表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

屋上の1日

作者: 米木パン

 学校というには、1番らしくなくて、青春というには、1番らしいかも知れない。

 今日も点々と、学生さんがやってくる。

 立ち入り禁止の、屋上に。


 1番最初の侵入者は、メガネを掛けた真面目な男の子。1番学校らしい子で、この場にはちょっぴり不釣り合い。


「ねぇねぇ学生さん。いっつもどうして、ここに来るの?」


 話しかけると、始めは皆びっくりする。でもこの子は大丈夫。なんてったって、常連さん。


「ここはどうも落ち着かない。こんな所に居ていいのかと、そわそわする。だからかな」


「ふぅん」


 床に本を置いて、ペンを走らせてる。

 この子はここに来ても、勉強ばかり。不真面目な所で、真面目な事をしてる。


「ね、ね、この問題の答え。分かっちゃったかも」


 本に書いてある、難しそうな計算問題。メートルだとか、キロだとか。意味は、1ミリも分かってないけど。


「はいはい。じゃ、何だと思う?」


「50センチ」


「不正解。適当な解答を言わないこと」


「ふふふ」


 怒られたけど、まだ止めない。

 ぴったりな問題を探して、と。あった。


「学生さん学生さん。この3角形の辺の長さって、分かる?」


「これぐらいなら……。えーっと、5cmかな」


「ふーん、変なの」


「ダジャレを言うなら、もうちょっと上手く言って」


「ふふふ」


 学生さんはペンと本を仕舞った。そろそろ時間が来たみたい。

 真面目な学生さんは、授業が始まる5分前が基本だもんね。


「じゃ、また明日」


「また明日。ね、ね、落ち着いた?」


「おかげで、落ち着かなかった」


「ふふふ」


 バイバイと見送った。

 扉の奥で、いてっ、と声が1つ。


 そそっかしい学生さんが、来たみたい。


「ど、どどどどうしよう!」


「ど、どどどど、ふふ、どうしたの?」


「教科書忘れちゃった! あと10分で授業なのに、どうしよう!」


「あらら~」


 ここは1つ、知恵を貸そうかな。知恵なんてあんまり無いけどね。


「隣の席の人に、見せてもらうのはどう?」


「それは、ちょっと……」


「ちょっと、どうしたの?」


「隣の娘には、マヌケだと思われたくない」


「あらら~」


 じゃ、その案は無しかな。と、なると。

 どうしよう。


「じ、実は、先生に言って借りるのも、良いかとは思うんだけど……」


「ダメなの?」


「うん。怒られるし、その……。皆の前で注意されちゃうから」


「あらら~」


 隣の娘にばれちゃうか。ふふ、なら、知恵といっしょに、声も貸しちゃおうかな。


「先生に怒られた時の対処法、教えてあげる」


「ほ、ほんと!?」


「うん。その時はね、屋上に連れてくると良いの」


「え? 屋上?」


「そ、声出してあげる。コラー、って。びっくりして、怒るのも、注意するのも忘れてくれるよ」


「た、確かに! じゃぁ、先生に頼んでくる。もしもの時はお願いね!」


「はいは~い」


 バイバイと見送った。

 あれ? そういえば、どうやって先生を屋上に連れてくるか、考えてなかったな。ま、いっか。


 キーンコーンカーンコーン

 学生さんが来なくなって暫く。何回目かのチャイムが聞こえた。そろそろ、来るかな~。


 バン

 強く扉を開いてる、髪のなが~い学生さん。


「ふふ、今日は、何しに来たの?」


「うおっ! 急に声掛けてくんじゃねぇ! びっくりするだろが!」


「ごめんね~」


 カチカチカチ

 不慣れなライターが点いて、煙草に火が付いた。


「煙草だよ。ここだったら、誰にも文句を言われず吸えるしな!」


「ふふ、言うかもしんないよ?」


「誰が? もしかしてあんたがか!」


「ふふ、コラー、ってね」


「注意するんなら、もうちょっと真面目に言いやがれ!」


 あらら、ダメ出し受けちゃった。


「ね、ね、たばこって、どこで買ってくるの?」


