紅蓮の女帝に捧ぐ十年〜弱小男爵家の脳筋が最強令嬢を射止めるまで〜
『ワシの可愛い孫娘を虐めたのはどいつだ!』一話完結短編シリーズ第6作です。
今回は、ヒロイン リリアの両親のお話です。本作だけでもお楽しみいただけますが、前作も併せて読んでいただくと、より深くヴァーミリオン家の愉快な世界を堪能していただけます。
興味を持ってくださった方は、後書きにURLを貼りましたのでコピペしてどうぞ!
★【連載版】「ワシの可愛い孫娘を虐めたのはどいつだ!」を公開しました!★
脳筋ぞろいのヴァーミリオン家(もちろん爺ちゃん筆頭!)のドタバタを添えて、短編では描かれなかったリリアの新しい恋と日常をお届けします。こちらも是非ご一読ください!
▶︎https://ncode.syosetu.com/n8667li/
「――爆炎」
オレンジ色の炎を陽炎のように纏い、一撃で巨大なレッドベアを屠った少女
ーー 後に『紅蓮の女帝』との異名を持つことになる、辺境伯令嬢エレオノーラ・ヴァーミリオン。
わずか十歳にして魔法を自在に操り、魔物を容易く倒すその少女が、瞳を赤く燃え上がらせ静かに佇んでいた。
その姿が――
あまりにも美しくて。
あまりにも強くて。
あまりにも魅力的で。
俺は、目が離せなかった。
――多分、一目惚れだったのだと思う。
***
ガロン・モンリーヴ 十二歳。
俺がエレオノーラ嬢を初めて見たのは、この狩猟大会の時だった。
寄り家でもあるヴァーミリオン辺境伯家で開かれたこの大会に、父に連れられて参加したその日、俺の人生は大きく変わった。
「あ、あそこにエレオノーラお嬢様がいらっしゃるぞ!」
俺は何気なく視線を向けた。
そして――固まった。
狩猟場に立っていたのは、栗色の髪を結い上げた小さな少女。華奢な体つきで、一見すると貴族令嬢らしい可憐な容姿。
「あれで魔物が狩れるのか?」
隣にいた誰かが呟いた。
その時――。
ガァァァァ!
レッドベアが森から飛び出してきた。体長三メートルを超える巨大な魔物。大人の冒険者でも苦戦する相手だ。
「危ない!」
誰かが叫ぶ。
だが、少女は動じなかった。
細身の身体が、しなやかに動く。
剣を抜き、魔物を翻弄する。その動きは舞うように美しく、それでいて無駄がない。
そして――。
「――爆炎」
少女がそう呟いた瞬間。
彼女の瞳が、文字通り赤く燃え上がった。
オレンジ色の炎が陽炎のように彼女を覆い、次の瞬間、巨大な火球がレッドベアを直撃する。
ドガァァァン!
一撃。
たった一撃で、レッドベアは黒焦げになって倒れた。
「……すげぇ」
俺は呆然と呟いた。
「父上……あの子は?」
「ん? ああ、ガルド・ヴァーミリオン辺境伯の一人娘、エレオノーラお嬢様だ。まだ十歳だというのに、あの強さ……流石はガルド様の血を引いておられる」
エレオノーラ。
その名前が、俺の胸に刻まれた。
心臓が激しく鳴動している。
思えば、この時、俺の運命は決まった。
彼女の伴侶となる--それが俺の運命だ!
