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天文18年(1549年) 陸奥国耶麻郡猪苗代
蘆名 四郎丸
越後国へ行く準備をしていた最中に、父上に言われた通り御爺様より顔を出せとの連絡がはいった。
それにしても城に住んで居なかったんて…
どおりで滅多に顔を見ないわけだ。
父上が言うには御爺様は猪苗代の水面に映る景色が殊の外好きらしく、
隠居し父上に家督を譲ってからは猪苗代の畔の屋敷に移っていたらしい。
そういうわけで城から馬に乗り、ここまで右衛門大夫と共に来たというわけだ!
屋敷の下男に頼み御爺様の元まで案内してもらう。
「ご隠居様、四郎丸様がおこしにございます」
「おお”来たか!さぁ入ってまいれ」
声を聴いた感じでは怒っているようではないようだ…
むしろ上機嫌だな。
「御爺様お久しぶりにございます!」
「四郎丸よう来たな!ん?右衛門大夫も一緒なのか?」
「ご隠居様お久しぶりにございます!
四郎丸様が遠出をする際は某が付き添ってございまする」
右衛門大夫も挨拶をしてそこからしばらくは近況報告をして和やかに話は始まった。
なんでも御爺様の正室、まぁ俺の祖母になるわけだが金上家から娶っているらしく
その為につながりも深いようだ。
そうなると右衛門大夫とは現代風にいえば親戚になるわけだが、というか蘆名家の重臣はほぼ親戚といっても間違いでないくらいに血のつながりが濃いのだが…
「さて世間話もその辺にして本題にはいるとしようかのぅ」
そう御爺様が仰ると今迄の和気藹々とした空気が引き締まった
やはり孫見たさに呼ばれたわけではないか…
「倅から聞いてある程度は知っておるが、四郎丸やなんでも新しい試みするらしいのぅ…」
御爺様はこちらを静かに見ていた。
「はい。蘆名家領内の発展の為に父上に諮った次第にございます!
確かに懸念点もあるかと思いますがそれについても考えがございますれば…」
「ああ”良いよい。倅が判断してやると決めたのであれば儂からは特にとやかく言うつもりはない!
ただ四郎丸から直接話を聞いてみたかっただけじゃ」
そういうことであればちゃんと説明しなければなるまい
そこから半刻ほど説明に費やしたが御爺様はしきりに頷いておられた。
「つまり寺社と争うつもりはないと?そういうことだな?」
「さようにございます。そもそも寺社と争ってもこちらに利はありませぬゆえ。
なのでなにかあったとしても話し合いで済ませるつもりでございます」
御爺様も納得したのか幾分雰囲気がやわらかくなった。
「ならばあとは家臣の統制といったところか…
よし!ならば猪苗代と松本は儂の方で話を通しておこうかのぅ」
猪苗代氏と松本氏か…確か右衛門大夫の話では蘆名家の重臣だがたびたび謀反を起こしている家だと聞いたことがあるが…
「よろしいのですか?それは御爺様にご負担になられませんか?」
「なにかわいい孫の為じゃ!遠慮なくこの老骨に任せておけ!!」
御爺様は自分の胸を叩き請け負ってくれた
「それよりせっかくの機会じゃ!今日は泊っていってはどうだ?
この歳になると動くのが億劫でな…なかなか孫に会うために城に行けぬのでな!」
御爺様がそういうので俺は右衛門大夫に確認をとってその日は御爺様の屋敷で過ごす事にした。
天文18年(1549年) 陸奥国会津郡黒川城
蘆名 四郎丸
御爺様との話し合いは上首尾に終わった。
それにしても御爺様の話は大分為になったな、
孫可愛さなのかいろいろ話してくれた
特に幕府や朝廷のことを教えてくれたのには感謝したい。
だが自慢の一品なのか今の帝が宸筆した般若心経を見せられたのには困った…
正直見せられても何がいいのか分からない…まぁ内容が分からないのだから当たり前か…
唯一知っていたのは「色即是空・空即是色」という言葉ぐらいだ。意味は知らないが…
俺が戸惑っているのが可笑しかったのか御爺様は説明はしてくれたが話半分という感じだ
おっと今はそんなことを考えている場合ではないな!
御爺様の所から帰ってきてすぐに父上からお呼びがかかったのだ
なんでも朝廷と幕府に献金に向かうのに誰を向かわせるか?
それと長尾家に向かわせる使者の護衛の人数などだ。
正直そのぐらいは父上に決めてほしかったが聞かれた以上は答えなければいけないだろう…
「長尾家に向かわせる人数は私と右衛門大夫、他に数名でよろしいでしょう。
むこうとてこちらと揉める要因を作りはしないでしょうし…
朝廷と幕府の使者に関しては私ではわかりませんね。むいている者もわかりませんし…」
「護衛が数名なのは正直心配ではあるが…四郎丸がそういうのならそうするとするか。
朝廷と幕府の方はそうだな右衛門大夫が行ければ一番良かったのだが...
兄上か富田どちらに頼むか… よし!富田に任せるとするか!」
どうやら決まったらしいな
それにしても考える事が多くて疲れるな…
「ところでこの機会に四郎丸に小姓をつけようと思うのだがどうだろうか?」
父上がまた俺が考えなければいけないことを増やしてきた…
勘弁してくれ…いっそ右衛門大夫に任せるか?
「そのお話は長尾家との交渉が済んでからといたしましょう」
俺はもう考えるのめんどくさくなったので後まわしにすることにした