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天鏡記  作者: 藤桜
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2-5

天文22年(1553年) 陸奥国田村郡三春城

蘆名 四郎丸


月斎殿に戦術指南を頼みたい…

突発的に言ったわけではなく田村を服属させると決めた時からこうしようと決めていた。

月斎殿は困ったようにこちらと清顕殿を交互に見た。


「申し訳ございませんがお断りさせていただきます」

「まぁ最初から上手くいくとは思っていなかったが…一応理由を聞いてもよろしいか?」

「まず初めに我らが蘆名家に服属すると決めてからまだ日も経っておりませぬ。

 そのような時に儂が四郎丸様に仕えては勘ぐる者もでてきましょう。

 後は蘆名家にも歴戦の将などもおりますれば儂がしゃしゃり出るべきでは無いと思いましたゆえ」


月斎殿の言は至極まっとうなものだった。

これは俺の考えが浅かったと言わざるおえないな…

右衛門大夫の方を見てもあまり面白くなさそうな顔をしている。


「月斎殿の言う事は分かるつもりだ。

 私とて別に蘆名家の者を軽んじているつもりはない。

 しかしだ、せっかく私の領地にこの辺りでは知らぬ者はいない月斎殿が来てくれるのだから、学び話を聞きたいと思う私の気持ちも分かってほしい」

「四郎丸様の気持ち、私は分からないわけではありません。

 どうだろうか叔父上、私と一緒に四郎丸様を見るというのは?」


清顕殿が助舟をだしてくれた。

だがそれでも月斎殿は渋い顔をしたままだ…


「わかった。すぐに決めずとも良い。

 しばらくは我が領地にいる事だしもうしばらく考えてみてくれ。

 清顕殿もご助力忝い」

「かしこまりました…」

二人はこちらへ頭を下げた。


「では話は以上だ。

 移動の準備もあるであろうからもう下がっていただいて結構だ」

月斎殿は座を下がろうと片足を上げたが清顕殿は動く気配がない。

「清顕殿いかがいたした?」

清顕殿に声をかけると清顕殿は少し言いづらそうに話し始めた。


「四郎丸様にお伺いしたいのですが、私や叔父上の移動は伺いました。

 では家の者はいかがいたせばよろしいでしょうか?」

「そういえばあの場でも告げていなかったな。

 もちろん清顕殿達と共に奥方にも我が領地に来ていただく。

 そのつもりで家臣にも準備させているしな」

「いえ妻のことではなく母や弟妹達のことなのです」

「そちらは隆顕殿と一緒にと考えていたが?」


そう言った所で清顕殿は少し考えてからこちらへ話し始めた。

「出来ますれば我らと一緒に連れていくことは叶いませんでしょうか?」

「ほう?清顕殿それはなぜでしょうか?」

「弟はもう直ぐ元服してもおかしくない歳です。

 そのような時に隠居した父上の元へいてはよからぬことを考える者も出てくるかもしれません。

 ですので私と共に連れていきたいのですが…」


う~ん…考え過ぎだと思う。

仮にそのような者がいても監視もいるし、すぐにどうとでもできると思うが…

「わかった。父上には私から話を通しておく故、ご準備されるとよかろう」

「かたじけのうございます」

清顕殿は満足したのか礼を言って立ち上がり、月斎殿と共に部屋を出て行かれた。


「四郎丸様よろしいのですか?」

「ん?清顕殿の話のことか?

