1123many wind damage〜少女へ。沈んだ海を犯して――~
日本 札幌
令和七年 夏
朝
無人の駅前
キャンセルした。理由が思い出せないからだ。だからアンインストールもしようと私はスマホを手に取る。と、着信。――出ずに切った。
さて、何をしよう?
三日後の朝、同じ場所で私はまたそれを考える。
と、猫の鳴き声が後ろから聞こえた。さて、何をしよう?
と、着信。――非通知か。 私は出る。
「――『渇いている』?」と、私は振り返る「いないんだけど、どうしてそんなことが分かるの? キミは誰?」と、質問した「あいにく今持ってないんだけど?」
「キミのせいだよ」若い男の声はさりげなく言った「もっとも、したくないならしなくていい。そんなこだわることじゃない。キミには他にやることがある」
やること? へぇ、いいね。「教えてよ」
と、また猫の鳴き声がした。左にいるのかと私は気になった。どんな猫なんだろう? 白なら――
「――納得だろ?」
えっ? 「ごめん、聞いてなかった。なんて?」
「死ね」
「はっ?」
切られた。はぁ?
――まぁ、私が悪いか。
「教えようか?」
背後から声。私は振り返る。
外国人の若い男がいた。私は、「ありがとう」いや「いいわ」
「いいの?」
「死ねなんて言う相手の言葉だから」
「なるほど」
「キミは?」
「ボクはマーカス。クリエイターだ」
「私はキョウコ。クリエイターってどんなことするの?」
「色々さ、何か作ったり直したり」
「――私暇なの。何か暇潰しない?」
「少女なのに?」
私は首をかしげた。マーカスは、「戦いは?」
「戦い? 私とキミが?」
「ボクは誰ともしないよ」と、マーカスは肩をすくめた「観戦したら?」
「戦いって何? なんで戦うの?」
「教えない。調べるのも暇潰しになる」彼はなにげなく言った「調べる?」
「興味ないわ。でも、観戦は良いかもね」私はなんとなくそう思った「観戦はどこで?」
「分からない。突然だから」
と、私に着信。出る。「もしもし」
「おはよう、チビーテ」チビーテ?
「違います」と、私は電話を切った。
と、また電話が鳴る。「もしもし」
「ザゼン、おはよう」ザゼン? また間違い電話か。
「違います」と、電話を切る。
モリコ、サンク、シスグ――それから立て続けに間違い電話があった。
「出会い系でもしてるの?」と、マーカスは不思議そうに聞く「悪女なのか?」
「はっ?」私は不思議に思う「そんなふうに見える?」
「キョウコ、一緒に旅をしないか?」
無視? 「旅?」
「道内をさ。暇潰しさ」
道内か……
あれ? なんでガッカリしてるの?
「他に行きたい所あった?」と、マーカス。
「えっ?」
「そんな顔してるから」
そんな顔?
行きたい所あるの――?
「ないわ」私は答えた「付き合うわ」行き先は決めてるの? と私は付け加えた。
数週間後の朝、田舎の無人の駅前で私は、「飽きた」と、マーカスに言った「切ない景色ばかりで。――あっ、キミの仕事は面白いわよ?」
「ありがとう。――道北ばかりじゃそうなるか。じゃ札幌――」
「そこの女の子」と、遮られた。私達は横を見る。
外国人の若い女がいて、「早く北海道から出たほうがいいわよ」と、微笑した。
その笑みに好感を覚えつつ私は、「どうして? キミは誰?」
「私はクラウディ。先生よ」
「先生がなんの用?」
「私には役目がある。だから蘇った」先生はなにげなく言った。
蘇った? と私はマーカスを見る。彼はかぶりを振る。違うのか。
「役目って?」
「導くことよ。あなたは北海道を出たほうがいい。危険だから」
「危険?」
先生は頷く。と、彼女は真剣な表情で、「狙われるのよ。私もそうだった」
そうだった?
先生は、「私のように勝手にされてほしくないの。お願い、私の言うことを聞いて」
私は温かみを感じた。「――でも、どうして私は狙われるの?」
「そのほうがさらに面白いから。あなたは私と同じ――」
「そこまでだ」
遮られた。私達は横を見る。愉快そうな表情の若い男がいた。ふと、男は私を指差す。
「そこの女の子、ボクの相手をしてよ」と、男は表情を変えずに言った「ターゲットなんだ」
ターゲット? 私は首をかしげる。
「私にしなさい」と、先生は言った。
「誰だ?」
「誰?」クラウディ先生は戸惑いの声を上げる。
「キミは違う。ボクはその子を殺したいんだ」
殺す?
「殺すですって!?」クラウディ先生は驚愕する「あなた達そこまでするの!?」
「消えろ」
「お前が消えろ」
その声に男は振り返る。「ピストルだと?」男は困惑を口にする。
「オレは傭兵だ。消えろ」
その直後、男はどこかへ行った。
と、ピストルが私に向く。
「キョウコだな?」若い傭兵は言った「キミを始末する」
私は凍りつく。「どうして?」
「約束を果たしていないからだ」
「約束?」
「覚えがあるはずだ。なぜだ? 個人的にはその約束は果たす価値が十分――」
「私は男じゃないわ」私はなにげなく遮った。
男じゃない?
私は何を言っているの?
