で開放してもらい、空が明るくなる前に再びベッドに潜った。
◆ ◇ ◆ ◇
「昨晩は深夜なのに急にお呼び出しして、すいませんでした」
「いえ。良いのよ、綾香さん。普通の警察では対応が難しかったですし」
翌朝。
わたしは詳しい聴取を受ける事になり、病院の歓談室を借りて話すことになった。
「噂をすれば、その晩に怪異が出たのかや? まったく困ったものなのじゃ!」
「タイミングが良いというか、悪いというかよね、ひなちゃん」
歓談室には、ひなの母、ひな。
そして何故か、わたしの母や祖父まで来ていた。
「全く、貴女の辞書には反省という文字はないの!?」
「猪突猛進なのは、陽子。お前にそっくりだがな?」
「お父さん! 綾香が頑固なのは、お父さんそっくりよ? 本当に困るわぁ!」
母と祖父は、わたしを挟んで親子喧嘩。
どっちが、わたしの悪い癖の遺伝元か言い合っている。
「ごめんなさい、お母さん。お爺ちゃん。わたし、連くんの危機を黙って見ていられなかったの」
親の愛と心配。
共に強く感じるからこそ、自分が毎度軽率に突撃してしまうのを、すまないと思う。
「……優しい貴女だから、目の前で何かあったら飛び出しちゃうのは、もう諦めているわ。でもね、それと心配するのは別よ!?」
「うん、本当にごめん」
怪異ですら、子どものためには必死になる。
それが普通の親なら尚の事。
自分がどれだけ愛されているか、大事に思われているか。
……でも、わたしは黙っていられないの!
「もう一度謝る、勝手してごめんなさい。でも、わたしは何もしないまま動かないのは出来ないわ」
深く母と祖父に頭を下げる。
その上で、わたしは言葉を繋ぐ。
危機を見過ごしには出来ないと。
「この病院で病気と戦う沢山の子どもたちを見たわ。家族と一緒に居られなくても寂しさを我慢して、お医者さまの言う事を聞いていた。そんな子どもたちを見て思ったの。わたしが守るのは、この子たちだって!」
わたしは、みんなの眼を見ながら思いを告げる。
戦うことから逃げないと。
「もちろん、子どもたちには家族もいるし、友達もいる。みんな、笑顔で暮らしていてほしい。今度の怪異も、子どもを探してさ迷っている、悲しい存在」
誰もが、わたしの言葉に聞き入り、口を挟まない。
「悲しい事は、もうイヤ。結衣ちゃんの時みたいに何も出来ないまま、待っていられないの!」
脳裏に結衣が神隠しに逢った時の事が浮かぶ。
あの時は、自分の「力」を知らず、結衣が山の神に誘拐されていくのを見ているしかできなかった。
「……で、綾香は何がしたいの?」
静かな歓談室。
母は、優しい声でわたしに尋ねてくれた。
「わたし、ひなちゃんと一緒に怪異と戦いたい。人々を理不尽な悪意から守りたいの!」
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