ースクイー
目を覚ますと辺り一帯には何も無く、白く暖かい空間に俺は一人いた。
居心地が良くここが何処なのか考える事すらめんどくさく俺は思考を放棄して体を倒した。
勢いよく倒れたがその背には強い衝撃が走る事はなかった。
ポケットを確認してもスマホも財布も大切にしていたお守りも入っていない。
俺の最後の記憶だと持ち合わせていたのだが。
まぁ....大方予想はついているのだが、どれも使う機会もないだろうし今更だろう。
穏やかで調度良い温度感により次第に瞼が落ちてくる。
完全に瞼が閉じた瞬間。
シャンと鈴が鳴り響くような音が聞こえてくる。
鈴の音は次第に大きくなっていき、こちらに近づいて来ているのがわかった。
次第に音の正体は俺の目の前付近で止まったのがわかる。
閉じた瞼を徐に開け確認する。
....俺は初めて見る物に目を見開いた。
艶やかで綺麗な銀髪の髪を伸ばし、頭頂部にはそれは可愛らしい三角系の立派なお耳をピョコピョコさせていた。
オマケにその少女の後ろから見え隠れしているふわふわで綺麗な毛並みのものが揺れていた。
「こちらに来て早々居眠りとは呆れたものじゃ。まぁ、それもよいか。妾は神だ!よろしくだぞ」
唐突に神と名乗る少女はすごいドヤ顔で俺を見下ろしていた。
「はぁ....それはご丁寧にどうも」
とりあえず挨拶をしてくれた神様(仮)に無難な返答をしておいた。
「なんだそのつまらん反応は、もっと驚いてもいいじゃろうに」
俺の返答に不満だったのか、ため息と同時に可愛らしく直立していたお耳も一緒に垂れ下がった。
そんなにしょぼくれるなよ....
あまりに静寂な空気感に耐えきれず俺は体を起こした。
「それで?神様(仮)さんは....」
「(仮)とはなんじゃ!妾は本物の神であるぞ!」
「そんなこと言われても...」
その瞬間、体を起こしているのも難しいくらいに...いや頭を上げることも許されない。
この目の前の少女を敬えと言わんばかりに圧力が俺にのしかかった。
このまま頭を上げてしまえば俺は殺されるだろう。
あとどれくらいこの時間を過ごせばいいのだろうか...恐怖心で体は支配されこの時間が過ぎるのを刻一刻と願った。
「ふぅ..これでわかっただろう。人間。いや、片峰 翔」
神と名乗る少女はドヤ顔を決めて言い放った。
....聞き間違いではないだろう。
この神と名乗る人物は確かに俺の名前を呼んだ。
「どうした?さっきの減らず口はビビッて声も出んくなったか」
乾いた喉のせいで声が出ずらいのもあったが自分の名前を呼ばれた事に驚きを隠せなかった。
「はは...流石に死んだと思った。それでなんで俺の名前を知ってんだ?俺、神様と面識なんてないぞ」
「何を今更。お前はもう死んでいるではないか」
俺が知っている世界ではない場所で耳の生えた少女がいる時点でほぼ察しがついていた。
「こんな場所にいるんだ多方予想してたよ」
「ふん。肝の座ったやつだ。もう現世に未練はないのか?」
「....そうだな。やっと楽になれて幸せだ」
一瞬混み上がった思いを押し殺した。
「片峰翔お前は大バカものだ」
小さな神は俺を呆れた顔で見下ろしていた。
「フルネームで呼ぶなよ、翔でいいよ。つか、あんたの名前も教えてくれよ」
「そんなの知って何になるんじゃ。神と呼べばいいではないか」
こちらを挑発するように発言する神様が居てたまるかっての...
「そっちだけ俺の名前知っててずるいだろ!不公平だ〜」
俺は小さい子供のようにローリングしながら叫びまくった。
すると痺れを切らしたのか神が口を開いた。
「えぇーい!わかったからそのやかましいのをやめんか」
俺は体を起こし神の顔をじっと見つめた。
「スクイ...それが妾の名じゃ」
俺が思っていたより普通の名前に少し驚いた。
「これで満足したか?名前など聞いてどうするのじゃ」
やれやれとスクイは首を横に振っていた。
スクイを見ている傍ら俺はその名に心当たりがあるか考えたが思い当たる節はなかった。
自分で言うのはあれだが、記憶力はいい方だと思っている。
その中で思い出せないとあれば俺が生後間もない頃に会ったのか?
