異世界
すべては“縁”のせいだと、誰かが言った。
それならば、私は縁のいらない世界を探し続ける。
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四月の午後。
周囲は春の風が吹き、桜の花が舞う中、**深結**はいつものように無表情で学校の昇降口を通り抜けた。
身につけている制服は、少し大きめでだらしない。背は高く、決して目立つタイプではないが、それでも周りの誰かには「背が高いね」と言われることもあった。それが誇らしいと感じたことは、今まで一度もない。
今、彼女が歩いているのは、ただの「日常」だ。
SNSでは無名、クラスでも目立つことなく、いつも「空気」のような存在。
誰かと親しくすることもなければ、誰にも必要とされることがない。
ただただ、周りの人々の期待に応えようとした結果、どんどん「自分」を見失っていった。
「本当に、何をしても意味がないな」
みゆは心の中でそんな言葉を呟く。
他人と同じように努力しても、結局は手に入れるものがない。
成績も、人気も、SNSのフォロワーも、何一つ変わらない。
「だって、あの人たちと自分じゃ、何かが違いすぎる」
経済的にも、社会的にも、他の人たちは何もかもが違う。
成功している人間とそうでない人間の差が、あまりにも大きすぎて、努力しても何も変わらないような気がする。
どうせ頑張っても無駄だ。無気力になったみゆは、そのことを心の中で繰り返す。
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教室に入ると、無数の会話が飛び交う中でみゆは席に着く。
隣の席の千桜は、クラスの中心でいつも明るく、みんなの笑い声の中で存在感を放っている。
みゆはその姿を横目で見ながら、静かにノートを開く。
(彼女がどれだけ頑張っても、結局は何も変わらない)
「みゆちゃん、おはよう!」
声をかけられて、みゆは少しだけ顔を上げる。
そこには、クラスで一番明るい女の子、千桜がにっこりと笑っていた。
彼女は、みゆがどんなに無視しても、毎日明るく話しかけてくれる。
でも、心の中でみゆは思っていた。
「どうせ私が何を言っても、千桜には響かないんだろうな」
千桜の笑顔に隠された「嫉妬」の色。
それを知覚するたびに、みゆは胸が締めつけられる思いを抱えた。
(だって、私がどれだけ頑張っても、結局は無駄だもん)
みゆは無理に微笑むことなく、ただ軽く頷いて返事をした。
彼女が何を言っても、誰も興味を持たないから。
そのまま、一日が流れていった。
放課後。
みゆは机に向かうのでもなく、無駄に机を眺めていた。
誰かと話すこともなく、また一日が終わる。
「……本当に、何も変わらないな」
駅に向かう途中、電車の待機列に並びながらみゆはつぶやいた。
そのとき、スマホの画面を覗き込むと、SNSに新しい通知が入っている。
「また、何もない通知か……」
その内容に目を通し、みゆはため息をついた。
誰もが必死で自己顕示している中で、みゆはただ「普通」でいることを選んでいた。
でも、その「普通」でいることが、どれほど自分を苦しめているのか、みゆはまだわからない。
ざわつく心を抱えたまま、みゆは駅のホームに立っていた。
電車の音が近づく。風が吹き、桜の花びらが舞う。
…その瞬間、時が止まった。
本当に、“止まった”。
スマートフォンのスクロールが止まり、
近くのサラリーマンの口元が開いたまま静止し、
電車の車輪の音が途切れた。
(え……?)
みゆの周囲だけが、完全な沈黙に包まれる。
空気が、冷たく粘ついた何かに変わっていく。
そして、空から、音もなく“声”が降りてきた。
「深結よ──おまえは、この世に必要とされなかった。」
「されど、異なる世界でならば、おまえの“縁”は意味を持つ。」
みゆは目を見開く。
声は、神託のようだった。
その言葉が、直接脳に響いてくる。
身体が勝手に動かなくなり、全身が硬直する。
「選ばれぬ者の中から、ひとり。“縁魄”を継ぐ者があらわれる。」
風が逆流し、電車が空中に浮かび上がる。
ホームの床がひび割れ、空間そのものがねじれていく。
「おまえの“孤独”が世界を救う鍵となるだろう。」
そして、彼女の足元に、黄金の縁が現れた。
まるで“糸”で描かれたような光の輪。それがみゆの身体を包み込む。
叫ぶ暇もない。
助けを求める余裕もない。
ただ、その力は圧倒的で、抗えない。
みゆは、自分の存在が**「選ばれた」と知った。
だが、それは幸福ではなく、“拒絶され続けた果てに与えられた、呪い”**だった。