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「ん……」


 カーテン越しに朝日が差し込むのを感じて意識が浮上した。けれど、まだ起きる気分ではなくて。


 瞼の向こうから主張する光の眩しさに、不満を示すようにうなり声を上げながら、もぞもぞと寝返りを打つ。


 しかし光に背を向けたところで、起きてしまった意識を眠りに押し戻すのは難しくて。


 無意味に寝返りを繰り返していると、扉を叩く音が3回、部屋の中に軽やかに響く。


「ユラお嬢様、朝ですよ。お目覚めですか?」


 少し弾んだ様子のメイドのメリルの声が、扉の向こうから聞こえてくる。メリルはいつも起きなければいけない時間ギリギリまで寝かせてくれる。


 その彼女が起こしに来たとなると、もう二度寝を満喫する時間はないのだろう。

 小さく息を吐いて、渋々体を起こした。


「起きてるよ、メリル。入って」

「失礼いたします」


 ガチャっという音と共に、クラシカルなメイド服に身を包んだ、白銀のウェーブの髪が美しい女性、メリルが部屋に入る。


 ほんわりした笑みを浮かべている彼女が、前世でいうバリキャリだとは、誰も思うまい。


「おはようございます、ユラ様。それでは、支度をしながら本日のご予定を申し上げますね」

「ありがと」


 お礼を言いながら、いつものように鏡台の前の椅子に座る。鏡に映るのは、前世と違って柔らかな紅茶色の髪に、アンバーの瞳を持つ少女の顔で。


 この世界に生まれてから、16年。16年経っても記憶のどこかに、黒い髪に焦茶の瞳の少しだけ草臥れた前世の自分の顔がぼんやりと浮かぶのだから、少しだけ不思議な気持ちにさせられる。


 ——ユラ・フルクトゥアト。

 それが今世の私の名前である。前世の名前や、親しい人の名前や家族の名前は覚えていない。激務で過労死したとか、車に轢かれて転生した、とかでもない。


 ただいつものように寝て、次に起きたときには、この世界のベビーベッドの中で意識がふわりと覚醒したのである。


 例えるなら、前世という長い本に栞を差し込んで閉じて、新しい本を読み始めたような、そんな感覚で。だから、前世の終わりという結末はわからないのだ。


 けれど、きっと不幸ではなかったのだろうな、となんとなく理解している。


「終わりましたよ、ユラ様。……聞こえておりますか、ユラお嬢様?」

「ぁ、うん。ごめん、聞いてたよ、大丈夫。今日もありがと」

「お礼には及びません。けれど、これではメリルがお側にいなくても本当に大丈夫か心配になってしまいます……!今からでも全寮制ではない、リリシロ学園に行かれてはどうでしょう?!」


 それか今からでもメリルもモナモ学園に!なんて、ぶつぶつ呟くメリル。

 そんな彼女を横目に、パジャマを脱ぎ捨てると、ブラウスを手に取ってボタンをひとつずつ留めていく。


 私がひとりで着替えているのを見て、ハッとしたメリルは、慌てたように私のお世話をしようする。けれど全寮制のことが頭を過ぎったのか、手を空中であたふたと動かして。


 そうこうしているうちに、私はボタンを全て留め終わり、指定の制服であるブレザーとスカートも、ちゃちゃっと身につけた。


「メリル。これでひとりでも大丈夫だって、わかってくれた?」


 今でこそ伯爵令嬢として世話を焼かれるのが当然なのだけれど、前世は一人暮らしをしていた、ような記憶があるので。これくらいは出来て当然なのだ。


 ふふん、とした顔をして見せると、メリルは小さく笑って頷いた。


 *


 桜のような花びらがひらひらと舞い踊る中、順番に制服に身を包んだ生徒たちが、馬車から降りて学校の中へと歩いていく。


「すぅ、はぁ…………」


 大きく深呼吸をひとつ。ふわりと鼻腔をくすぐる春の香りは、どこか日本を思い出させて懐かしい気持ちになる。

 鼻に届く香りは桜ではなく、リィクという花の香りなのに。


 前世ではこの年齢だと高校の入学式なのに、今世では初めての入学式なんて不思議な心地がする。

 そんなことを考えながら、私も門を潜った。


 ここモナモ学園は、全寮制かつ貴族階級以外にも試験を通った人々に向けて、その門戸を大きく開いている。


 もちろん、貴族階級以外の人たちは事前に調査をされた上で、入学が許可されるかどうか決まるらしいが。それゆえか、学内では爵位に応じてどうこう、みたいなマナーは基本的には無しでいいとのこと。


 ただし、学園内のみに適用されるので、その学園内での態度が一歩外に出たときどのように影響するかは考えておく必要がある。


 そしてモナモ学園には、メイドなどの侍従を連れては入れない。なぜならモナモ学園の校訓は“足りぬを知り、糧とせよ”なので。

 侍従がそばにいては、足りぬを知ることもできない、ということである。


(ん……?)


 ところどころに立つ、警備の騎士の案内に従って歩いていると、見えてきたのは大きな建物で。

 どうやら新入生の目的地は講堂であるらしい。


 前世のように教室から講堂に行って、入学式という流れではなく、始めから講堂で入学式をして、各自の教室に向かうようだと理解する。


「おはようございます。座席までご案内いたします。お名前をうかがえますか?」

「おはようございます。わたくし、フルクトゥアト伯爵が息女、ユラ・フルクトゥアトと申します」

「フルクトゥアトさん、ですね。席までご案内いたします」


 入り口に立つ人に名前を告げると、座席まで案内してくれるらしい。ここでお待ちくださいと示された席に座って、おとなしく始まりの時を待つ。


 ぼんやりと真正面の景色を見ていると、何処となく既視感があって。それがなんなのかわからなくて、モヤモヤとしてしまう。


 けれどその正体を考えているうちに、ガタンとマイクが音を鳴らして。マイクのテストが始まり、入学式がそろそろ始まるのだと言外に知らせてくる。


 そうして、正体がわからないせいか、それが漠然とした不安に取って変わった頃、入学式が始まった。


「皆さん、モナモ学園へようこそ。我が校は君たち、未来ある若者を歓迎いたします」


 その声と景色を認識した途端、私の中で南京錠を開けた時のような、カチッという音がしたような気がして。

 不思議に思う間もなく、奔流のように記憶が蘇ってくる。そうして、サァッと血の気が引いた。


 ——だって、ここは。

 前世でホラーゲーム×乙女ゲームなんて斬新で異色なのに、しっかり面白いと持て囃されたゲーム『恋と怪談〜この恋は吊り橋効果なんかじゃない〜』、通称恋怪の世界だと、気がついてしまったから。

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