....考えてから思ったが、なんせ彼女は神だ。
名前の一つや二つくらいはたやすくわかるものだろう。
「そんな難しい顔してどうしたのじゃ?」
....見た目相応の曇り一つない顔で心配され自分の大切な人と面影が重なった。
「....なんでもないよ、強いて言うなら喉が乾いた」
「そう言うことなら遠慮などするな、ほいっ」
掛け声と共にスクイが手を叩くとテーブルとお茶が何処からともなく現れた。
やっぱり彼女は嘘偽りではなく神様なのだろう。
♢
温かいお茶をすすり一息つく。
どこの世界に居ても暖かい飲み物は心と体に休息をくれる。
「なぁ、スクイ」
「なんじゃ?」
「この世界には時間って概念はあるのか?」
「ここには時間という概念はない。ただ魂の滞在時間はあるがな」
魂の滞在時間...ということはここは死んだ人の魂が一時的に来る場所なのだろうか?。
「この場所に俺とスクイ意外に人...魂は居ないのか?」
スクイに尋ねると返答は無かった。
....沈黙がながれる。
俺が来てから見晴らしは変わることも無く、この汚れを知らない潔白な空間は俺達以外の姿や俺のイメージする魂も見えなかった。
「....神はきまぐれって言葉をお主は知っているか?」
「まぁ、よく聞く言葉だけど、それがどうかしたのか?」
「その言葉の意味じゃよ。気まぐれでお主を招いたそれだけじゃ」
「気まぐれ」それがスクイが伝えたかった事なのだろう。
それ以上は喋るつもりは無いのかお茶を美味しそうにすすっている。
それを聞くと確かに納得がいく。
俺はただスクイの気まぐれに呼ばれただけなのだと。
神は気まぐれ。
何を考えているのかも分からないし。
神なんて...俺....いや、人間が考える範疇の存在ではない。
何が正しくて、何が間違いで、何が怒りに触れて何が喜びなのかもわからない。
まぁ、俺がこの後どうなるかは目の前の神様が決めてくれるだろう。
....って本当に気まぐれじゃねぇか。
なんとも言えぬ気分になった俺は溜息をこぼした。
するとシャララとツリーチャームの様な音が聞こえた。
音の方向を向けば密室だったはずのこの場所になにかが入ってきたのが見えた。
「なんだよ!スクイ!俺意外にも来客があるじゃんか!」
俺は自分以外の来客者が嬉しくて走って近づいた。
「バカ!翔!今すぐ離れんか!」
スクイの言葉が聞こえた瞬間にはもう遅かった。
走って近づいた正体はドス黒くうめき声が鳴り響く、黒く濁った球体だった...
俺は一瞬にして暗闇に飲み込まれた。
目を開けるとそこには人がいた。
顔が見えずただそこに人がいるのがわかる黒い影。
(....苦しい。楽になりたい。こんな世界嫌いだ。死にたい....死にたい。そうだ死んで楽になろう....)
頭に響きわたる...人が絶望する悲鳴の声が....。
「やめてくれ。もう。やめてくれ...やめろー!!!」
俺の声など届くはずもなく黒い影は屋上から飛び降りた。
その瞬間、自分の体では耐えられない痛みが走った。
そこで俺の意識は途絶えた....。
♢
『お兄ちゃん誕生日おめでとう!』
そうか....俺は死んだのか。
そう、これは過去の記憶だ。
この時の事は今でも覚えている。
『お兄ちゃん、いつもありがとう!』
お礼の言葉と共に妹からもらったのは、俺が死ぬ最後まで持っていたお守りだ。
『今はお家の事とかお兄ちゃんのお手伝いしかできないけど、高校生になったら私もバイト始めてお兄ちゃんの力になるからね!』
気がつけば視界がぼやけていった。
ごめんな、咲。
不甲斐ない兄ちゃんで。
....俺にあの人を止める権利なんてなかったのだ。
だって、自分も辛い世界から逃げたのだから。
俺が高校生に上がる少し前、家族旅行で車に乗り向かっている間に事故に遭い両親は即死。
俺と妹だけが無事に助かった。
その後、祖母に引き取られた俺達は新生活の時間の巡りと共に両親の死も乗り越えていった。
だが、現実は厳しかった。
祖母の年金では三人で暮らすには限度があった。
学校以外の時間はほぼバイト漬け、早朝、夜と自分が使える時間はすべて使った。
せめて妹だけにはこれ以上悲しませたくなかったから頑張れた。
だけど、高校二年生に上がった頃だ...。
来年受験生になる自分の中で葛藤が生まれ始めた。
俺自身はこの先どうなるのだろうか、と。
今まで考えて来なかった....いや、考える時間さえも無かった問題が俺の目の前に重く固く閉ざされた扉として立ち塞がった。
次第に俺の心は不安に押しつぶされていき、元々少なかった睡眠も次第にとれなくなっていた。
そんな身も心もボロボロの状態でも生きていくのにはお金は必要だった。
....いっそ死んで楽になりたい。
すべてを捨てて楽になりたい。
そう思っていたある日のバイトの帰り道。
俺が横断歩道を渡っていると一台の車が赤信号を気にしていないであろう速度で迫ってきていた。
今すぐ走るかその場を離れれば俺は確実に助かっただろう。
だけど、俺はそうしなかった。
俺はその車の衝突を受け入れた....。
♢
「ん...んっ...」
「いつまで寝ておる寝坊助め...」
「おはよ、スクイ」
目覚めて声をする方を見やればスクイは安心したような顔でこちらを見て微笑んでいた。
....スクイが俺の事を見下ろしていて、顔がこんなに近いって事は...
