雪国
はあ、とはいた息は凄く白い。
真っ暗な空にそれは映えていてとても綺麗だけれど、ああ寒すぎてたまりません。
会社終わりの午後8時。
冬の今じゃあもう真っ暗な空です。
ああ、今日もやっと仕事終わったなあ。
寒さにぶるりと身体を震わせてしっかりとマフラーを巻き直し帰るために足を踏み出した。
真っ暗な冬の空でも綺麗に澄んだ夜空でも町中のキラキラした明かりや看板たちの光で星たちの光はなかなか届かない。小さな星の光のが人工的な光なんかよりもずっとずっと綺麗でわたしは好きだけれどなあ。田舎の実家でみる夜空がすごく好きで、しんとした周りなのになんだか星をみる度に安心した。毎晩毎晩、必ずやってくる星たち。お月様はたまにお休みしたりしてしまうけれどね。
がやがやとした街中にはいろんな光や音や人が溢れている。楽しそうに笑う人達や仕事が終わってやっと家に帰れるとほっと一息ついている人達や恋人たち。シャカシャカとなるヘッドフォンや大きいモニターで映し出されるテレビ、宣伝の音楽や話し声。いろんなものに溢れている。
いつだったか、最後に実家に帰ったのは。
もう随分と前だった気がする。
今年のお正月は帰らなかったなあ。
わたしの地元には冬には真っ白な雪しかなかった。
一面真っ白な大地しかない。そんな土地。
真っ白な大地のずっと向こうに大きな真っ白い山があるだけ。家も学校も畑もみんな雪に白くされて、こんな風にいろんなものに溢れてはなくて、ただただ雪しかなかったけど。だけどそこの空はとっても綺麗だった。やさしい小さな光が夜は照らしていた。雪に月明かりが反射してさらにぼんやりと明るく辺りを照らし出して、夜は電灯が少なくても自然のひかりで明るかった。しん、と静まり返ってまわりには音がしないのになぜだか寂しいとは感じなかった。
幼なじみとふたりでよく、早朝、いや真夜中にこっそり家を抜け出してまだ誰も足跡をつけていない学校の校庭に忍び込んで星を見に行ったっけなあ。
彼の白い肌は雪と同じようにやわく月の光を反射してすごく綺麗だった。少しだけふせた目にうっすらと睫毛の影がうつっていて、色素の薄い髪は銀というより白に近くてまるで景色に溶け込んでしまうようだったのを覚えている。
静かな校庭では静かに話してふたりで黙って星を見た。校庭にも学校にも誰もいなくてすごく静かなのに星が満天で雪が辺り一面にあってわくわくしたんだっけなあ。
寂しくなんてなかった。
むしろずっとこのままで居たいと思っていた。
ここはどうだろう。
まわりには音が溢れている。
明かりも溢れてて建物も人もたくさんいる。
だけど歩いているとたまにものすごく寂しくなるんだ。
なぜだろうか。
あっちにはなんもなかったけれど、だけどあそこには満天の星があった。
綺麗な白い白い雪があった。
彼がいた。真っ白な大地の中にあたたかい笑顔とともに。ああもうなんだかすごく恋しいな。会いたいな。
かつりと、一旦歩くのをやめてバックの中に手を入れた。指先で捜し出した携帯をそっと開き、電話帳から彼の名前を捜した。今、仕事終わっただろうか。それともまだ仕事中かな。耳元で聞こえるかすかなコール音。数回のコールののち、ぷちりと音がして、向こうが電話に出たことがわかる。
「もしもし」
『おう』
どうした、とやさしい彼の声が響く。彼の声だ。がやがやとした街中の音はまるで聞こえなくなったみたいに彼の声がはっきりと耳元で聞こえた。あのときみたいに。雪の中でふたり静かに話した小学生だったあの頃みたいだ。
『めずらしいな、お前から電話なんて』
電話越しに彼は笑う。少しだけ楽しそうに。わたしも嬉しそうな声をしているのだろうか。あの頃みたいだけど、あの頃とは違う。あの頃は隣にいたけれど今はずっとずっと遠く。隣に君はいないのだ。
「近々帰ろうかと思って」
『そうか』
「うん」
『なんか、あったのか』
今日は素直に言ってみよう。優しくて暖かいこの声を聞きに、綺麗な白を見に行きたい。ゆっくりもう一度空を見上げてみたけれどやっぱりここはあんまり星が見えない。あっちでは見えるかなあ。今年は寒いから雪大変かな。おじいちゃん、雪掻きでギックリ腰になってないといいか心配だ。あとお正月帰ってないからお母さんのお雑煮食べたいなあ。あ、もうお餅ないかなあ。帰りたい理由はいっぱいいっぱいあるんだよ。だけどねやっぱり一番大きい理由はさ。
「あなたに逢いたくなったから」
2025.10.13 個人サイトより再掲