「男じゃない?」そうなるわよね「ダサいヤツだ」はっ?「依頼を受けて正解だった」と、撃鉄を起こす「終わりだ」
「待って!」と、先生「約束を果たすよう説得するわ!」
「……いいだろう。明日までにそうしろ」
と、傭兵は立ち去った。
「キョウコさん」
「分かってますよ、先生。死にたくないですから」と、私は肩をすくめた。
翌日の昼、私とマーカスは札幌の空港の出発ロビー――あまり人のいない――にいた。
「はい、チケット」と、マーカスは私に差し出す。
「ありがとう」と、私は受け取る「嬉しいわ」
「ボクにはこれくらいしかできないから。気をつけて」
「キョウコさん」と、先生が来た「あなたは行かせないわ」
えっ? 「どうしてですか?」
「あなたは殺されるべきなのよ」先生は平然と答えた。
「えっ!? どうしてですか?」
「変わったからよ」
変わった?
「とにかく、あなたは殺されるべきなのよ。それが私達にとって――」
「そうはさせない」マーカスが遮る「彼女は死なせない」
えっ? マーカス? 私は驚く。戦うの嫌なんじゃ……
「どうして?」先生は聞く。
「それが当たり前だろ?」
あっ、なるほど。
……そっか。
「待て!」
横から複数人の声がした。
見ると、五人の若い男がいた。
「オレ達は変わっていない」と、五人の男は同時に言った「オレ達はキミを殺す」と、私を指差す。私を? こいつら何者?
「チビーテ」男の一人が言った。
チビーテ?
――どこかで聞いたような……
「ザゼン」違う男が言った。
「モリコ」
「サンク」
「シスグ」
――思い出したわ!
間違い電話の。
でも、どうして私を殺そうとするの?
いや、それよりこの状況どうすればいいの?
と、不安な私は思わずマーカスを見た。
と、彼と目が合う。
「大丈夫」彼は微笑する「キミはボクが守る」
私はホッとした。
――でも、それは彼が戦うことに……
私が戦えばいいんだ!
でも、彼に戦いを見せることになる……
「動くな」
この声は、と私は横を見る。
傭兵が、間違い電話の男達にピストルを向けている。
「命が惜しければ消えろ」と、傭兵は彼らに告げた。と、彼らは言われた通りにした。
「約束を果たしたいようだな」傭兵は私に聞く「早く飛行機に乗れ」
約束――「いいえ」私は言う「乗らないわ」
「どうしてだ?」
「先生のせいよ」と、私は先生を一瞥する「殺されるべきなんて言うんだから」と、肩をすくめる「そう思わない?」
「なるほど。だがどうする?」と、傭兵は私にピストルを向ける「オレはお前を殺すぞ?」
「そんなことはさせない」
「誰だ?」と、傭兵は横を見る。
青年の男がいた。「それはできなくなった」と、青年はなにげなく話す「ボクが“訪れた”から」
「どういうことだ?」
「試してみるといい」
「――やめておく」
「冷静だな」
すぐに傭兵は去った。
「先生、キミもだ」と、マーカスは言った「消えろ」
先生は私を見る。「諦めないわよ」と、先生はさりげなく言って去った。
「キミは誰?」私は青年に聞いた「キミも私に関係するの?」
「ボクはただ忠告したいんです。キミは北海道を出たほうがいい。対象から外れるから」
「対象?」
青年は頷く。「何者かの“力”の対象から。そうなればキミは自由だ」
「キョウコ、行ったほうがいい」と、マーカス「彼は信用できると思う」
「――マーカス、キミはどうするの?」
「ボク?」
「北海道にいるのよ?」
「――ありがとう。でもボクは行けないよ」と、彼は寂しげに笑う「能力的にね」
「……分かったわ」
「ありがとう」
不安だわ……。
でも、彼なら……
と、私の携帯が鳴った。「もしもし。――ああ、ごめんなさい。これから行くわ」
――えっ!? 私は耳を疑った。私は戸惑いながら、「それ本当……?」
――なら。
と、私は、「なら行かないわ」と、通話を切った。そして電源をオフに。
「どうしたの?」と、マーカス。
「チケットの場所へは行かないことにしたの」私は決心した「しょうもなかったから」と、肩をすくめた。
「でも、北海道を出ないと。とにかくどこかへ行きなよ」
「そうね」
でも、どこへ……?
「そこの三人」
ふいに楽しげな声がした。私達は横を向く。
ピストルを手にした、三十代の外国人の男はニヤニヤしながら、「オレはイルーファ。場所を変えるぞ」と、ピストルを私に向ける「今殺されたくなければな」と、マーカスへ走る「食らいな」と、マーカスの腹を殴る。マーカスは倒れた。
マーカス!
「気絶しただけだ」イルーファは私に言う「行くぞ」
「お願い、マーカスを頼むわ」と、私は青年に言った。
私とイルーファは空港近くの無人の駅前へ。
「どちらもだ!!」
と、着いた途端にイルーファは楽しげに叫ぶと同時に私の顔を殴った。
意識が遠くなっていく――
「悪女なのか?」
ふいにマーカスの声が蘇る――
あれ? 私、酷いこと言われたのに――
翌朝、私は姿見の前に立っていた。
目の前には、新しい顔があった。
「キョウコ」
呼ばれて、私は振り返る。「何? マーカス。ホテル、チェックアウトの時間?」
「いや……。ごめん、ボクが不甲斐ないばかりにキミを死なせてしまって……」
「もう気にしてないわ。それよりありがとう。これならバレないでしょう」
「……どうかな……」
「また同じ目に遭うって?」
「……そうかもしれない……」
「その時はまたお願いね」
マーカスは苦笑する。「強いね、キミは」ふと、真剣な顔になる「北海道を出ないのか?」
「出ないわ」
「復讐も?」
「しないわ。どちらにも」
「どうして?」
私は鏡を見る。自分の顔を見る。私が笑う。
「これからが良いからよ」
〈了〉




