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(出てくるの早いって〜〜!!)


 ほぼ半泣きになりながら、階段を急いで降りていく。恋怪をプレイしたとはいえ、満月の夜だけ。


 しかも怖い話を聞くのは好きだけど、体験だけは絶対にしたくない人間としては、泣き叫んだっておかしくはないくらいの恐怖だった。


 怖い話が好きといっても、読むと怪奇現象が……!みたいなやつは絶っっ対に読まなかったし、内容を知っていると呪われるよとラストに知らせる系のものも怖いから、オチだけ読んで大丈夫そうなら頭から読む、みたいなこともしてたくらいだし。


「……いない、よね?」


 一階に辿り着いてから、恐る恐る背後を振り返る。そこには何の影も見当たらず、ほっと息を吐いた。


 不意に見上げた窓から見えるリィクが風に揺れる様子は、穏やかな午後を演出しているようで。差し込む光がもたらす暖かさに、目を細める。


 なんだか、さっきのが幻覚だったような、そんな考えすら浮かぶ。


(最初から洗礼うけちゃったな)


 ひとつ大きくため息を吐く。気持ちを切り替えるように。もうよくわからないアレはいないし、さっさと寮にでも帰ろう。


 そう思って、一歩踏み出したとき、耳に小さな音が届いた。


「…?」


 何の音だろう。そう思って耳を澄ませると、もう一度、今度はさっきよりもはっきりと音が聞こえてきて。


 ——ャン……シャン……ガシャン


 その音の正体が、鎧の擦れるような音だと気がついた途端、背筋がブワワっと泡立つ。


 でも、だって。さっきは音がしなかったんだし……?


 今度こそ人間のはず。荒ぶる心を鎮めるように自分に言い聞かせて、振り向こうとする。その刹那。


「早く帰れよ〜〜」


 聞こえてきたのは、先程と同じ声、で。ブワッと冷や汗が出る。振り向いたら終わりだ。逃げなきゃ。


 その思考で頭がいっぱいになって。廊下は走っちゃダメだとか、そんなことはなにも考えずに全力で走りだした。


(もうやだ、もういやぁ!!)


 多分ほとんど泣いてる。そんな状態で逃げ惑う私を嘲笑うかのように、ガシャガシャという音と、「早く帰れよ〜〜」と壊れたステレオのように繰り返す声がついてくる。


「もうこんな学園辞めてやる〜〜!!」


 言い逃げするかのように全速力で走っていると、少し前に掲示されている学園のPRポスターが、こっちを見ろとでもいうかのように風でふわりと持ち上がって。


 そこには、卒業できるまで手厚くサポート!我が学園には“退学”というシステムはありません!とデカデカと書かれているのが見えて。


 そういえば、この学園は卒業するしか外に出る方法がないんだっけ、と絶望した。


 *


 へろへろになりながらも、玄関口に無事に到着した。ごひゅ、みたいに変な音が喉から漏れ出る。


 校舎内は、前世の大学みたいに基本土足なので、そのまま外に出ようと扉に手をかけた。


「…へ?」


 ガチャ。無機質な音が響く。まさかそんな、え?

 念のためもう一度扉を引く。ガチャ、と同じ音。

 開く手応えなし。手汗がじっとりと手のひらを濡らしていく。


 出入り口はここの正面玄関と、裏口のみ。裏口というからには、ここから反対側にあるのは言わなくてもわかると思う。


 ガシャン


 鎧の擦れる音がして、反射的に追いつかれたと感じた。音の方向を見ると、ゆらり、ゆらりとゆっくり歩いて近づいてくるソレ。

 追い詰めたと思っているのか、余裕のある歩みで。


「早く帰れよ〜〜。は、はやく、かえ、かえれよ」


 繰り返されていた言葉が、ノイズが混じったかのように不鮮明になる。よく考えると、靴の爪先はこちらを向いていないのに、平然と歩みを進められるのはおかしすぎる。


 それはもはや、人間の可動域を超えている。ジリジリと距離を詰めてくる怪異に、背を向けてまた走り出す。そうすると、怪異はケタケタと笑いながら追いかけてくる。


 私がどうにかできないことを知っているから、獲物を嬲るかのように、一定の距離を保って。


「…!」


 日が沈んできたからか、だんだんと暗くなってきた廊下。私以外誰もいないと思えるような、そんな絶望的な追いかけっこの中、とある扉の隙間から光が差し込んでいることに気がつく。


 私以外にも人がいて、明るい。それはまるで一条の光のようで。藁にもすがる思いで、一か八かと扉を開けて飛び込んだ。


「おや、どうしたんだい?そんなに急いで」


 部屋には、微かに消毒液の匂いとコーヒーの香り広がっていた。机に向かう一人の男性が、不思議そうに目を瞬かせる。


 自然と焦りを鎮めてくれるような柔らかな声と、部屋の中に漂う香りに、ふっと体の力が抜けた。


「ふふ、すごい汗だく。校舎内は走らない。そうオリエンテーションで言われなかった?」


 そう言いながら近づいてきたお兄さんは、ぱたぱたと手元にあったファイルで私を扇ぐ。その心地よさに、目を細めた。

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