***
だが、冷静になって考えれば考えるほど、状況は絶望的だった。
俺はただの男爵家の嫡男。
一応は貴族だが、爵位は低い。領地もない寄子の家だ。
対して彼女は、「王国最強」と名高いガルド・ヴァーミリオン辺境伯の一人娘。
しかも、俺より二つも年下なのに、すでに俺よりはるかに強い。
「武力じゃ、勝てない……」
部屋で一人、頭を抱える。
辺境伯家を支える家の子として、俺だって幼い頃からそれなりに鍛えられてきた。
筋肉ならある。体力もだ。剣だって魔法だって、同世代ではトップクラスの実力だと言われてきた。
だが、エレオノーラ嬢のあの戦闘力には到底及ばない。
「だったら、どうする?」
俺は必死に考えた。
考えて、考えて、ついには熱が出るほど考えて、親を慌てさせた。
後にも先にも、この時ほど頭を使ったことはない。
それくらい必死だった。
***
翌日、熱の下がった俺は、三つ下の弟バルトを呼んだ。
「兄貴、どうした? 珍しく真剣な顔して」
「バルト、俺は結婚する」
「は? 無理に決まってんだろ? 兄貴はまだ十二歳じゃないか」
「いや、今すぐじゃない。十年後だ」
「……兄貴、熱で頭がおかしくなったのか?」
バルトは心配そうに俺の額に手を当てた。
「おかしくなってない! 俺は本気だ!」
俺は弟の手を払いのけ、拳を握って力説した。
「俺は、エレオノーラ・ヴァーミリオン嬢と結婚する。そのために、これから十年かけて、準備をする」
「エレオノーラ……って、あのガルド様の!?」
「そうだ」
「兄貴、無理だって。あの家は化け物の集まりだぞ。しかもエレオノーラお嬢様は辺境伯家の跡取りだ。婿を取る側だぞ? 俺たちみたいな弱小男爵家の人間が――」
「愛と根性があれば、何とかなる!」
「そんなわけあるか!」
「わかってる、冗談だ。流石にそれだけじゃ厳しい。だが、男爵家に嫁にきてもらうよりは、はるかに望みがある・・・だから、戦略を考える」
俺は真剣に弟を見つめた。
「バルト、俺を手伝ってくれ。頼む! それに、俺が婿入りできれば、この家はお前が継げる。お前にとっても悪い話じゃないはずだ」
弟は、しばらく俺を見つめた後、大きく溜息をついた。
「……兄貴がそこまで言うなら。で、どうするんだ?」
「まずは情報収集からだ」
***
俺は両親に、それとなくヴァーミリオン家のことを聞いた。
寄り家でもある辺境伯家の情報は、意外とすぐに集まった。
「やっぱりエレオノーラお嬢様が跡取り、か……」
部屋で資料を広げ、俺は考える。
つまり、エレオノーラ嬢は辺境伯の跡を継ぐため、婿を取る。
「婿として相応しい人物になればいい……」
では、どんな人物が相応しいのか?
まず、武力は必須だろう。ここは魔の森を抱える辺境。へなちょこ貴族には領主は務まらない。
「だが、エレオノーラ嬢より強くなるのは……無理だな」
正直に認めるしかない。
「じゃあ、最低限の武力だけあればいい。それより大事なのは――」
統率力?
いや、それは彼女が持っている。あの狩猟大会でのカリスマぶりを見れば明らかだ。
「ならば――領地運営だ!」
俺は膝を打った。
領地に富をもたらすことができれば、婿として価値がある。
「だが、どうやって?」
鉱山開発? いや、そんな知見も道具もない。それに金がかかる。
商売?
「……魔物素材だ」
俺は閃いた。
この辺境には魔物がわんさかいる。その素材は貴重だ。
「でも、今はただ狩って、一部を売っているだけだよな……」
もったいない。
魔物素材を加工しやすいように整えて売れば、付加価値がつく。
職人を育て、それを加工した商品を作れば、商人も集まる。
「そうだ、隣国では魔石を使った魔道具開発が盛んだったな……」
その技術を持ってこられれば!
「これだ!」
俺は立ち上がった。
よし、決めた!