 それならば何も問題は無いな。むしろ何も無いとは思うが何かあった時一緒の方が対処がしやすい」

「さようでございますね。

 それはそうと月斎殿の事はどういう事でしょうか?」

これはまずいな…

顔は笑っているが目が怒っている…

そこからは右衛門大夫に説明するだけで半刻も経ってしまった…

右衛門大夫は怒らせると話が長くなってしまうな。

出来るだけ怒らせないように今後は気をつけるとしよう…


天文22年(1553年) 陸奥国耶麻郡猪苗代

蘆名 四郎丸


戦も終わったので蘆名家の者は城を管理するもの以外は帰路についていた。

ただ俺は田村家の者を領地に連れていくために、準備が終わる迄待っていたので、少し遅れて出発していた。俺の隣には来た時と同じく右衛門大夫が並び、途中から合流した平太郎も後ろの方に控えていた。

清顕殿や月斎殿などの田村家の者は、領地に着くまでは捕虜と同じ扱いにしたいと右衛門大夫が言うので俺とは離れた位置を移動していた。


「ようやく帰ることができるな。

 これでしばらくはの間はゆっくりできるだろうか?」

「それは分かりませぬが四郎丸様が戦場に出ることはしばらくは無いことを願いたいですな」

「右衛門大夫は俺が戦場に出ることは反対か?」

「反対とは申しませぬが出来ますれば元服してからが望ましいかと…

 もし出るにしても此度の様に甲冑を着けぬのは勘弁してほしいですな」

「そうは言っても甲冑を着けていては動くことができぬ…

 着けたとしても胴当てと額当だけにしたいものだ」


二人でたわいも無い話をしながら進み、領地に入ったところである程度の護衛を残し兵を解散させた。

屋敷に到着すると屋敷を任せている三郎が屋敷の前で待っていた。


「ご無事の御帰りよろしゅうございました」

「あぁ。五郎、後ろに控えているのが手紙でも伝えた田村家の者だ。

 気疲れするかもしれぬがよろしく頼む。

 それと田村家から連れてきた下男や下女に仕事を割り振ってくれ」

「かしこまりました。

 それと四郎丸様が戻られると聞いて簗田様がお待ちになっております」


簗田が待っているということは例の物が用意できたのだろうか?

「わかった。すぐに向かうとしようか。

 右衛門大夫、それとせっかくだ清顕殿や月斎殿に同行してもらうとするか」

「四郎丸様よろしいのですか?」

「問題ない。簗田が私が頼んでいた物を用意してくれたのであれば二人にも見せておきたいのでな。

 そういうわけで清顕殿と月斎殿は私に同行してほしい。

 ご家族のことは五郎に任せているのでそちらを頼って下され」


二人は訝しげにこちらを見たが了承してくれた。

三人を連れて簗田が待っている部屋へと向かった。

部屋に入ると簗田ともう一人男が座り待っていた。


「四郎丸様、ご無事の御帰り大変よろしゅうございました」

「父上や家臣達皆が励んでくれたのでな、この通り五体満足で帰ることができた。

 それで簗田がわざわざ来たということは例の物が用意できたのか?」

「はい。堺の納屋さんから注文通り全て揃ってございます。

 四郎丸様ならすぐに確認されるかと思いまして、近くの場に試打の準備をさせております」

「それは上々だな。ではすぐに確認しに行こうか。

 それはそうとそちらの御仁はどちらの方かな?」


俺が今まで静かに座っていた男の方に顔を向けた。

「何でも関東を中心に商いをしている商人のようで、私が四郎丸様に会いに行くというと、ぜひお会いしたいとの事で連れてまいりました。問題なかったでしょうか?」

「かまわないが…

 商人殿お名前を聞いてもよろしいかな?」

「名は段蔵と申します。この度はお会いでき恐悦至極に存じます」

段蔵と名乗った男は確かに商人の様に笑顔を浮かべていたが、俺はどことなく違和感を覚えた。

今迄に会った商人と名乗る者達と何かが違っていた。


「そうか。後で話す場を設ける故、先に試打の場へと向かうとしよう

 段蔵殿申し訳ないな」

「いえ場を設けていただくだけでありがたきことでございます…」

挨拶も終わり皆で試打の場へ向かうことになった。


移動の間、簗田に清顕殿や月斎殿を紹介したのだが、月斎殿はどこか険しい顔をされていた。

少し気にはなったが話している間に試打場についた。

すでに準備は出来ているとの事なので見せてもらうことになった。

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