屋上の1日
学校というには、1番らしくなくて、青春というには、1番らしいかも知れない。
今日も点々と、学生さんがやってくる。
立ち入り禁止の、屋上に。
1番最初の侵入者は、メガネを掛けた真面目な男の子。1番学校らしい子で、この場にはちょっぴり不釣り合い。
「ねぇねぇ学生さん。いっつもどうして、ここに来るの?」
話しかけると、始めは皆びっくりする。でもこの子は大丈夫。なんてったって、常連さん。
「ここはどうも落ち着かない。こんな所に居ていいのかと、そわそわする。だからかな」
「ふぅん」
床に本を置いて、ペンを走らせてる。
この子はここに来ても、勉強ばかり。不真面目な所で、真面目な事をしてる。
「ね、ね、この問題の答え。分かっちゃったかも」
本に書いてある、難しそうな計算問題。メートルだとか、キロだとか。意味は、1ミリも分かってないけど。
「はいはい。じゃ、何だと思う?」
「50センチ」
「不正解。適当な解答を言わないこと」
「ふふふ」
怒られたけど、まだ止めない。
ぴったりな問題を探して、と。あった。
「学生さん学生さん。この3角形の辺の長さって、分かる?」
「これぐらいなら……。えーっと、5cmかな」
「ふーん、変なの」
「ダジャレを言うなら、もうちょっと上手く言って」
「ふふふ」
学生さんはペンと本を仕舞った。そろそろ時間が来たみたい。
真面目な学生さんは、授業が始まる5分前が基本だもんね。
「じゃ、また明日」
「また明日。ね、ね、落ち着いた?」
「おかげで、落ち着かなかった」
「ふふふ」
バイバイと見送った。
扉の奥で、いてっ、と声が1つ。
そそっかしい学生さんが、来たみたい。
「ど、どどどどうしよう!」
「ど、どどどど、ふふ、どうしたの?」
「教科書忘れちゃった! あと10分で授業なのに、どうしよう!」
「あらら~」
ここは1つ、知恵を貸そうかな。知恵なんてあんまり無いけどね。
「隣の席の人に、見せてもらうのはどう?」
「それは、ちょっと……」
「ちょっと、どうしたの?」
「隣の娘には、マヌケだと思われたくない」
「あらら~」
じゃ、その案は無しかな。と、なると。
どうしよう。
「じ、実は、先生に言って借りるのも、良いかとは思うんだけど……」
「ダメなの?」
「うん。怒られるし、その……。皆の前で注意されちゃうから」
「あらら~」
隣の娘にばれちゃうか。ふふ、なら、知恵といっしょに、声も貸しちゃおうかな。
「先生に怒られた時の対処法、教えてあげる」
「ほ、ほんと!?」
「うん。その時はね、屋上に連れてくると良いの」
「え? 屋上?」
「そ、声出してあげる。コラー、って。びっくりして、怒るのも、注意するのも忘れてくれるよ」
「た、確かに! じゃぁ、先生に頼んでくる。もしもの時はお願いね!」
「はいは~い」
バイバイと見送った。
あれ? そういえば、どうやって先生を屋上に連れてくるか、考えてなかったな。ま、いっか。
キーンコーンカーンコーン
学生さんが来なくなって暫く。何回目かのチャイムが聞こえた。そろそろ、来るかな~。
バン
強く扉を開いてる、髪のなが~い学生さん。
「ふふ、今日は、何しに来たの?」
「うおっ! 急に声掛けてくんじゃねぇ! びっくりするだろが!」
「ごめんね~」
カチカチカチ
不慣れなライターが点いて、煙草に火が付いた。
「煙草だよ。ここだったら、誰にも文句を言われず吸えるしな!」
「ふふ、言うかもしんないよ?」
「誰が? もしかしてあんたがか!」
「ふふ、コラー、ってね」
「注意するんなら、もうちょっと真面目に言いやがれ!」
あらら、ダメ出し受けちゃった。
「ね、ね、たばこって、どこで買ってくるの?」
「そんなもん決まってんだろ! 店で買うんだよ! 店員に注意されたって気にしねぇでな!」
「ほんとに~?」
「ほ、本当だよ! 何で嘘つかなきゃならねぇんだ」
「ほんとに~?」
「う、ぐ……本当は、親父から貰ってる」
「そっか~」
「だぁぁうるせぇ! 顔がうるせぇ!」
「ごめんね~」
ふふふ、面白い顔してる。
「煙草が切れたら、こんなとこには用がねぇや! じゃあな!」
「ふふふ、もったいないな~。もうちょっと、遊んでいきなよ~」
「あ? 何をするってんだ!」
「例えば、にらめっこ、とか」
「誰がするか!」
バン
あらら、帰っちゃった。
明日は、あっち向いてホイを提案してみよっかな。
キーンコーンカーンコーン
気付いたらもう、お昼の時間。食いしん坊な学生さんが、やってきた。
「やっほー! 居る?」
「はいは~い。居るよ~」
笑顔の似合う黄色い髪の女の子。
上でキュッと結んでる布が解かれて、おせちみたいな、3段のおべんと箱が出てきた。
「ふふふ、今日はどんなおかずにしたの~?」
「えーっとね、色々と……」
1段目に見えるのは、からあげとか、卵焼きとか、ウインナーとか。とっても美味しそうな、彩り豊かなおかず達。そして、2段目は。
「ミートボール!」
