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天文22年(1553年) 陸奥国耶麻郡猪苗代
蘆名 四郎丸
簗田が連れてきた段蔵という商人…
段蔵が伝えてきた話は先代の古河公方、足利晴氏様への支援の話だった。
数年前に関東管領家の両上杉氏と古河公方様が共闘し北条を攻めた戦…
関東では有名な川越夜戦があったわけだが、これは俺も知っている通り北条方が勝利して終わった。
この戦で扇谷上杉家は滅亡、山内上杉家の上杉憲政様も越後の弾正少弼殿所へ落ち延びている。
そして此度、話の本題になる足利晴氏様は、北条家と和睦にいたったはずだが…
「公方様は先の戦で負けた際北条と和睦は致しましたが和睦とは名ばかり…
決まっていた後継を藤氏様から北条との血のつながりが深い梅千代王丸様に変え、
それだけに止まらず公方様が行うべきことも北条のいい様にされている始末にございます」
その話を聞いて思ったことは「それって京にいる公方様と大して変わんないじゃん」だった…
まぁ口に出せれるわけもないが…
「話はわかったが支援とはいったい何をすればいいのだ?
まさか兵を挙げて北条と戦えと言うのではあるまいな…
どちらにせよこのような話、父上にも話をせねば決めることは出来ん」
「それはもちろんにございます。
今回四郎丸様に会わせていただいたのは簗田殿がぜひ会っておくべきだと申したからです。
それとこちらとしても兵を出してもらえるとは思っておりません。
どちらかと言えば銭による支援で兵や武具を集めるのが主な目的になります」
簗田め、余計なことを言ったのではあるまいな…
しかし銭による支援か…
今の財政状況なら多少余裕はあるから出来ない事はないが、どちらにしよ皆とはかってからだな。
「わかった。
では父上にはこちらから話を通しておく故、登城できるよう準備しておいてほしい」
「ありがとう御座います」
「それとひとつ聞きたいのだがその方真は商人ではあるまい!
身分定からぬ者を父上の前には出せぬのでな出来れば明かしてもらいたいが…」
俺の発言を聞き段蔵は今迄浮かべていた笑顔をさらに深めた
「そうですね…商人というのも間違いではないのですが…
しいて言えば古河御所様に長年仕えている一族の者とだけ。
では準備もありますれば此処で下がらせていただきます」
そう言って段蔵は席をはずそうと立ち上がった。
そう言えばもう一つ聞きたいことがあったな
「待て、もう一つだけ聞きたい。
簗田は私の事を何といってお主に紹介したのだ?」
「四郎丸様は京の御方にも親身に支援される御方ゆえ力になってくれるだろうと」
「…そうか。呼び止めてすまないな下がってくれ」
段蔵は一礼してその場から下がった。
簗田め、俺が御所の帝や公方に支援しているのはこちらに利がある為だ。
そこを間違えてもらっては困る…
「二人とも随分と静かに聞いていたようだが今の話どう思った?」
今迄俺と段蔵の話を黙って聞いていた二人に意見を求めてみた。
「そうですね、正直蘆名家としてはあまり関わらないようにした方が良い問題に思えました。
下手に支援をして北条と険悪になっては余計な火種ができてしまいます。
ですが簡単に断る事も出来ませんし難しいですね…」
右衛門大夫の言う通りやっと田村との戦が終わったばかりなのに余計な火種を作る事もない。
だが話を持ってきたところが古河御所というのが…
「月斎殿はどう思われる?」
月斎殿は腕を組んで深く考え込んでいた。
「儂はまだこちらに来て日が浅すぎます故軽々には申せませぬが、
お話自体は受けてもよろしいのではと思います」
「ほう…理由を聞いてもよろしいか?」
「もし古河御所様が北条と戦をするとなれば単独では相手にならないでしょう。
となればどこかに援軍を頼むはず、となれば…」
「佐竹や宇都宮に援軍を頼むということか!」
「はい。佐竹も宇都宮も先の戦で兵を出しておりますし、北条と戦うこと自体は受けるかと。
まぁ軍としてまとまるかはわかりませぬが…
ですがそうなればご懸念である佐竹の目を北条に移せるかと」
なるほど。確かにそれならば全く利が無いわけではないか…
「よし!では今の月斎殿の意見も含めて父上に伝えることにしよう。
右衛門大夫すぐに城へ向かう故準備を頼む。それと月斎殿お疲れの所わざわざすまなかった。
今度こそゆっくり休んでほしい」
そう言ってその場は解散となった。
天文22年(1553年) 陸奥国会津郡黒川城
蘆名 四郎丸
「父上お忙しい中お時間をとっていただきありがとう存じます」
「いや気にすることはない。儂もお主と話をせねばと思っていたところだ」
俺と右衛門大夫は段蔵との話を終えてすぐに父のいる黒川城に来ていた。
父上達は俺たちよりも先に戻ってきてはいたが、此度の戦の論功や奪った城をどうするかなど話し合いで忙しくされていた。
「して急ぎの話だと聞いたが此度はどうしたのだ?」
「実はさる御方から支援をしてほしいとお話がありまして…」
俺は段蔵から聞いた話を父上に話した。
「そうか…古河御所様が…しかし支援と言ってもそのような余裕があるのか?
伊達にも今回の事で銭を払わねばならんのだろう?」
「伊達への支払いはもともと準備がありましたので問題ありません。
此度の話も額にはよりますが可能な所ではあります。
問題は父上がどうなさるか次第でございます」
「儂次第か…」
父上は腕を組んで考え込まれてしまった。
俺と右衛門大夫は取りあえず父上が発するまで黙って待つことにした。
しかし四半刻ほど経っても変わらず考えておられたので、ここに来る前に月斎殿が授けてくれた話しを伝えることにした。
「ほう…おもしろいな。しかしそれで本当に佐竹の目が北条に向くかと言われればわからぬな…」
それはその通りだが…
「そのような顔をするな。
もとより簡単に断れる相手でもなし、話自体は受ける事にしよう。
ただしだ何があっても対処できるように動かねばなるまい」
「と言いますと…」
「まず今回得た田村と二本松の領地、此処の安定化は急務だ。
他に相馬をどうするか、それと二階堂と岩城、それと白河もか…
この三家への対処も考える必要がありそうだな」
領地の安定化や相馬の件はまだ分かるが他の三家は…
俺が分からなかったのが面白かったのか父上が
「四郎丸にもわからないことがあるか」と笑いながら教えてくれた。
さすがに俺だってわかないことはある。
というか分からない事の方が多いかもしれない…
「今回、田村の領地を得た訳だが二階堂は田村の領地を狙っていただろうし、岩城は佐竹とのつながりがある。そうなればこの二家は間違いなくこちらへちょっかいを出してくるだろう。
それと白河だが…古河御所様を支援するとなれば関東の方にも目を向けねばならん。
となれば白河は是非とも押さえておきたいというわけだ」
なるほど、そういうことか。
となればまだまだ戦は続きそうだな…