まずは冒険者ギルドで、どんな素材が採れて、どう使われているか確認しよう。
それから、その素材がどんなルートで国内に流通しているのか。それと隣国との交易ルートも調べなきゃな。
「バルトには隣国に留学してもらって、職人や商人との伝手を作ってもらおう」
完璧だ。
俺は計画を紙に書き出した。
【ガロンの十年計画】
- 今から卒業まで:学業と並行して冒険者登録をし、資金を貯める
- バルトが成人したら隣国へ留学してもらい、魔道具制作の基礎知識と人脈を得てもらう
- 学園卒業後:魔物素材を扱う商会を立ち上げ、販売ルートを確立する
- バルト帰国後:職人学校設立、実績を作る
- 二十二歳:エレオノーラに求婚する
「……我ながら、よく考えたな」
十年。長いようで短い。
だが、彼女を射止めるためなら、この程度の努力は当然だ。
「よし、明日からさっそく動くぞ!」
***
翌日、俺はバルトに計画を説明した。
「……兄貴、本気なんだな」
「当たり前だ」
「でも、十年って……」
「短い」
俺はきっぱりと言った。
「エレオノーラ嬢と共に六十年生きるための、その内のたった十年だ」
バルトは呆れたように笑った。
「兄貴、本当に惚れたんだな」
「ああ」
「……わかった。俺も協力する」
「本当か!」
「兄貴がそこまで本気なら、弟として応援しないわけにはいかないだろ」
バルトはニヤリと笑った。
「面白そうだしな。男爵家から辺境伯家に婿入りとか、前代未聞だぞ」
「ありがとう、バルト!」
俺は弟の肩を叩いた。
「よし、じゃあまずは両親に話を通そう」
「え、両親にも?」
「当たり前だ。協力してもらわないと」
「兄貴……本当に本気なんだな」
「何度も言わせるな」
こうして、俺の長い戦いが始まった。
***
長期休暇が終わり、学園が始まると、忙しい日々が待っていた。
午前中は授業。貴族として必要な教養を学ぶ。
午後は冒険者ギルドへ。魔物を狩り、素材を売る。
夜は商売の勉強。帳簿のつけ方、交渉術、流通の仕組み。
学園が休みの日ももちろん同様だ。授業がない分、より時間を有効活用できた。
「兄貴、死ぬぞ」
「大丈夫だ。エレオノーラ嬢を得るための苦労なんてご褒美だ」
俺は睡眠時間を削って働いた。
そんな俺を、周りは呆れて見ていた。
「ガロン、お前、なんでそんなに必死なんだ?」
学友が尋ねる。
「結婚資金を貯めてるんだ」
「結婚? お前、まだ十四歳だろ?」
「今から準備しないと間に合わない」
「誰と結婚するんだよ」
「秘密だ」
俺は笑ってごまかした。
エレオノーラの名前を出せば、間違いなく笑われる。
「無謀だ」「身の程知らず」と言われるだろう。
でも、俺は諦めない。
***
十六歳で学園を卒業。
すぐに商会を立ち上げた。
名前は「モンレーヴ商会」。俺たちの家名だ。
最初は小さな店だった。
魔物素材を仕入れ、それを売る。ただそれだけ。
だが、俺には計画がある。
俺はがむしゃらに働いた。
***
十九歳の時、成人を迎えたバルトを、俺は隣国に送り出した。
「職人や商人との伝手を作ってこい。魔道具の技術も学んでこい」
「わかってる。任せろ、兄貴」
バルトは自信満々に笑った。
「兄貴は商会をデカくしておいてくれよ! 間違っても潰すんじゃないぞ」
「ああ、当然だ! 任せておけ」
弟を見送り、俺はさらに働いた。
***
それから一年して、バルトが留学から帰ってきた。
「兄貴! 大成功だ!」
バルトは興奮気味に報告した。
「隣国の職人たちと契約できた。それに、魔道具の基礎技術も学んできたぞ」
「よくやった!」
俺は弟の肩を抱いた。
「じゃあ、次の段階だ。職人学校を作る」
「学校?」
「ああ。職人を育てて、魔物素材を加工する技術を広める。そうすれば、この領地全体が豊かになる」
「……兄貴、本当にエレオノーラお嬢様のこと考えてるんだな」
「当たり前だ」
俺は真剣に答えた。
「彼女が治める領地を、豊かにしたいんだ」
バルトは、少し感動したような顔で頷いた。
「そこまで言うからには、俺がいない間にエレオノーラ嬢との関係は進展したんだよな?」