「そんなもん決まってんだろ! 店で買うんだよ! 店員に注意されたって気にしねぇでな!」


「ほんとに~?」


「ほ、本当だよ! 何で嘘つかなきゃならねぇんだ」


「ほんとに~?」


「う、ぐ……本当は、親父から貰ってる」


「そっか~」


「だぁぁうるせぇ! 顔がうるせぇ!」


「ごめんね~」   


  ふふふ、面白い顔してる。


「煙草が切れたら、こんなとこには用がねぇや!  じゃあな!」


「ふふふ、もったいないな~。もうちょっと、遊んでいきなよ~」


「あ? 何をするってんだ!」


「例えば、にらめっこ、とか」


「誰がするか!」


 バン

 あらら、帰っちゃった。

 明日は、あっち向いてホイを提案してみよっかな。


 キーンコーンカーンコーン

 気付いたらもう、お昼の時間。食いしん坊な学生さんが、やってきた。


「やっほー! 居る?」


「はいは~い。居るよ~」


 笑顔の似合う黄色い髪の女の子。

 上でキュッと結んでる布が解かれて、おせちみたいな、3段のおべんと箱が出てきた。


「ふふふ、今日はどんなおかずにしたの~?」


「えーっとね、色々と……」


 1段目に見えるのは、からあげとか、卵焼きとか、ウインナーとか。とっても美味しそうな、彩り豊かなおかず達。そして、2段目は。


「ミートボール!」


 少し赤黒いタレのかかったミートボール。20個以上の球が、ギュギュギュッ、と入ってる。


「わあ、美味しそう~」


「でしょ!? でも、友達に言うといっつも文句言われちゃうの! 太るよ、って! ちゃんと運動してるのに」


「ふふふ、それは困ったね~」


「うんうん! 確かに、2キロぐらいは太ったけど、誤差だよ誤差!」


 3段目に詰められた白米と一緒に、ミートボールが消えていく。


「いっつも思うけど、気持ちいいくらいの食べっぷりだね~」


「ふっふーん、でしょ? 将来フードファイターになれると思うんだけど、どう?」


「きっとなれるよ~。応援してるね」 


「うん! ありがとう!」


 15分で、ご飯は完食。弁当箱を布で結び直して、鞄に仕舞ってた。


「うーん、食べた食べた。その後寝れるのも、ここの魅力だよね~」


 鞄から出してきたのはちっちゃな枕。頭の下に置いて、大の字になってる。


「ふふふ、そんなの持ってきちゃって良いの~?」


「ダメ、だけど、仕方ないでしょ? 普通に寝たら髪に土付いちゃうし!」


「確かにね~」


 私も枕持って寝転びたいけど、そんな物持てないしね~。ざんねん。


「うーん! 暖かい太陽と、柔らかい枕! カッタイ床じゃなかったら、良いお昼寝場所なんだけどなー!」


「ふふふ、明日は、羽毛布団でも持ってくる?」


「それ良いかも! でも、鞄に入るかな?」


「うーん、詰め込んだら、いけそう?」


「試してみなきゃ、分かんないか! やってみるね!」


「はいは~い」


 キーンコーンカーンコーン

 やばっ、と一言呟いて、女の子は行っちゃった。枕鞄に仕舞ってなかったけど、大丈夫かな。


「あ、お邪魔、します」


 あれ? 人が来たのに気付かなかったな。

 いつも静かな学生さん。扉を閉めるのも、やっぱり静か。


「いらっしゃ~い」


「あ、はい」


 入ってきてすぐに、正座しちゃった。アスファルトだけど、痛くないのかな~?


「あ、その、相談できる人が居なくて、その、化粧しようと、思うんです……」


「お化粧? 良いよ~。見ててあげる」


「は、はい」


 出してきたのは、可愛らしいピンクの手鏡。それと、ネイルだとか、リップだとか、アイブロウだとか。

 色んな化粧品があるねえ。


「すごい種類だね~。これ、全部試すの?」


「い、いえ。最初は、ネイルだけで、行こうかと。目立ちにくくて、でも、綺麗で……」


「うんうん、良いと思うよ~」


 やすりで、爪の表面が削れてく。ゴリゴリ、って、鳴っちゃいけない音が鳴ってるけど、大丈夫かな~?


「ね、ね、それ、痛くないの?」


「あ、はい。爪なので、あんまり……」

 

