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天鏡記  作者: 藤桜
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天文21年(1552年) 山城国京都御所

蘆名 四郎丸


「此度、帝への拝謁が叶いましたこと誠に恐悦至極に存じまする」

御爺様の帝への挨拶に続き俺も頭を下げた。

帝への拝謁の日取りが決まり此度やっと御所に参内したわけだが、俺は基本話す立場にないためすべて御爺様に任せることになる。

「遠江守殿、帝は此度の蘆名家の奉仕に対していたくお喜びであると申しておじゃる。

 ついては直答をお許しになるとの仰せじゃ」

あれは誰だったか?

帝の御傍に控えていることを考えると五摂家のうちの誰かだと思うが…

会ったことが無いからわからないな。

「そのような過分な思し召し恐悦至極に存じます」

「昨今の蘆名家の献金は本当に助かっておる。

 まして此度の御所の修繕を自ら行なってくれて事、遠江守には感謝してもしきれぬ思いじゃ。

 今や御所の修繕一つとっても儘らぬことばかりゆえ…」

帝自ら感謝の御言葉をいただいた。

しかしなんだろうか…

前世でも国の頂点たる天皇陛下に会うことなどあるはずも無かったが、こうして帝の声を直接聞いたせいだろうか?どこか感慨深い気分になるものだな。

確かにこのような気分になるのであれば御爺様が心酔する気持ちもわからんでもないな。

「いえほとんどは此処にいる孫の案が発端でありましたゆえ、わたくしなど然程の事もしておりますぬ」

いや御爺様それは言わなくてもいいことですが⁉

「ほう遠江守の孫か…その方の話が真なら幼いわりに随分と忠義信が篤いと見えるな。

 実に今後が楽しみなことだな。

 それであれば何か与えたいところだが…関白よ何か良いものはあるだろうか?」

「本来であれば官位をと言いたいところでございますが、見たところまだ元服も済んでおらん様子でおじゃりまするに。

 されば帝の御使いの物などを授けてはいかがでおじゃりましょうか?」

「そうだな余の使っているこれを授けることにいたすか…」

帝は傍に控えている小姓に自分が使っている扇子を渡しこちらの前へと持ってこさせた。

「畏れ多くもこの様な過分なご配慮まことに痛み入りまする」

俺は自身は直答を許されているわけではないので御爺様が代わりに感謝を述べてくれた。

さすがに普段使いの扇子といえど帝から下賜されたものだ。

俺も失礼にならないよう丁寧に持ち上げ感謝の礼をとることにした…

「今の世は乱れ民草もつらい思いもしていよう…

 だがそのような世でもその方達の様に忠義に篤き者たちがいることが知れただけでも余は嬉しく思う。

 これからも変わりなく支えてくれてほしい」

「そのお言葉謹んで承りましてございます」

御爺様はとても誇らしそうに力強く答えた。

その後はご予定があるのようで帝への拝謁は終了した。

結局俺は一言も発することはなかったがとても貴重な経験ができたと思う。

しかしこの下賜された扇子はどうすればいいのだろうか?

さすがに使うわけにもいかんだろうし…

丁重に保管するしかないか。


天文21年(1552年) 陸奥国耶麻郡猪苗代

蘆名 四郎丸


今回上洛した目的の内、大体は行うことができた。

ただ残念ながら公方様に会うことは叶わなかった…

帝への拝謁が終わり数日後、

いざ公方様に会いに行こうとしたところで急に御爺様が体調を崩されてしまった…

さすがに御爺様が同行できないとなると俺だけで公方様に会うわけにもいかず、公方様への挨拶は美作守と弾正少弼殿に一任して、俺と御爺様の他連れてきた護衛達と共に先に帰国することになった。

出来ればどの様な人物か会っておきたかったがこればかりはしょうがない。

後で美作守聞いたところ、弾正少弼殿の話を聞き公方様も興味をもってくれたのか会ってみたいと仰ってくれていたそうだ。


今は御爺様の屋敷に見舞いに来ている。

帰郷してからも御爺様の体調は一向に回復する気配がなく、俺は時間ができた時にこうして顔を出すようにしていた。

しかし今回は御爺様の方から話がある為、来てほしいとの連絡があった。

「御爺様お加減の具合はいかがにございますか?」

「おお四郎丸か!なに儂もいい歳じゃ。そろそろお迎えが近いという事であろう」

御爺様の顔色は素直に良いとは言えないものだが、柔らかい笑顔で俺を迎えてくれた。

「何を弱気なことを…御爺様には私が元服するまではぜひとも元気でいただきたいものでございます」

「そうだな…できれば儂もそうしたいところではあるが人には天命というものがある。

 そればかりはどうしようもならんものだ…」

確かにこの時代の人の寿命は50歳を過ぎれば長寿と言われる。

御爺様はすでに60を過ぎている…十分に長生きといえる年齢だ。

「して此度は何か話があるとの事でございますが?」

「儂が死んだ後の領地や屋敷の物を四郎丸に譲ろうと思ってな。

 すでに倅には話をして了承してもらっている。

 とは言っても既に領地は四郎丸のものと言っても過言ではないくらいに任せているがな」

御爺様の言う通りもう随分と好き勝手にやっている。

だが借り受けていた地を正式にいただけるとなれば話は別だ。

これまで御爺様が対応してきたこともこれからは俺がやらなければいかなくなる。

「大変ありがたいことでございます。

 しかしそれだけでわざわざお呼びになる事とは思えませぬが?」

「ああ…他にも話しておきたいことがあったのでな。

 まずは四郎丸、お前には本当に感謝しておる。

 お前と過ごす日々はとても刺激に溢れ儂はとても楽しかった…

 そして帝への拝謁というとてもありがたい機会にもめぐまれる事も出来た」

御爺様は淡々と話し始めた。

「だがお前が行っている事にすべての者が納得するわけではない。

 急な改革に皆がついていける訳ではないのだ…現に年嵩の者たちは儂や倅が抑えているのが現状だ。

 そこは常々忘れる事のない様にしなければならん」

「わかっております。御爺様や父上には感謝しております」

俺に近しい者や恩恵を受けている者達は俺の行動を認めてくれてはいるが、それ以外の者たちからは未だ幼い俺を侮っている者たちがいるのは事実だ。

だからといって抑えるつもりはないが……一応対応も考えなければいけないか。

「だが若い者たちや百姓はお前に好感をもっている者がいるのもわかっている。

 だから特に変える必要もあるまい。

 だが儂が死ねば動く者もいるかもしれん…だから十分に気をつけてほしい」

動くとすれば猪苗代か松本あたりか?いや他にもいるかもしれんが…

「ご忠告ありがとうございます。十分に気をつけまする」

「さてまだ色々と話したかったが少し話疲れたようだな。

 大事な話は終えたことだし、四郎丸悪いが少し寝ることにする」

御爺様を(とこ)に寝かせ、俺はその日は帰城することにした。

その日以降も御爺様の体調は回復の兆しもなく

そして年が明け数日後、御爺様は笑顔でこの世を去られた……

蘆名遠江守盛舜 享年64歳

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