「……あ〜いや、その、手紙は時々出してるし、挨拶はする」
「は?」
「何やってんだ、兄貴!? それこそ最初にやっとくべきことだろう」
呆れたように言い放つ弟の言葉に、グゥの音も出ない。
「わかってんのかよ、兄貴! 彼女ももう成人したんだぞ。婚約者がいて、明日にも結婚なんてことだってあり得るんだぞ!」
衝撃だった。失念していた。
そうだ、あんなに素晴らしい女性を、世の男どもが放っておくはずがない。
「わかったら今すぐ行って来い! 彼女に思いの丈をぶつけてくるんだ」
弟に背中を押され、俺は馬を走らせ、領主館へと向かった。
***
ヴァーミリオン家の屋敷は、相変わらず威圧感があった。
門をくぐり、執事に要件を告げると、執務室に通された。
さほど待つ事もなく、すぐにガルド・ヴァーミリオン辺境伯が現れた。
「おお、ガロンか。久しぶりじゃのう」
大きな体に似合わぬ、穏やかな笑顔。
だが、その気配は圧倒的な強者のものだった。
「王国最強」の名は伊達ではない。俺は縮み上がりそうになる体を叱咤し、精一杯胸を張った。
「ガルド様、本日は大事なお話があって参りました」
「ほう」
ガルドは興味深そうに俺を見た。
「エ、エレオノーラ嬢にも一緒に聞いていただきたいのですが……」
「娘は今、遠征で留守じゃ」
「……あ、そうですか。で、ではガルド様だけでも、聞いていただきたい!」
「いいだろう」
そう言うと、ガルド様は少し身を乗り出し、俺をまっすぐ見据えた。
「では、聞こうか」
俺は、深く息を吸った。ここが勝負どころだ!
「この領地に必要なのは、豊富な魔物素材を活かした販売ルートの確立と、それを使った産業を興すことです」
資料を広げ、俺は説明した。
現在の領地経済の状況。
魔物素材の潜在的価値。
職人育成による技術の蓄積。
商人ネットワークの構築。
すべて、この八年間で俺が考え、実現してきたことだ。
「ほう……」
ガルドは真剣に資料を見ている。
「よく考えておるな。で、何が言いたい?」
「さらに規模を拡大したいのです。そのために、ガルド様に投資をお願いしたい」
「投資、か」
ガルドは顎に手を当てた。
「はい。具体的には職人を育成する専門機関を作りたいです。そのために、弟のバルトが中心になって人材を集めています」
「なるほどな。だが、そこまで考えて準備をしたのだ。お主一人の力でもやれると思うがの。なぜ、わざわざワシに頼む?」
「それは――」
俺は覚悟を決めた。
「俺は、エレオノーラ嬢と結婚したいのです」
静寂。
ガルドの目が、わずかに見開いた。
「……ほう?」
「彼女の隣で生きていきたい。そのために、何ができるかを必死に考えてきました。そして、行き着いた答えが、『領地を富ませること』であり、そのために必要なことが『魔物素材の流通ルート確立』と『その素材を加工できる職人の育成』でした」
「なるほど」
「ですが、今のままでは俺一人の思いつきです。男爵家の若造のお遊びと受け取られることもあるでしょう。だが、ガルド様の後援を得て、領地としての方針とできれば、規模も立場も望む形に近づけられます」
俺は頭を下げた。
「だから、お願いします!どうか、俺に投資してください。あと二年あれば、今言ったことをさらに発展させ、この領地をもっと豊かにできます」
「……」
「そして、もし、本当にそれができたなら――お、お嬢様を、俺にください!!」
俺は顔を上げ、真っ直ぐにガルド様を見た。
「いえ、お嬢様の側に、俺を置いてください!!!」
長い沈黙。
ガルド様は、じっと俺を見つめていた。
その視線は重く、まるで俺の魂を見透かすようだった。
やがて――。
「……ワシの娘に、惚れたか」
「はい! 一目惚れでした!」
「いつから?」
「八年前、狩猟大会で初めてお嬢様を見た時から!」
「八年……」
ガルド様は目を細めた。
「つまり、お主は八年間、ワシの娘のためにここまで考え、努力してきたと?」
「はい! そして、これからも努力し続けます!」
「……」
ガルド様は立ち上がった。
俺も立ち上がる。
次の瞬間――。
ガルド様が、俺の肩を掴んだ。
「面白い!」
え?
