表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

激突むかしむかしの真珠湾攻撃

作者: 稀Jr.
掲載日:2025/12/11

 過去の大戦において、勝つか負けるかの歴史的な結果はその後の情勢を決める大きな結果でもある。しかし、本当にそうであろうか。勝とうが負けようが結果が変わらない、つまりはタイムマシンのパラドックスのように、常に時間の進みによる結果は変わらないのではないか。つまりは、未来の普遍性を保つために、歴史は大きくは変えられないのではないか、という仮説がある。

 1941年12月8日、日本海軍は真珠湾攻撃を敢行した。この事実によって戦端が開かれたのは歴史上の事実であり、これを曲げることはできない。しかし、アメリカへの宣戦布告が、よもや負けるという結果に終わると思っていたわけではあるまい。そこには、全体的な戦略にせよ、個々の戦術にせよ、負けるという選択肢はなかったはずだ。

 100年後の 2041 年の日本で、Y は生成AI〈ヒストリエ〉を使って戦後の研究を行っていた。戦後復興の日本の後、90年代のバブル崩壊、その後の日本経済の低迷はそもそも何が原因で起こったのか?という研究である。ひょっとするならば、回避できたかもしれない現状の危機に対して、手を打つことができたのではないかという if つまり仮説である。並行世界であれば、別の世界線に日本を導くことができただろう。この 2041 年の没落、とくに日本国債の大量発行により日本の労働の利益は常に諸外国の利益として吸い上げられている状態になっていた。日銀の金利が上がり、外資の日本国債の購入が倍増していたのである。

 Y は、ひとつの仮説を立てた。もしも、真珠湾攻撃に干渉ができれば、その後の日本の経済は変わったであろう。攻撃自体に干渉ができなくても、いくつかの情報、つまりは当時は知られていなかったいくつかの作戦を使うことができれば、当時の日本の戦力であっても最終的に勝利することが可能であったかもしれない。そこには、戦前の研究における、物資の不足やアメリカとの国力の差というものではなく、単純に考慮不足ではなかったか、という仮説である。


 過去への干渉はその後の歴史を変更してしまうためにタブーとなっている。ひょっとすると、核融合炉の暴走によって地球が消滅してしまうかもしれない。宇宙の曲率が突如変化してしまって、地球そのものが無かったことになるかもしれない。

 だから、あからさまに信号を過去に送るとは Y にはできない。この世界には SF 小説のようなタイムパトロールは存在していないが、改変や干渉がなかったという事実もないのである。


 Y は、生成AI〈ヒストリエ〉に対して、真珠湾攻撃における戦術的な改善案を提案するように依頼した。歴史上の真珠湾攻撃では、当然のことながらハワイに辿り着くまで真珠湾の戦艦の状況はわからない。その当時の偵察機や暗号解読の状況を考慮して推測するしかない。それらの精度によって攻撃進路などの戦略が変わってくる。同時に、いくつかの戦略の中からひとつの戦略を選ぶことになる。

 しかし、不安定な情報と稚拙な戦略(現代戦と比べて稚拙という意味である)が組み合わさると、結果としては大きな損失を被ることになる。いや、最適な選択を選ぶことよりも、それらの不確かさから適当ではない戦略を選び取ってしまうのだ。それらは、不確かさである確率的なものでしかない。

 つまりは、過去への信号は、それらの不確かさを誘導できるものであればよいのだ。確実に動かすものとは限らない。より、確率的に有利になるように押し出すだけでよいのだ。

当然のことながら、過去の真珠湾攻撃の状況は 2041 年の Y は知っている。それぞれの状況を生成AI〈ヒストリエ〉に与え、過去の真珠湾攻撃における戦術的な改善案と、それへ誘導するための信号を提案するように依頼したのである。ちょうど、ビリヤードのボールを狙うように、次々と当時の物理法則に従って物事を動かしているのである。干渉は、ほんの一瞬、いや、数か所だけである。