「別に気にしなくてもよい、もう少し横になっておけ」
「いやでも、俺重いだろ」
「それともなんじゃ?わしの膝枕とこのモフモフな尾は居心地が悪いとでも?」
「....いや、最高の寝心地であまりに贅沢だ」
スクイはにっこりと笑って優しく俺の頭を撫でた。
「なぁ、スクイ。聞いてもいいか?」
スクイに問いかけると俺の頭を撫でる手が止まった。
「あれは負の魂じゃよ」
俺の聞きたいことが分かっているかの様にスクイは答えた。
「負の魂?」
「そうじゃ。人は最後成仏して天界に上がっていく。だが、自殺や現世にマイナスのイメージを強く持って死んでしまうと魂が黒く濁り負のエネルギーそのものと化してしまうのじゃ」
....だから俺を包んだあの黒い魂はこの場所に来たわけだ。
現世に強いマイナスを持ち自ら命を絶ってしまったから。
俺は勢いよく体を起こしてスクイの方を見た。
「もしかして....」
「そう。負のエネルギーを取り除き成仏の手助けをする。それが救いの神の役目じゃよ」
「それは神の力を使って取り除くんだよな...?」
「もちろん妾の力を持ってして取り除く、しかしその魂が持った負のエネルギーを体験せねば取り除けない」
....声が出なかった。いや、あまりに酷な事を淡々と告げるスクイになんて言葉をかけていいかわからなかった。
「そんな顔をするではない...これが妾の役目なのだから」
「でも....」
「神は人の信仰をもって大きな力を持つ。だが妾の御社も廃れていき力を失っていった」
俺の言葉を遮るようにスクイは話し始めた。
「次第に力を失っていった妾は負のエネルギーに対抗できず飲み込まれ始めた。なんで妾がこんな事をやらなくちゃいけないのかと...お役目なんかやめたいと」
....スクイがそんな風に思ったっておかしくはない。
俺はたったの一度体験しただけで二度と知りたくない程に負のエネルギーは怖くて恐ろしいものだった。
それが負のエネルギーに飲まれて居たらなおさらのことだ。
「だが、ある時。青年が妾の小さな御社を綺麗にしてくれて手を合わせてくれた。たった一人の信仰をもらうだけでも神は力を大きく回復できるのじゃ」
スクイは笑った。
「その一人こそ、翔。お主のことじゃよ」
その言葉を聞いて俺は自分の記憶の中にあった行動を思い出した。
寝れない日々が続いた夜に俺はよく夜道を散歩していた。
その時に通り雨で大きな木のもとに駆け込むと傍には小さな御社があった。
御社の周りは雑草が生い茂り御社の存在を隠していた。
雨宿りに借りたお礼みたいな物で俺は目に入った雑草を手で引っこ抜き、持っていたハンカチで御社を拭いたあと妹から貰った手作りのお守りを手に持ち御社に願ったのだ。
この状況から救ってください、と。
「信仰をくれたものにはこちらも加護を与えることができる。だから妾はお主が大事そうに持っていたお守りに加護を付与して見守っていた」
「そうだったのか。あれがスクイの力になってたなら雨宿りのお礼が出来てたみたいだな」
「お主はまじめであまりに優しすぎた。自分の状況や誰かに当たったりせず自分の中で抑え込んで...悩み...そして限界が来たお主は居眠り運転をして突っ込んだ来た車を受け入れた」
....淡々と説明される自分の最後。
こうやって他人の口から聞かされるとバカだなと感じてしまう。
「でも...よく頑張ってたな。えらいぞ」
スクイは優しく優しく俺の頭を撫でた。
ぽつぽつと落ちる涙をもう自分では抑えることができなかった。
俺は今まで抱えてきたものが涙に変わり溢れた。
妹には弱い所を見せるわけにはいかないし、他の人からも同情されるのが嫌だった。
だから強がりも弱さもひたすら自分の中に溜め込んでいた。
何処に下ろしていいかもわからない背負った思いを、たった一言スクイの言葉で俺は抱えていたものを下ろすことができたのだ。
「お主は生きるのが下手クソじゃなぁ」
スクイは笑いながら暖かくて優しい小さな手で俺が泣き止むまで撫でる手を止めなかった。
♢