「お主、面白い男じゃな!」
ガルド様が声を上げて笑った。それはもう愉快そうに。
「よかろう。まずはあと二年、好きにやってみよ。もし本当に成し遂げたなら――エレオノーラを任せてもよい」
「本当ですか!?」
「ああ。ただし」
ガルドの目が、鋭くなった。
「エレオノーラは強い。お主より、はるかに強い」
「……わかっています」
「それでも、彼女の伴侶になりたいか?」
「はい」
俺は即答した。
「彼女が俺より強くても構いません。俺は、彼女の役に立ちたい。彼女と共に、この領地を守りたい」
ガルド様は、満足そうに頷いた。
「よし。では、二年後に期待しておる」
「ありがとうございます!」
俺は深々と頭を下げた。
やった……!
第一関門、突破だ!
***
その後、ガルド様からの後援を受け、俺たちは職人学校を開校した。
集まったのは、領内の若者たち。
「魔物素材の加工技術を学べば、いい仕事につけるぞ」
俺の呼びかけに、多くの若者が応えてくれた。
隣国から招いた職人たちが、丁寧に技術を教える。
学校で学んだ職人たちには、魔物素材を割安で提供する。
加工してもらったものは、モンレーヴ商会を通して販売する。
最初は小さな規模だったが、徐々に拡大していった。
やがて、商人たちが領地に集まり始めた。
「モンレーヴ商会の製品は質が良い」
「魔物素材の加工品もそうだが、これほどの魔道具がこの辺境で手に入るとは」
評判が広がっていく。
俺は嬉しかった。
多少の紆余曲折はあったが、概ね計画は順調だ。
そこから程なくして、ガルド様より領地の収入が目に見えて増えたと連絡があった。
職人たちが育ち、商人が集まり、経済が活性化する。
「ガロン様のおかげです」
領民たちが感謝してくれる。正直、とても嬉しかった。
だが、俺の到達点はここではない。
エレオノーラだ。
彼女に、俺の価値を認めてもらうこと。
それだけが、俺の目標だった。
***
間もなく、約束の二年になる。
ガルド様からの許可を得て、俺はさらに働いた。
職人学校を拡大し、より多くの若者を育てる。
商会のネットワークを広げ、隣国だけでなく、さらに遠方の国々とも取引を始める。
魔道具の製作所を設立し、魔物素材を使った新製品を開発する。
「兄貴、少し休めよ」
バルトが心配する。
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないだろ。いつ寝てるんだよ?」
「三時間は寝てる」
「少なすぎるだろ!」
でも、俺は止まれなかった。
エレオノーラのためだ。
彼女に相応しい男になるためだ。
***
時々、彼女と会うことがあった。
領地の行事や、ガルド様との打ち合わせの場で。
