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朝のホームルームの時間のこと。明るい朝の空気に似つかわしくない、どこか神妙な顔で担任のメリュシー先生が重々しく口を開く。
「昨夜から、サキニーエ君が寮に戻って来ていないと報告がありました」
初日から素行が悪い生徒がいて、少々悲しいです、という体で話が進んでいく。体ではなく、先生や大多数の学園内の人にとっては、真実なのかもしれないけれも。
それでも、私は違うのだと知っている。サキニーエ、彼が昨日の被害者であるのだと。きっと彼は、今もどこかで引きずられているのだ。
「——我が学園には、“退学”は存在しません。だから、サキニーエ君が戻ってきたらまた一緒に仲間として迎えてあげましょうね。……まぁ、進級できるかはわかりませんが」
重くなった空気を誤魔化すように、軽い冗談混じりで、メリュシー先生は話を終えて。まるで何事もなかったかのように、伝達事項を伝えられた。
(……?)
不意に視線を感じて、そちらを確認する。視線の持ち主はミラ様で。ミラ様は、私が視線を向けているのに気がついたのか、ニコッと微笑んだ。
その笑顔は優しく見えるのに、どこか背筋がゾワゾワとするような心地にさせられて。私は曖昧に微笑みかえして、メリュシー先生へと視線を戻した。けれども、視線はいまだに私を突き刺したままで。
結局、今日のホームルームが終わるまで、その視線は私から逸らされることはなかった。
(はぁ……授業にも集中できなかった……)
そんなことを考えながら、ひとり昼休みのざわめきに包まれる廊下を歩く。今日はお昼ごはんより先に、購買に行かなければならないのだ。
なにせ、命がかかっているので。わたしの。
「いらっしゃいませ〜」
ゲームでも聞いたほわほわとした入店の掛け声が聞こえて、ふぅと安堵の息を吐く。さすがに人が多い昼休みに襲われることはないかもしれないけれど、警戒するに越したことはない。
きょろきょろと周囲を見回すと、普通の購買らしく、ノートやペン、インク瓶などの文房具が並んでいて。そのほかに、購買に置いてあるにはちょっとだけ不自然な品々が、当たり前のような顔で並んでいた。
「ねえ、見て見て。クマのぬいぐるみだって!あっ、こっちにはウサギのぬいぐるみ!」
「かわいい〜!でも手触りが好みじゃないかな」
「そりゃそうだよ!爵位持ちにはこの毛並みじゃ物足りないって」
珍しい組み合わせに、ついつい視線を持っていかれる。爵位持ちと平民が仲良くするなんて、学園の理想だけで現実には存在しないと思っていたから。
棚の影から覗き込むと、そこには仲の良さそうな2人の女生徒がいて。なんだか微笑ましくなりながら、本来の目的であるお助けアイテム探しに戻った。
(……あった!厄除けくまちゃん、身代わりバナナ、消えるん……あっ、こっちはお助け侍だ!)
お助けアイテムたちの値札には、ゲームで見た名前とは違う名前で値段がついていた。
厄除けくまちゃんは、ただのぬいぐるみ。
身代わりバナナは、高級バナナ。
消えるんは消臭剤。
お助け侍は、ユーム王国より東に位置する、東和の郷土品。
値札の商品紹介には、怪異との遭遇率を下げるとか、身代わりになってくれるとか、見つからないように姿が消せるとか、お助けキャラを呼べるアイテムとか、そんな記載は一切なくて。まるで、普通の製品のように売られていた。
——けれども、見た目はゲーム内のアイテムと完璧に一致していて。本当にあってるのかな、なんて迷いながらも買い物用のバスケットに入れた。全部最後の一個だったのもあるけれど。
「ありがとうございました〜」
お助けアイテムであればいいなあと思いながら買った品々は、みんな最後の一個だったので軒並み私が買い占めてしまった。
そうして、ふと思う。
「なるほど。こうやって現実でヒロインの新月の夜モードが完成するってわけですね」
犯人は自分だけれども。
なんとなく気まずくて、へへっと笑って誤魔化した。