「ごめんな、スクイ。俺も自ら命を絶ってしまったから。ここに来ちまったんだよな」
泣き止んだ頃、自分がなぜここに来たかを理解した俺はスクイに謝罪した。
「そうじゃ大バカものめ。まったく妾の加護がありながら」
「ほんとにな...俺バカだったよ...あまりにも」
....あの時はただ楽になりたかった、それだけなのだ。
命を絶つ以外にも他に方法があっただろう。
俺が死んでしまえば結局妹が辛い思いをしてしまうのだ。
大事なことに気づくのがあまりに遅かった...。
「翔よ。まだ現世に未練があるか?」
「無いと言えば嘘になる。大切な妹がいるからな」
「あ~あ、咲ちゃん可哀そう~」
当たり前のように俺の妹の名前を言いながら煽ってくるこの神をどうにかすることはできないだろうか...。
スクイは微笑んだ。
次の瞬間にはその笑顔はなかった。
「...なら選べ、翔。このまま死を受け入れるなら妾が責任を持って天界まで導こう。もし現世に未練があるのなら最後まで生を全うしろ。中途半端な覚悟で現世に戻るなら妾は許さん」
....この圧力は最初と同じだ。
これはスクイが神としての審判の言葉なのだろう。
「でも俺は車に引かれて死んだはずだろう?」
「お主は我の加護がある、車に引かれたくらいじゃ死にはせん、体のあちこちが少々痛いだけじゃ」
その言葉を聞いて俺は覚悟を決めた。
「俺を現世に戻してくれ、大切な妹がいるし....それからお前の御社綺麗にしなきゃいけないしな」
「ふっ...はははは」
スクイは声を上げて笑った。
「合格じゃ。ここに来た時よりいい目をしてるな。覚悟を決めている顔じゃ」
「そりゃあ、生き返るってことはあの日々に加えお前の御社掃除が追加されたからな」
....正直笑いごとではない嫌になって楽になりたいと思った生活に戻るのだ。
普通に考えれば意味がわからない。
でも、目をそらさずにちゃんと生きたいのだ。
疑似的にでも死んでみて分かったのだ、死んでもなお後悔を持ちたくないと。
「お主はまじめで優しすぎるのじゃ。次は限界が来る前に吐き出さないか。妾の御社の前でとかな」
「そうするよ。ありがとう。スクイ」
スクイとお別れするのが名残惜しい...この短い時間だけだったが俺にとっては生涯忘れることのない時間になった。
魂の時間...それはあまりに神秘的で普通じゃない経験だ。
だからこそ、俺は来る前とは違う覚悟を持つことができたのだ。
一人の神様のおかげで。
「なぁ、本当に気まぐれで俺を呼んだのか?」
俺が見たのはただの球体の魂の形だった。
だが俺は現世の姿のままここに来ている。
俺がスクイに問いかけると目の前の神様は急に顔を赤らめた。
「お主は本当に大バカじゃ!気まぐれで呼ぶわけないじゃろ!!」
思ったより大きな声で返ってきた。
「そっか、じゃあ改めてありがとう、スクイ。君がここに呼んでくれたから俺は救われたよ。しかも成仏するんじゃなくて現世に戻るんだから俺は最強だ」
俺はスクイに笑って見せた。
「フン。妾に感謝せい。それじゃあな、翔」
「うん、さよなら」
お別れの挨拶を最後にスクイはパチンと指を鳴らすと俺の意識はフェードアウトした。
♢
意識が戻ると色々な機械が俺をつないで病室のベッドに横たわっていた。
そんなに大事か?となるくらいには俺の体には異常が感じられない。
これがスクイの言っていた加護のおかげなのだろう。
いつも通りに体を起こそうとすると全身に強烈な痛みが襲った。
「痛っ!!あのクソ神!!どこが少々だよ、体中がめちゃ痛ぇじゃねぇか!」
言っていたことが違って俺は姿のない神に当たった。
….戻ってきたんだな現世に。
だが、覚悟は決まっている。
それにスクイとも約束したから。
笑いがこみあげてくる。
この感じ忘れてたな...。
とりあえず早く体を治してスクイに会いに行こう。
言っていた事と違うじゃねぇかと文句を言いに...手土産でも持って。
とりあえず今は休もう...俺は体を起こすのを諦めた。
代わりにこれからの未来に花を咲かせながら眠りについた。