「お久しぶりです、エレオノーラ嬢」
「あら、ガロン。商会は順調なようね」
彼女は穏やかに微笑む。
その笑顔を見るたびに、俺の心臓は激しく鳴る。
「はい、おかげさまで」
「父から聞いたわ。あなた、とても頑張っているそうね」
「まだまだです」
「そう。でも――」
彼女は、ちらりと俺を見た。
その視線に、何か意味があるような気がした。
「期待しているわ」
「……はい」
俺は、胸が熱くなった。
もっと頑張ろう。
もっと、もっと。
彼女に認めてもらえるように。
***
二十二歳になった時、俺は商会の経営を一部バルトに任せた。
「俺は、そろそろ次の段階に進む」
俺は武術の訓練を再開した。
経済的な貢献だけでは不十分だ。
この辺境で生きるには、最低限の戦闘力が必要だ。
「よし、鍛えるぞ!」
毎朝、剣の素振り。
魔物討伐にも積極的に参加する。
ガルドに頼んで、特訓もしてもらった。
「ふむ、お主、センスはあるな」
「ありがとうございます!」
「だが、エレオノーラには及ばん」
「……わかっています」
「それでいい。お主に求められるのは、最強になることではない。エレオノーラを支えることじゃ」
その通りだと思った。
俺は、エレオノーラ嬢より強くなる必要はない。
ただ、彼女の隣に並び立つ覚悟と、彼女を支えるに足る強さがあればいい。
***
そして――約束の日。
「やっと、エレオノーラ嬢に求婚できる」
長かった。
十年。
十二歳で彼女に一目惚れしてから、今日まで。
「よし、行くぞ」
ヴァーミリオン家の屋敷。
俺は、今日、エレオノーラにプロポーズをする。
「お待たせしました、ガロン」
現れたエレオノーラは、相変わらず美しかった。
二十歳になった彼女は、少女の面影を残しながらも、一人前の淑女として成長していた。
「いえ、こちらこそ」
俺は緊張で手が震えた。
「それで、話とは?」
「はい、実は――」
俺は深呼吸した。
そして、跪いた。
「エレオノーラ嬢」
「ガロン?」
「俺は、十年前、あなたに一目惚れしました」
エレオノーラの目が、わずかに見開いた。
「それから、ずっとあなたのことを想ってきました。あなたの役に立ちたくて、この十年、力を尽くしてきました」
「……」
「あなたより強くなることはできませんでした。でも、あなたを支えることはできます。あなたと共に、この領地を守ることはできます」
俺は顔を上げ、真っ直ぐにエレオノーラを見た。
「どうか、これからの人生、あなたの隣で、あなたと共に歩ませてください」
「……」
彼女は、静かに俺を見下ろしていた。
その表情は、穏やかで。
でも、どこか――嬉しそうで。
やがて、彼女は小さく笑った。
「遅かったわね、ガロン」
え?
