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天鏡記  作者: 藤桜
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2-4

天文22年(1553年) 陸奥国田村郡三春城

田村 清顕


我らが居城三春城の評定の間に父上や家臣達と共に上座に男が座るのを待っていた…

数日前に蘆名家が戦を仕掛けてきた。

相馬や佐竹の援軍も借り撃退の為に出陣したのだが、その隙を突かれ居城の三春城を攻められ上に後方の退路を断たれてしまい結果我らは降伏することになってしまった。

今は我らの処遇を伝えるためにこうして蘆名家の当主が来るのを待っている状況だ。

待っていると言っても周りには敵方の家臣達がおり、廊下には武装した者達が待機している。

こうして座っていると文字通り負けたのだと実感させられる。

そんなことを思っていると廊下の方からこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。

上座の襖が開き一人の男と子供が入ってきた。

蘆名家の家臣が頭を下げるのを見て我らも頭を下げた…

あれが蘆名修理大夫殿か…子供の方は小姓だろうか?

「みな面をあげよ」

修理大夫殿に言われ顔を上げると小姓だと思っていた子供は修理大夫殿の隣に座っていた。

俺がいぶしがって見ていると月斎殿が小声で蘆名家の嫡男だと教えてくれた。

後から聞いた話だがなんでも今回の別動隊をひきいていたのはこの嫡男らしい…

「では田村の処遇について沙汰を伝える。

 まず田村には当家に服属してもらう。

 そのうえで現当主は隠居してもらい、なおかつ儂の許しなく家の者と会う事を禁じる。

 次に家督は嫡男に継がせるが嫡男も当分の間は儂が決めた場所で過ごしてもらう。

 それと田村月斎も嫡男と同様とする。

 当主不在の間の三春城は当家の者を城代として置くこととする。

 最後に田村郡の西部から南部にかけては当家の直轄領とする。

 以上だ。がこれに不服の者もいる事かと思うがこちらは最大限譲歩しているつもりだ。

 それでも納得のいかぬ者は切腹してもらう故名乗り出るが良かろう」

この沙汰に当然ながら喰ってかかる者がいたのは言うまでもの無い…

特に西部や南部を治めていた者達などは簡単には納得するはずもない。

それに対して蘆名家の家臣も喰ってかかり収取がつかなくなってきた。

そんな時にパシンと上座から音が鳴り皆がそちらに顔を向けた。

上座で大人しく座っていた蘆名家の嫡男がどこから出したのか扇子を手に持ち手に打ち付けていた。

「田村家の方は何か勘違いしておられるようですが、これは相談しているわけではありません。

 今父上が言ったことは当家の決定事項であり簡単に覆すことはありません。

 それに父上はこうも言ったはずです。

 納得のいかぬものは切腹にいたすと…

 それでもまだ反発いたしますか?

 それとも当家を納得させるだけの案があるのでしょうか?

 田村家を支えてきた重臣の月斎殿はいかがお考えですか?」

まさかの蘆名家の嫡男からの発言により場は静まり視線は問いかけられた月斎殿に向けられた。

視線を向けられた月斎殿は苦虫を潰したように顔をしかめられていた。

「敗軍の将から言う事は特にございません…

 修理大夫様が儂に切腹しろと仰せならば甘んじて受けましょう」

月斎殿の発言により反発していた家臣達も気を落としたのか俯き黙ってしまった…

「では私から月斎殿と嫡男の清顕殿に話がある故のちほどお呼びいたします」

私にも話があるとは他にも何かあるのだろうか?