「ふぅん」


 爪の表面もやすりも白くなって、ようやくネイルタイム。ジェルみたいなのを、お筆で塗ってる。

 爪が透明になってって、らめがキラキラ光ってる。


「ふふふ、とっても綺麗だよ~。良い感じ」


「あ、そう、ですよね。良かった……」


 同じ要領で、あと9本。爪の綺麗さと一緒に、笑顔になってく学生さん。


「ふふふ、綺麗になって良かったね~」


「はい、成功、です」


「他の娘にも、見せると良いよ。きっと、褒めてくれるから」


「そう、ですかね?」


「そうそう! 保証しちゃうよ~」


「わ、分かりました!」


 タッタッタッ、と走ってく。

 バタッ、とドアを閉める音がした。


 キーンコーンカーンコーン

 授業が終わって、皆が校門を出てく。でも、放課後は家に帰る時間じゃなくて、遊ぶ時間。


 元気な学生さんが、やって来た。


「おーっす。誰も居ないよな?」


「居ないよ~。今日もゲーム?」


「おう。ここでやらせてもらうけど、駄目じゃないよな?」


「もっちろん。でも、家でやれば良いのに~」


「家は母ちゃん達がうるせぇの! おかげで好きにゲームも出来やしねぇ」


「あらら、それはやだね~」


「だろ!?」


 鞄から取り出した、長方形のゲーム機。両手で持って、ボタンをポチポチ押してる。


「ね、ね、これって、どんなゲームをやってるの?」


「ああ、これ? ただのアクションゲームだよ。モンスター倒して、素材集めて、って感じのゲームだ」


「ふぅん、あれ? でもストーリーがあるみたい。こういうのって、ロールプレイング、って奴じゃないの?」


「いつの話してんだよ! 今の時代は、どんなジャンルにだってストーリーがあるんだぜ! アクションはもちろん、格ゲーとか、シューティングにだってある!」


「へぇ~」


 ゲームを見てみると、可愛らしい動物が動いてる。デフォルメされてる狼さんが、バッタンバッタン暴れてて、人さんと戦ってる。


「ほらほら、頑張って~。あれ、ちょっと押されてる?」


「押されてねえよ! 良く見ろよ。ほら、もうちょっとで勝てるぜ!」


 狼さんは、黄色いバチバチに囲われて、動きが止まってる。そこを、人さんの変な剣でぶたれてた。


「あ、あ、狼さん死んじゃうよ? 大丈夫なの?」


「俺動かしてんのそっちじゃねぇから! 人! 人の方動かしてんだよ!」


「あらら、そうだったの」


 狼さんは、ずっと防戦一方で、そのまま動かなくなっちゃった。


「よっしゃ! いや! まぁ当然だけど!」


「ざーんねーん」


「何が残念だよこの野郎!」


「ふふふ、うそうそ。おめでと、ゲーム上手いんだね~」


「そ、そうでも、ねぇよ。これぐらい皆出来るし、それに、こんなん倒せるよう設定されてるモンスターに過ぎねぇし!」


「そうなの? でも、指の動きもスゴかったよ~」


「皆こんなんなの! あんたが見慣れてないだけだろ!」


「そっか~」


 学生さんは頭を掻いて、ゲーム機の前に顔を隠しちゃった。赤くなってる顔は、見せてくれないみたい。


「うお、ゲームの電池が切れてきた。つったく、1時間とか2時間とかですぐ切れるから、困るぜ」


「潮時、だね。お尻も痛くなってきたでしょ?」


「そう、だな」


 ゲーム機を鞄に仕舞って、立ち上がった。

 うーん、と、伸びをしてる。


「んじゃ、俺帰るわ。また明日ゲームしに来るから、空けとけよ!」


「はいは~い」


 バイバイと見送って、扉が閉まる。


 辺りはすっかり真っ暗。もう来客は無いかなと思ってた。

 キィ、と、力が無さげな開く音。無表情の学生さんが、やって来た。


「あらら、一見さんだね。いらっしゃ~い」


「誰? ……幽霊?」


 周囲をキョロキョロと見てる。今までで、いっちばん薄い反応だね。


「ふふふ、そうかもね。今日は、どうして屋上に来たの?」


「関係ないのに、何でそんなこと聞くの? 放っておいて」


 あらら、嫌な予感。

 思い詰めた顔で、聞き分けもない雰囲気で、フェンスに近寄ってる。


「もしかして、死ぬ気?」


「……だから何? 止める気?」


「うん、止める気」


「どうして?」


「ここには、色んな人が来て、色んな人が青春するの。勉強して、モヤモヤして、少しぐれて、ご飯食べて、お化粧して、遊んで。だから、駄目」


 もし、誰かが死んじゃったら、今度こそ閉鎖されちゃう。


「……他の場所なら、良いってこと?」


「う~ん、ま、他の場所なら、止めることも出来ないしね」


「何で僕が、そんな面倒なこと……」


「ごめんね~。代わりといっては、なんだけど」


「?」


「死ぬ前に話したいことがあったら、聞いたげる」


「別にいい」


 学生さんは、無表情のまま扉の方に歩いてく。

 その途中で、ピタッ、と止まった。


「……けど、ちょっとだけ」


 初めて見せてくれた表情。口を少しだけ結んでて、目が潤んでる。

 

「うんうん。さ、座って」




 次の朝も、皆はやってくる。

 勉強して、モヤモヤして、少しグレて、ご飯食べて、お化粧して、遊んで、相談して。

 学校というには、1番らしくなくて、青春というには、1番らしいかも知れない。

 立ち入り禁止の、屋上に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