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モブの命が軽すぎる!  作者: 夜星 灯
引きずる
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 対面のソファに座ったルキ先生も私と同じタイミングでカップを置いた。そうして頬杖をつきながら、ゆるりと微笑んで。


「こんな短い感覚で保健室に来る子、僕が保健室の先生になってから初めてかもしれないなぁ」


 その言葉と共に、ルキ先生は吐息のような笑みをこぼす。先生の優しさに触れたばかりのはずなのに、それが今の私にはどこか皮肉のように聞こえてしまって。


「……しかも怪我をしてるわけでもない生徒で」


 なんて、嫌な言葉が口からこぼれ落ちて。慌ててなんでもないですと取り繕おうとしたけれど、それよりも先にルキ先生の言葉が鼓膜を揺らす。


「ごめんね。もしかして言い方が悪かったのかな?ひたすら事務作業してるよりも、僕としては保健室に来てくれる生徒がいる方が楽しいんだよ。もちろん、怪我がないことが1番なんだけれど」


 そう言って、眉尻を下げたルキ先生の少しだけ悲しそうな表情に、何も言えなくなって俯く。その拍子に膝の上に置いた、ごちゃごちゃとしたアイテムたちが袋の中で擦れあって小さく音を立てて。


 これも意味があるのかな、なんて思考がどんどんと沈んでいく。


「……よっこいしょ」


 なんだか気の抜けるようなかけ声と共に、座面が少し沈む。反射的に顔を上げて確認すると、真隣にルキ先生が座ったことがわかって。


 ふわ、と保健室の消毒液の匂いに混ざって、清涼感のある匂いが鼻腔をくすぐる。覗きこんでくる新緑は、見惚れそうなくらいに綺麗で。


「侍従もいないし、慣れない環境に疲れて帰りたくなった、って顔でもないよね。同年代の子とも、基本はパーティーとかでしか会わないだろうから慣れないのかな」


 唐突に近くなった整った顔立ちに息を呑む。そんな私の様子に構わず、ルキ先生はうーんと考え込むように顎に手を添えて。思いつくことを次々に言葉にしていくけれど、彼の中ではいまいち納得がいかなかったのだろう。口を閉じて、思索に耽るように目を伏せた。


 でも、それも数秒くらいのわずかな時間で。結局、結論が出なかったのか、あっけらかんとした様子で言葉を紡いだ。


「うーん。まあとにかく、何かあったらまた保健室に逃げてきていいよ。他の先生にはうまく言って誤魔化してあげる」


 ちょっとだけいたずらっぽい笑みを浮かべて、パチリとウィンクをひとつ。ルキ先生の顔が良いから許される動作だなと思った。それと同時に、ルキ先生って実は隠しキャラでは?という疑念が生まれてきて。


 だって、ルキ先生って攻略キャラほどの美麗さはないけれど、充分に整った顔だし。それに加えて保健室の優しい先生だし。さらには、俗にいう年上の初恋のお兄さんぽさを併せ持っている。


 それってつまり、隠し攻略キャラでもおかしくないのでは?


「…いいんですか?仮にも先生なのにそんなこと言っちゃって」


 ルキ先生が隠し攻略キャラではないか、という可能性が浮上してきて、混乱する思考。そんななかでとっさに絞り出せたのはそんなありふれた言葉だった。でも、その返答が予想通りだったのか、ルキ先生はくすりと笑って。


「だって、心身の不調って本人にしかわからないよね?目に見える怪我とかじゃない限りは。つまり、本人がそうと言うならそうなんじゃないかな?」

「わぁ、こじつけだ」

「ふふ、なんとでもどうぞ?」


 大人の余裕みたいなものを見せつけられて、胸が小さくときめく。

 おそるべし、隠しキャラ(仮)……!

 そんなことを思いながらミルクティーをまたひとくち、口に含む。


 ルキ先生の言うおまじないのせいだろうか。すべて飲み干す頃には、ミルクティーのまろやかな甘さが、胸の中にあったもやもやごと、胃の中に滑り落ちていた。


「ふぅ…。ミルクティー、ごちそうさまでした」

「うん。ちょっとだけ気分は晴れたみたいだね」


 まるでミルクティーを飲み終わった私が吐いた息に、感情が滲み出ていたみたい。そう思うほど的確な言葉に、保健室の先生がすごいのか、それともルキ先生がすごいのかと一瞬考えて。でも、ルキ先生だからこそなのだろうなという結論は、意外とすぐに出た。


「さて、と。あと1コマ分だけ、ほぼガイダンスみたいな授業が残ってるよね?それだけ出ておいで」


 その言葉と共に、ぽんと優しく背中に触れられた。温かな手がそっと背中を一度だけ撫でて、離れていく。気乗りしなかったせいか、どこか重たかった身体がふわりと軽くなるような心地に、ルキ先生ってすごいなとふたたび思う。


「……ルキ先生が言うなら、あと1コマだけ頑張ります」

「うんうん。その意気だよ。いってらっしゃい」


 保健室から優しく見送られて、一歩踏み出して。そうして、ちょっと魔が差した。クルッと方向転換して保健室の向こう、玄関口へと進もうと踏み出した分を引き返す。さらに一歩、玄関口へと進もうとしたところで、真横の保健室の扉が開いて。


「こーら!」

「へへ」

「まったく、足音が変だと思ったら……」

「えへへ、ごめんなさ〜い!」


 軽めのお叱りを受けて、小さく笑いながら教室へと向かう。ルキ先生が隠しキャラでなければいいのにな、と願いながら。

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