「では後ほど他者へも役目を言い渡す故、皆それまで下がって休まれるが良い」

修理大夫殿が締め座を下がっていった…


天文22年(1553年) 陸奥国田村郡三春城

田村 月斎


我らの沙汰が告げられた評定から一刻ほど経った頃、告げられていた通りに蘆名家の嫡男より若殿と共に参るように呼びだされた。

いやもう若殿と呼ぶのはおかしいか…

すでに蘆名家より甥は隠居を告げられ若殿が田村家の現当主となられたのだから…

「月斎殿、蘆名の嫡男よりの話とはいったい何でありましょうか?」

「わかりませんが我らに服属しろと言ってきた以上そこまで悪い話ではないと思いたいですが、聞いてみない事には判断は出来ませんな」

「そうか…そうだな」

殿は何を言われるのか心配で落ち着きがない様子だ。

この様な状態で当主としてやっていけるのであろうか?こちらの方が心配だ…


案内に従い部屋の近くに着いたところで外に控えていた小姓が中に声をかけた。

「四郎丸様、田村殿と月斎殿がお越しにございます」

「わかった。通してくれ。それと悪いが人数分の茶を持ってきてくれ」

通されて部屋に入ると部屋の奥に蘆名の嫡男が座り書き物をしており、傍には蘆名の重臣の一人でもある金上右衛門大夫が控えていた。

「二人ともこちらからお呼びしておいてすまぬが、

 すぐに終わらせるゆえ茶が来るまで座って待っていてくれ」

そう言われ入ってすぐのところに座り控えた。

少ししたところで小姓が茶を持ってきて茶を置き、また外で控えた。

「二人ともお待たせてしてしまい申し訳ない。

 いきなり本題でも良いがまずはその後の家中の様子でも窺ってもよろしいかな?」

正直に家中の事は言えまい…

あの場では仕方なく納得はしていた者達も時間が経ち再度反発の姿勢を見せている者もいる。

その様なことを正直に話してもどうなるかなど目に見えている…

「ふむ。お二人の様子を見るにやはりあまり良くは無いか。

 まぁ当分は仕方あるまいが何か手を打っておいた方が良さそうだな右衛門大夫」

「左様でございますね。ですがすでに殿が監視として人を手配しているようです」

「ならばそちらは父上に任せるとするか」

その様なこと我らの前で話しても良いのであろうか?

それとも聞かれても問題ないということなのか?

「まぁこの話はもう止めておくか。

 それでは本題だがお二人に過ごしてもらう場だが私が治めている領地に決まった。

 そこの私が管理している屋敷で過ごしてもらう」

「ご嫡男様の領地ですか?」

「そうだ。と言っても私は基本的には城にいるので屋敷は別の者が管理を代行しているのだがな。

 それと私の事は四郎丸と呼んでいただいてかまわない」

まさか自分の息子の屋敷に住まわせるとは…

修理大夫様は何とも思っていられぬのだろうか?

「それは修理大夫も了承しておられるのですか?」

「もちろん納得してもらっている。渋々ではあったがな…」

その言い方だと四郎丸様が決めたという事にならないか?

「私は未だに納得はしていませんがね」

金上殿がこちらをにらみながら言った。

「そう言うな右衛門大夫。その方にはしっかり説明したではないか…

 田村家の当主を一時的にとはいえ預かる以上下手な所には置けん。

 それにお主が鍛えた兵も見回り常駐もしているし、

 二人に会う時はお主が一緒の時に限ると決めたではないか」

「わかっておりますがそれでも苦言の一つぐらいは言いたくもなります」

なるほど。そういう理由で決まったわけか。

「お二人とも話が脱線してしまいすまぬな…

 すでに使いを屋敷にやり準備をさせている。

 そういうわけでお二人には我らの移動に合わせ一緒に来てもらう故、支度を済ませてもらいたい」

「かしこまりました。

 お話は以上にございましょうか?」

「ああ、清顕殿にはそれだけだが月斎殿にはもう一つ私から頼みがある」

「儂に頼みでございますか?」

「月斎殿には戦術指南として私に色々と教えていただきたい。

 もちろんその分の費えは私から出すゆえどうか頼めないだろうか?」

敗戦の将に指南してほしいなど、これは如何したものか…

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