本の紹介12『春と修羅』 宮沢賢治/著
心の風景を鮮やかに映し出す言葉の魔法
「銀河鉄道の夜」や「注文の多い料理店」が有名な宮沢賢治の詩集です。前者はちょっと難解なところがあるものの幻想的なストーリーが魅力的で、後者はそれまでに語られた布石を綺麗に回収するオチも含めて物語を楽しむのにうってつけの作品だと思いますが、詩についてはとっつきにくい印象がありました。
そもそも初めて詩に触れたのは小学校か中学校の国語の授業だったと記憶していますが、よく分からないことを短い言葉で綴っているだけで何が面白いのだろうというのが正直な感想でした。当時の自分にとって、読書といえば物語を読むことだったため、具体的な人物や場面描写がなく、抽象的な言葉だけで表現される詩という形式に戸惑ったのだと思います。主人公たちが進んでいく道を追体験するのが当時の自分にとっての読書だったのです。
詩を読むようになったのは大学生になってからで、ある程度読書に慣れてきたことで、具体的なストーリーよりもその物語が何を表現しようとしているのか、どういったテーマがあるのかといった抽象的な部分に目が向くようになったのが大きな要因かと思います。早いうちからそういった観点で読書をする人も少なくないと思いますが、私は読書への向き合い方が偏っていたみたいです。
物語を抽象的に捉えることを覚えたことで、詩に対する印象が変わってきたのだと思います。物語や詩というものがなぜ存在するのかと考えたときに、根っこの部分には作者が世界をどのように見ているのかということや、心の動きを誰かに伝えたいという欲求があるのではないかという思いが生まれました。作者が自分の心に浮かんだ情景を表現するために、具体的なストーリーを組み上げ、装飾を施して作り上げるのが「物語」で、装飾を用いず心の動きをより純粋に言葉で練り上げるのが「詩」なのではないかと考えたのです。その意味で、この「春と修羅」という詩集は心の風景を淡く、しかし同時に力強く表現しており、詩の醍醐味を味わうことのできる逸品だと思います。副題となっている「心象スケッチ」という言葉が詩そのものを姿を表現していると感じました。
肝心の詩の内容に触れていませんが、詩の良さはその音感だったり、言葉の繋ぎ方であったり、実際に読んでみないと分からない、他人の説明ではいまいちピンとこないものだと思うので、まずは読んでみてくださいとした言えないのです。
感覚的な問題ですが、詩を読むときは文庫版よりも単行本サイズの方がしっくりくるように思います。文庫版だと画一的な印象が強く、作者の紡いだ言葉もどこか窮屈な印象を受けます。小説だとそんなことはないのですが、不思議です。何冊か詩集を読んでいく中で得た印象であり、根拠のない勘違いの可能性もありますが、詩集を買うときは装丁が凝っていて特別感のある単行本をなるべく選ぶようにしています。
「春と修羅」は文庫版の宮沢賢治詩集にも収録されていますが、上記の理由から専門店で箱入りの単行本を購入しました。単行本だと余裕をもって言葉に接することが出来る様な気がします。持ち運びには不便ですが、詩を読む時間はちょっと贅沢なものにしたいと思っているので、その不便さが却って良い効果を生み出します。こと趣味の領域においては、不便なものほど高級というのが持論です。終わり