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最低限度の生活を

作者: P4rn0s
掲載日:2025/12/04

朝、目覚ましの音より少し早く目が覚める。

窓の外には曖昧な色の空が広がっていて、今日が特別な一日になる気配はどこにもない。

けれど、それが普段どおりの生活を続けている証のようで、悪くないと思う瞬間もある。


冷蔵庫を開けると、ちゃんとした朝ごはんを作るほどの食材はない。

だけど、ヨーグルトと昨日の残りのバナナがあった。

その2つがあるだけで「まあ、最低限」と思えるのが不思議だった。

余裕はないけど、不足しすぎてもいない。

その境目で生活が保たれていく。


会社までの道を歩きながら、ふと考える。

自分の生活は“健康的で文化的な最低限度”に届いているのだろうか。

六畳一間のアパート、電気は問題なくつくし、温かいシャワーも出る。

でも、文化的と呼べるなにかが、自分の部屋にあるだろうかと考えると、胸の奥が少しだけ沈む。

本棚には大学時代に買った専門書と、読んでいない小説が数冊。

趣味に使える時間は少ないし、そもそも「楽しい」という気持ちが最近どこかくすんでいる。


昼休み、同僚は新しいカフェの話や、来月行く旅行の計画を楽しそうに話している。

その輪に混じると、自分の生活が薄く透けてしまったみたいで、会話の中に自分がいない感覚になる。

理解はできるし、話についていくこともできる。

ただ、自分の「文化的」の枠と彼らの枠が、まったく交差していないように感じる。


帰宅後、部屋に明かりをつける。

コンビニで買った野菜の少ない弁当をテーブルに置くと、静かな部屋に自分の存在だけが浮かび上がる。

“健康的”とは言いがたい食事だが、温かいものを食べているだけまだマシだ。

食べ終えたあと、ふと思い立って電気ケトルを使いお茶を淹れた。

湯気の向こうで揺れる小さな香りに、心の端が少しだけ柔らかくなる。


人が生きるための最低限は、案外すぐに満たせる。

問題は、そこから先の「文化的」をどう作っていくかだ。

ただ働いて帰って寝るだけでは、生活は続いても、人生は少しずつ磨耗していく。

それでも、お茶を淹れるというほんの小さな行為ひとつで、磨耗した部分がわずかに戻る気がする。


スマホの画面には、節約術やシンプルライフの動画が並んでいる。

どれも一理あるようで、一理だけが胸に残る。

結局、自分が欲しいのは“完璧な節約”でも“究極のミニマル”でもなく、

自分の生活が自分のものだと思えるだけの心の余白だ。


布団に入る前、机の上の読んでいない小説を手に取った。

数ページだけ読んでみる。

難しい内容ではないのに、胸の奥がじわりと温かくなった。

本の世界に少し触れたことで、ようやく「文化的」が自分の生活にも灯ったような気がした。


明日もまた同じ生活が続く。

最低限度でも、そこに自分だけの小さな灯りがあるなら、きっと生きていける。

そう思いながら目を閉じた。

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