神(のみぞ知る)
〈どんよりと傘が重たい初秋よ 涙次〉
【ⅰ】
今日は* 故買屋Xの「定期検診日」。「またぞろ【魔】が溜まつてるぞ」‐「さう嚇すなよ」もぐら國王と故買屋。カンテラ事務所の門前で、タロウが吠える。「ほらな」‐「...」
カンテラは「相談室」を空けて待つてゐた。「故買屋くん、まあお客なんだからリラックスしてくれ」‐「お客と云はれてもなあ」‐「こないだみたく十や二十で利かなかつたりして(笑)」‐「さう嚇すなよ」
いかな靈的不感症の故買屋とは云へ、泥棒のお先棒を担いでゐるからには、それなりの「業」は避けられない。カンテラ、まるで醫師の如くに、まづは触診。「あゝ、こないだよりは幾分かマシだ」‐「落ち着いたがいゝのか、まだゐやがると云つたらいゝのか」(笑)
取り敢へず、溜まつた【魔】の憑依を解く。「今日は3名様」‐「マシと云へば、マシだな」。その模様を尾崎一蝶齋が見てゐた。「こら、をつさん。お客の前に顔晒すな」‐「失禮」
溜まつた【魔】は、順繰りにカンテラが斬つて行く。「おいおい、そんなに殺すなよ」‐「活人剣無用。これは故買屋くんと俺たちとの取り決めに依るものだ」
* 当該シリーズ第2話參照。
【ⅱ】
尾崎の目には、無體な事と映つたらしい。「ちよつと失敬」最後の【魔】のところで、【魔】の襟首を摑んだ。(殺られる!)‐【魔】はさう思つたらしく、首を縮こめた。「おい、何すんだ!?」‐「余りに殺生が過ぎる。こゝは私に任せてくれ」‐「だから、活人剣無用だつての。ボスは俺だつて云つたゞろ? さう云ふ取り決めだつた筈だ」‐「そ、さうか」。で、最後の【魔】まですつかり退治たカンテラ、故買屋に、「金100萬なり」。國王「ケチらず拂ふんだぞ」‐「分かつてらい」。
尾崎、失態である。これが【魔】の間で評判にならうとは、さしもの活人剣師範・尾崎一蝶齋にも予測が付かなかつた。
【ⅲ】
「だうやら、カンテラ一味の中に、異分子が混ざつてゐる‐ 憑り付いても斬られず濟むぞ」そんな聲が、魔界に流布してしまつた。尾崎、【魔】のしつこさを分かつてゐない。
數日後、尾崎の当直の日だつたのだが、姿を現はさない。「ほれ見たことか」‐カンテラ。じろさんが問ふた。「一蝶齋、だうしたんだ?」‐「だうせ魔界ぢや、鳩派が混ざつてるつて評判なんだよ。まあ彼が後悔する迄待たう」。「放つて置くのか?」‐「それしか方法がないなら、ね」‐「活人剣、破れたり、だなあ」
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〈懐かしき歩き煙草のをぢさんよ擦れ違ひざま畜生と云ふ 平手みき〉
【ⅳ】
尾崎、欠勤の日が續いた。その間、故買屋ならぬ尾崎が、【魔】を溜め込んでゐるとは、カンテラ一味の名折れである。じろさん、テオを連れて、尾崎の道場まで駆け付けた。
「一蝶齋、破れたり」‐いつもの鬱勃とした、精氣に溢れた表情は、彼の顔に、ない。たゞ、呆けてぽかんとしてゐる。
上総‐「お師さん、だうかしたんですか?」‐テオ、「【魔】の前で甘い顔、し過ぎたんだよ」‐上総はじろさん、テオに、金庫から取り出した(彼が一蝶齋道場の金庫番)現ナマを渡すと、「これで。僕から見ても、優し過ぎるんですよ。師匠は」‐「愛弟子にさう云はれたんぢやあねえ」
【ⅴ】
尾崎の魂は幽冥界を彷徨つてゐた。まだ、彼一流の正義感があつたから良かつたものゝ、これが一般人だつたら、とつくに魔道に墜ちてゐる。
「私は一體、何をやつてゐるのか!? 何処へ向かふのか?」‐何となく、カンテラたちの顔ぶれを思ひ出し、云つた。「確かに、活人剣が利かない世界つて、存在するんだな」。すつかり裏ぶれてしまつた尾崎。カンテラ一味の一員として過ごした日々が、間遠く感じられた。
尾崎、一生に一度の勇猛心を奮ひ起こし、
「喝!!」。珍しい事もあるもので、眞剣を拔いた。尾崎には剣士としての蓄積があつた。たゞ、日頃それを隠す為に持つてゐたのが、莫迦らしく思へた。
【ⅵ】
カンテラ事務所付「開發センター」。隣の方丈で、カンテラが何かを頻りに念じてゐる。牧野は、茶を出しに行つたのだが、「立入禁止」の表札が出てをり、これは大ごとなんだな、と氣付く。時軸‐「カンテラさん、どしたんスか?」‐「分からんが、多分、彼は人助けをしてゐるのさ。さう云ふ一面もあるつて、誰も知らないんだけどね。俺は良く知つてるよ」
大方、正義の為に、などゝ云はれたら、彼は途中で「修法」を放擲し、その場を立ち去つたらう。「翁」、時軸、牧野の「しーつ!」と云ふ素振りで、何となくカンテラと云ふ人が分かつた、やうな氣がした。
【ⅶ】
お蔭を以て、尾崎は、幽冥界から「引き拔かれた」。但し、憑依した【魔】、その儘で、である。「尾崎さん、後始末は自分でしてくれ」。「老婆心」、と云ふ奴だ。自立した剣士らしく振舞へ、と云つてゐるのである。この場面を、眞剣を持つた尾崎がだう「斬り」拔けるか‐ それは神のみぞ知るところであつた。
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〈そぼ降ればしとゞ降るなり秋の雨〉
さて、尾崎。頭を掻きながら、「私とした事が」と云つたか、だうだか。繰り返しになるが、神のみぞ知る。ぢやまた。