「待ちくたびれたわ」
「エ、エレオノーラ嬢――それでは」
「あなたったら、なかなか言い出してくれないのだもの」
エレオノーラは微笑んだ。
その笑顔は、これまで見た中で一番美しかった。
「でも、あなたが私のために頑張ってくれているのを見るのは、とても楽しかったわ」
「……エ、エレオノーラ嬢」
「エレオノーラ、と。だって、私たちは夫婦になるのでしょう?」
「ありがとうございます! 俺、必ず、あなたを幸せに――」
「ただし」
エレオノーラが俺の言葉を遮った。
「今のままじゃ弱すぎるわ」
「え?」
「もう少し、鍛えましょうね」
エレオノーラは、優雅に微笑んだ。
***
それから半年。
血の滲むような鍛錬の日々を乗り越え、俺たちは結婚した。
式の後、バルトが俺を呼び出した。
「兄貴、本当におめでとう」
「ありがとう、バルト。ここまで来れたのも、お前の協力のおかげだ」
本当に、バルトの協力とサポートがなければ、この結果にたどり着くことはできなかった。
弟には本当に、感謝しても仕切れない。
「でも――」
バルトは、少し同情するような目で俺を見た。
「これから大変だぞ」
「わかってる」
「エレオノーラ義姉さん、優しいけど厳しいからな」
「……知ってる」
「頑張れよ、兄貴」
「ああ」
俺は笑った。
大変だろう。
でも、後悔はない。
十年かけて射止めた相手だ。
これからも、全力で愛し続ける。
「俺は、幸せ者だ」
「そうだな」
バルトも笑った。
「本当に、幸せそうだ」
「ああ」
俺は空を見上げた。
雲ひとつない青空。
あの日、エレオノーラを初めて見た日と同じ、美しい空だ。
「エレオノーラ、愛してるよ」
小さく呟いた。
俺の全ては君のものだ。君のために、君と共に、俺はこれからも生きていく。
(完)
――あとがき的なもの――
こうして、ガロンは十年越しの恋を実らせた。
脳筋と呼ばれることもある彼だが、エレオノーラのためなら頭も使い、商売も学び、領地経営まで成し遂げた。
真の愛は、人を成長させる。
ガロンの努力は、エレオノーラの心を動かし、そして二人は結ばれた。
ただし――。
結婚後、ガルドとエレオノーラに鍛えられ、ガロンの筋肉は結婚前の三倍になったという。
「義父上、もう勘弁してください……」
「何を言う。まだまだじゃ」
「ガロン、もう一本いきましょう」
「エレオノーラ……」
夫婦で魔物討伐に出かけるのが、二人の定番デートになった。
ガロンは時々思う。
「俺、何か間違えたかな……」
でも――。
エレオノーラの笑顔を見れば、すべてが報われる。
「やっぱり、間違ってないな」
脳筋男の求愛大作戦は、こうして成功したのだった。
めでたし、めでたし。
*補足*
バルトは、ガロンの結婚後に商会を正式に引き継ぎましたが、のちにガロンが辺境伯を継ぐ際、その補佐官に就任することになります。
そこで、信頼できる知人に商会を任せ、自らは経営から身を引きました。
と同時に、父親から男爵位を引き継ぎ、文字通り独身貴族生活を送っています。
さらに「補佐官になったからには」と、ガルドにみっちり鍛えられた結果、今では兄と肩を並べて辺境の“武”を支える存在になっています。
▪️作者のつぶやき▪️
この話を書いてから『巨人の星』のテーマソングが頭の中でリフレインしている……。サビしか知らないのに、このフレーズだけが、イントロと共に延々とこだまするなんて……誰か、止めて〜
「思い込んだら 試練の道を〜 行くが〜 男の ど根性〜」♪( ´θ`)ノ
★お読みいただき、ありがとうございます★
楽しんでいただけたでしょうか?
ブクマ・評価・リアクション・感想も大歓迎です!
☆『ワシ孫』短編シリーズ☆
▶︎1作目:『ワシの可愛い孫娘を虐めたのはどいつだ!』
https://syosetu.com/usernoveldatamanage/top/ncode/2937366/noveldataid/27248953/
▶︎2作目:『「女王様って素敵」と呟いたら、脳筋爺ちゃんが王国を乗っ取った件』
https://syosetu.com/usernoveldatamanage/top/ncode/2940370/noveldataid/27268881/
▶︎3作目:『紅蓮の女帝の帰還〜脳筋爺ちゃんズが正座させられた日〜』
https://ncode.syosetu.com/n1531li/
▶︎4作目:『辺境伯夫人エレオノーラの優雅な交渉 〜脳筋爺ちゃんの尻拭い〜』
https://ncode.syosetu.com/n4041li/
▶︎5作目:『元王太子セドリックの心の叫び〜ヴァーミリオン家とはもう関わりたくありません!〜』
https://ncode.syosetu.com/n6636li/
是非こちらも読んでみてくださいね♪




