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「それで、そんなに走ってどうしたの?何かあった?」


 ぱたぱたと扇いでいたファイルを差し出して、お兄さんが首を傾げる。それをありがたく受け取ると、自分を扇ぎながら口を開こうとしてピシリと固まった。


(あれ?怪異って、恋怪ヒロインや攻略キャラ以外には見えないんじゃなかったっけ…?)


 先程奔流のように頭を過ぎったゲームの設定を必死に引っ張り出す。たしかゲーム内では、命の危険がない限りモブには怪異が見えなかったはず。

 だからゲーム内で話しかけても平気な怪異ちゃんは、どこにいても生徒や先生が素通りしていたような。


 ちなみに話しかけると「ああ、貴女ね。噂通り怪異はどこそこにいるわよ。今回は何人死ぬのかしら!」と楽しそうに話すボイスが聞ける。

 どこそこは怪異の出現場所によって差し変わるけれど。


 見た目は可愛いビスクドールみたいなので、グッズも出ていた。万が一話し出したら怖いので買わなかったが。


 そのことを踏まえて。正直に言うのは難しいのではないかと思い至った。モブ転生した私にはなぜか見えているが、このお兄さんには見えるわけがないのだから。


「ん?……あぁ、もしかして言いにくいことだったかな」


 気遣わしげな視線が、走るうちに乱れた制服に向けられる。それを見て、嫌な予感が脳裏を走った。

 もしかして、手篭めにされそうだったと誤解されてないか?と。


 それで咄嗟に思いついた言い訳を口にしたのだけれど。


「む、虫が!そう、虫を持った男子生徒が追いかけてきていて、それから逃げていたのです!」


 前世の小学生しかしなさそうな悪戯が口から転び出た。言った後に、しまった、と思ったし、多分少し顔には出ていたと思う。

 けれど、お兄さんは一瞬の間を置いて、お腹を抱えて笑い出した。


「……流石に笑いすぎでは?」

「あはは!ごめん…!んふふ。虫、虫ね…!ふふ」


 そこそこ笑っているのに、まだ笑う。なので、じとっとした目で見つめて文句を言うと、ひぃひぃ言いながら謝るのに、まだ笑っている。


 どうやらお兄さんのツボに入ったらしい。しばらく待たないとダメそうだなと諦めて、笑い終わるのを待った。


「ふぅ……。たくさん笑っちゃった、ごめんね」

「笑うと健康にいいらしいので別に?」

「拗ねないで、ね?」


 幼子を宥めるかのようなトーンでそう言われてしまっては、ふてくされてしまうのも子どもっぽいかと、居住いを正す。それに、たぶん今更だけど、この人保健室の先生だろうし。


 この空間の匂い、清潔感、お兄さんが着ている白衣。すべて考慮すると、ほぼ間違いなく。


「それにしても、もっと良い言い訳があったと思うんだけどな。ユラ・フルクトゥアトさん?」


 名前をフルネームで呼ばれて、ぎくりと肩が跳ねる。初日だし、先生だとしても全員の名前を覚えているわけでもないだろうと考えていたから。


 それに名前がわからない状態なら、まさか伯爵令嬢が廊下を猛ダッシュするなんて思われないだろう、と考えていたのもある。


「初日で名前完璧に覚えてるなんて、すごいですね……。先生のお名前は?」


 乾いた笑いを浮かべながら名前を尋ねると、目をぱちぱちと瞬かせて。そうしてから、ふわりと笑った。


「僕の名前は ルキ・カリプソ。見ての通り、保健室の先生だよ」


 柔和に微笑んだ顔と、優しい色を乗せた新緑のような緑色の瞳は、たしかに保健室の先生だと頷けるような雰囲気があった。


 首を傾げた拍子に、結んでいる黒髪がさらりと揺れる。


「それで、ユラさんはどうして走ってたのかな?」


 あっ、追及するのは忘れてないんですね。

 そう思ったし、口からもその言葉が出ていた。どうやら納得するまで辞めてくれないらしいと、小さく肩を落とす。


「……どうしても言わないとダメですか?」

「うーん。それじゃあ、一個だけ聞いてもいい?君は怪我をしたり、乱暴なことをされたりはしていない?」

「それはされてないです!」

「それなら答えなくていいよ」


 食い下がってきたはずなのに、ダメ元で聞いてみたら、あっさりと追及の手を緩めるので、驚いてルキ先生がさっきしたみたいに、目をぱちぱちと瞬かせてしまった。それを見て、ルキ先生はくすくすと笑う。


「ん?もしかして、もっと食い下がって質問して欲しかったのかな」


 悪戯っ子のような少しだけ意地悪な微笑みが、妙に色っぽく見えてドキドキする。もしかして、この人隠し攻略キャラだったりしないかな、なんて考えすら浮かんできてしまって。


 攻略キャラもそこそこ危険な目に遭うから、隠し攻略キャラだったらもっとやばいかもしれないと、慌てて立ち上がった。


「ファイルお返ししますね。ありがとうございます!それと、お騒がせして申し訳ございませんでした。わたくし、これで失礼いたします」

「またいつでもおいで。それから、制服はちゃんと着ておくように」


 今更ながら伯爵令嬢としての猫を被って、お礼の言葉と共に一礼した。それに対して、突然退出しようとする私を気にした風もなく、ルキ先生はふりふりと手を振ってくれた。


 その動作にひとつ微笑みを返すと、扉から頭だけを出して左右を確認して。例の騎士がいないことを確認してから、最後に一礼して部屋を出る。


 そして割り当てられた部屋のある寮へと、そそくさと戻った。

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