 その干渉体は、〈智子〉と呼ばれている。


 ヒストリエは「戦術最適化モード」へ移行し、第三波の実施、油槽所・修理ドック優先攻撃、魚雷深度の再調整、対空火網の死角時間への侵入、電探拠点の先制無力化、誘導デコイの投入など、成功確率を押し上げる選択肢群を提示した。試算では、初撃戦果は拡大し、真珠湾の機能も失われる。

 歴史的には、戦艦8隻のうち4隻沈没、航空機約188機失われ、死者約2,400人とされているが、戦艦の全てを沈没させ、そこにいなかった空母にも目標をつければよいだろう。戦力的に、アメリカ軍よりも日本軍の戦艦や航空機が少ないのは歴史上の事実でありそれは動かせない。戦争前での生産量を劇的に上げる干渉も可能ではあるが、たとえ兵器が増産されたとしても戦術を担う軍部の参謀が旧態依然の戦術のままでればその後の勝利も危うい。物量作戦だけでは勝てないのは周知の事実でもあり、歴史上動かせないものでもあるからだ。


 干渉は、当時のシミュレーションつまりは戦術研究に対して少しだけの確率を変更する。時間の領域を超える過去と未来へと同時に進行する〈智子〉の素子を送り込む。〈智子〉は未来への時間へ投げつけると、同時に過去への時間も遡行できる物体だ。いわゆる量子力学の双子の揺らぎに近い。単素子である〈智子〉ではあるが、確率的に確実に届く位置と時間に投与することが可能となっている。今の 2041 年においてはだが。

 いわば、第二次世界大戦以後の戦術マネジメントを送信する。電撃戦やゲリラ戦、空挺部隊との連携、情報戦や心理戦などの現代の心理学を応用した作戦を送る。当時はコンピュータはないのだが、情報戦の派生として暗号化技術の基礎技法を送り電探されにくい状況を生み出す。

 これだけの戦術があれば当時の物資の少ない日本であっても勝利を取り込むことができるだろう。まずは、初手としての真珠湾、続く南方戦線やミッドウェイ海戦でも勝利をを得られるはずだ。いや、ミッドウェイ海戦の転進すら歴史上なくなっているかもしれない。


 Y が干渉を続けて、数か月経つ。干渉は、戦術のサイコロの出目でしかないが、それは確実に当時の戦術家たちの思考に伝わった筈だ。いや、確実に伝わったであろう。かれらには、シミュレーションの出目が変わったことは分からない。偶然に支配されているようでいて、未来からの干渉によって思考が誘導されているとはわからないのだ。それを知る術は 1941 年にはない。

Y が真珠湾攻撃の Wikipedia の記事を読んでいると、少しずつ記述が変わっていくのがわかった。歴史上の改変により Y 自身も改変自体を覚えているとは限らない。しかし、痕跡を残すことは可能であった。とあるメッセージを光速で未来に送り込み、数か月後に自分に届くように設定するのである。地球上の事象から離れたメッセージは、宇宙空間を漂ったのちに Y に届く仕組みである。


   アメリカ側:戦艦8隻沈没、空母4隻の沈没、航空機のほとんどが失われ...


 過去の歴史は確実に変わっている。諸原因となった真珠湾攻撃の効果は絶大なものであることがわかる。効果はあったようだ。

 しかし、なぜだ。Y のまわりの現状は変わっていない。むしろ日本の経済は低迷し、さらなる過去の右翼の賛美が激しくなっているようだ。いや、右翼化が進んでいるかどうかは Y には確信が持てない。わかっているのは、真珠湾攻撃が過去よりも成功しているという事実だけに過ぎない。過去の敗戦を敗戦と認めず、過去の栄光を求めているためではないか。

 ひょっとしたら、と新しい Y は考えるのであった。干渉以前の Y と今、自分が考えている Y とが同一かどうかはわからない。それを証明することはできない。

 ただし、過去への干渉の方向をもう少し変えることはできるだろう。


 ひょっとしたら開戦しない手段でも現在の日本を救うことができるのではないか。

 そう、Y は思い直して。生成AI〈ヒストリエ〉に再び向かうのである。


【完】


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