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天鏡記  作者: 藤桜
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天文21年(1552年) 山城国慧日山東福寺

蘆名 四郎丸


簗田に命じて数刻が経った頃、簗田から使いの下男が来た。

なんでも下男が言うには今井宗久は今からでも会えると申したらしい。

俺としても今日の予定はなかったので、こちらもすぐに会えるとの伝言を頼んだ。

そこから一刻も経たないうちに簗田と共に今井宗久は俺のもとへ参ったわけだが、簗田とは違い商人らしい笑顔をした男だった。


「お初に御目にかかります。わては境で商いを営んでおります今井宗久と申します」

「蘆名家嫡男蘆名四郎丸だ。

 此度は急にもかかわらず簗田から種子島を用意してくれると聞いているが間違いないだろうか?」

「間違いございません。ただこちらも商売ですので頂くものはいただきますが」

「ああ。それはわかっている。して種子島3丁いくらほどかかる?」

「そうですねぇ…100貫文もあれば確実にご用意できるかと」

100貫文だと⁉それはいくらなんでも吹っかけ過ぎではないか?

簗田の顔を見ても明らかに適正価格ではないだろ…

「今井殿それはいくらなんでも高過ぎはしないだろうか?」

「おや?ご用意できませぬか?

 今評判の蘆名家であればそこまでの額でもありませんでしょうに。

 それとわてのことは納屋か宗久とお呼びいただいてかまいませんよ」

評判?何を言っているのかわからんがここはちゃんと説明しないとな。

「申し訳ないが今回の頼みは私個人の頼みなのでな、蘆名家とは関わり合いはない。

 その為すぐに用意できる金銭も限られているのだ…」

「さようでございますか…しかしこちらも簡単に値を下げる訳にはいきませぬゆえ。

 今回はご縁が無かったということですかな?どないいたしますか?」

どうする?簗田に借り受けるにもおそらくは足りないだろうし…

後できることは…

「宗久は茶の湯には興味があるか?」

「唐突ですなぁ。しかし自分の茶室を用意するくらいには興味はありますよ。

 それがどうかしたのですか?」

そうだろうな。俺の知識でも確か茶人として有名だったはずだ。

いや有名だったのは千利休の方だったか?

忘れたけどまぁ良いか。

「いやなに宗久に飲んでもらいたいものがあるのだ。

 平太郎!宗久に蕎麦茶を出してくれ」

俺は自領で作っている蕎麦茶を用意してもらった。

「蕎麦茶ですか?名前からすると蕎麦を茶のようにした物のように思えますが?」

「それであっている。厳密には蕎麦の実を煎ったものを使っている。最近自領で作ったものだがぜひ飲んでみてくれ」

俺は平太郎が用意してくれた蕎麦茶を宗久が飲むのを待った。

「ほぅ。これはなんともいい香りでございますな。あの蕎麦を食べるのではなく茶にして飲むとは珍しいことを考えますな。しかしこれがどうしたのですか?これの専売権でもくださるのですかな?」

「いやこれを上方で売りに出してもおそらく大して売れんだろう…

 それがわかっているからこそ私や簗田もこちらに卸していない。

 そこで上方でも売れるものを考えたのだが、それを宗久に売ってもらいたい」

「それは構いませんがどういったものですかな?」

「茶の湯で使っている茶葉を蕎麦茶の様に煎ったものだ。とりあえずほうじ茶と呼ぼうか。

 茶の湯の様に形式を重んじるものではなく、今飲んでいるように気軽に飲める物だと思っている。

 であればそれなりに売れるとは思うがどうだろうか?」

宗久は考えているようだが顔は変わらず笑顔のままだ。

正直感触が良いのかどうかもわからない…

「いいでしょう。実際に作って売ってみなければ何とも言えませんがやってみましょう。

 してこれの専売と引き換えに値を下げてほしいということですか?」

「出来ればそうしたいところだが…どれだけ値を下げられるのか俺には判断がつかん。

 そこで宗久に判断を任せる。もしそれでも駄目そうなら今回は諦めざるおえんな」

俺も宗久を見習ってあえて笑顔で答えてみた。

「…わかりました。今回はこちらが勉強させてもらいましょう。

 種子島3丁四郎丸様にご用意いたします。銭も今回は必要いりません」

「さすがに無償でもらうのは気が退けてしまうが、本当に良いのか?」

「かまいません。このような商談は初めてでございましたゆえ面白うございました。

 四郎丸様とはこれからも仲良うしたいですなぁ。

 またこちらで何か入用になりましたら是非この納屋をお便りください」

「ああ、よろしく頼む。

 ほうじ茶の件だが今私はここを離れられぬゆえ、簗田に詳しく聞いてくれ。

 簗田、悪いがよろしく頼む」

一先ずこれで種子島の件は終わったな。

後はそうだな…そういえば先ほど宗久が蘆名家の評判がどうとか言っていたな。

せっかくの機会だから宗久に上方の状勢でも聞いておくか?

「宗久に聞きたいことがあるのだが、先ほど言っていた蘆名家の評判を聞きたい。

 それと可能であれば畿内の状勢なども聞きたいのだが」

「その様子だと本当に知らないようですな。まぁええでしょう。

 わてが知っていることでよろしければ御教えいたしますわ。

 まず蘆名家がここ数年多額の献金をしていることにより、公卿の方たちや商人衆達の間では蘆名家は富裕だともっぱらの噂にございます。また此度の御所の修繕件もございます。

 それにより、今や朝廷内での蘆名家の評判は畿内の三好様に、勝るとも劣らない勢いと聞き及んでおります」

これはどうなんだ?

評判が良いことは悪いことではないだろうが、今畿内で一番の力を持っている三好家よりもとなると面倒なことにならないだろうか?

まぁ畿内と会津では距離も離れているし戦にはならないだろうけど、一応気にかけておいた方が良いか…

「それにしても蘆名家の方は、畿内と交易をしている割に情報にうとうございますなぁ」

俺が宗久の話について考えていると、宗久が笑いながら言った。

俺はその発言に苦笑いするしかなかった。

「すまんな宗久。その方に聞いたのは、上方の事はほとんど父上や美作守に任せている為、俺自身はほとんど関わっていないためだ」

まったく癖のある人物と知り合ってしまったな。

これからも付き合っていくことを考えると頭が痛くなりそうだ…


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