少し赤黒いタレのかかったミートボール。20個以上の球が、ギュギュギュッ、と入ってる。
「わあ、美味しそう~」
「でしょ!? でも、友達に言うといっつも文句言われちゃうの! 太るよ、って! ちゃんと運動してるのに」
「ふふふ、それは困ったね~」
「うんうん! 確かに、2キロぐらいは太ったけど、誤差だよ誤差!」
3段目に詰められた白米と一緒に、ミートボールが消えていく。
「いっつも思うけど、気持ちいいくらいの食べっぷりだね~」
「ふっふーん、でしょ? 将来フードファイターになれると思うんだけど、どう?」
「きっとなれるよ~。応援してるね」
「うん! ありがとう!」
15分で、ご飯は完食。弁当箱を布で結び直して、鞄に仕舞ってた。
「うーん、食べた食べた。その後寝れるのも、ここの魅力だよね~」
鞄から出してきたのはちっちゃな枕。頭の下に置いて、大の字になってる。
「ふふふ、そんなの持ってきちゃって良いの~?」
「ダメ、だけど、仕方ないでしょ? 普通に寝たら髪に土付いちゃうし!」
「確かにね~」
私も枕持って寝転びたいけど、そんな物持てないしね~。ざんねん。
「うーん! 暖かい太陽と、柔らかい枕! カッタイ床じゃなかったら、良いお昼寝場所なんだけどなー!」
「ふふふ、明日は、羽毛布団でも持ってくる?」
「それ良いかも! でも、鞄に入るかな?」
「うーん、詰め込んだら、いけそう?」
「試してみなきゃ、分かんないか! やってみるね!」
「はいは~い」
キーンコーンカーンコーン
やばっ、と一言呟いて、女の子は行っちゃった。枕鞄に仕舞ってなかったけど、大丈夫かな。
「あ、お邪魔、します」
あれ? 人が来たのに気付かなかったな。
いつも静かな学生さん。扉を閉めるのも、やっぱり静か。
「いらっしゃ~い」
「あ、はい」
入ってきてすぐに、正座しちゃった。アスファルトだけど、痛くないのかな~?
「あ、その、相談できる人が居なくて、その、化粧しようと、思うんです……」
「お化粧? 良いよ~。見ててあげる」
「は、はい」
出してきたのは、可愛らしいピンクの手鏡。それと、ネイルだとか、リップだとか、アイブロウだとか。
色んな化粧品があるねえ。
「すごい種類だね~。これ、全部試すの?」
「い、いえ。最初は、ネイルだけで、行こうかと。目立ちにくくて、でも、綺麗で……」
「うんうん、良いと思うよ~」
やすりで、爪の表面が削れてく。ゴリゴリ、って、鳴っちゃいけない音が鳴ってるけど、大丈夫かな~?
「ね、ね、それ、痛くないの?」
「あ、はい。爪なので、あんまり……」
「ふぅん」
爪の表面もやすりも白くなって、ようやくネイルタイム。ジェルみたいなのを、お筆で塗ってる。
爪が透明になってって、らめがキラキラ光ってる。
「ふふふ、とっても綺麗だよ~。良い感じ」
「あ、そう、ですよね。良かった……」
同じ要領で、あと9本。爪の綺麗さと一緒に、笑顔になってく学生さん。
「ふふふ、綺麗になって良かったね~」
「はい、成功、です」
「他の娘にも、見せると良いよ。きっと、褒めてくれるから」
「そう、ですかね?」
「そうそう! 保証しちゃうよ~」
「わ、分かりました!」
タッタッタッ、と走ってく。
バタッ、とドアを閉める音がした。
キーンコーンカーンコーン
授業が終わって、皆が校門を出てく。でも、放課後は家に帰る時間じゃなくて、遊ぶ時間。
元気な学生さんが、やって来た。
「おーっす。誰も居ないよな?」
「居ないよ~。今日もゲーム?」
「おう。ここでやらせてもらうけど、駄目じゃないよな?」
「もっちろん。でも、家でやれば良いのに~」
「家は母ちゃん達がうるせぇの! おかげで好きにゲームも出来やしねぇ」
「あらら、それはやだね~」
「だろ!?」
鞄から取り出した、長方形のゲーム機。両手で持って、ボタンをポチポチ押してる。
「ね、ね、これって、どんなゲームをやってるの?」
「ああ、これ? ただのアクションゲームだよ。モンスター倒して、素材集めて、って感じのゲームだ」
「ふぅん、あれ? でもストーリーがあるみたい。こういうのって、ロールプレイング、って奴じゃないの?」
「いつの話してんだよ! 今の時代は、どんなジャンルにだってストーリーがあるんだぜ! アクションはもちろん、格ゲーとか、シューティングにだってある!」
「へぇ~」
ゲームを見てみると、可愛らしい動物が動いてる。デフォルメされてる狼さんが、バッタンバッタン暴れてて、人さんと戦ってる。
「ほらほら、頑張って~。あれ、ちょっと押されてる?」
「押されてねえよ! 良く見ろよ。ほら、もうちょっとで勝てるぜ!」
狼さんは、黄色いバチバチに囲われて、動きが止まってる。そこを、人さんの変な剣でぶたれてた。
「あ、あ、狼さん死んじゃうよ? 大丈夫なの?」
「俺動かしてんのそっちじゃねぇから! 人! 人の方動かしてんだよ!」
「あらら、そうだったの」
狼さんは、ずっと防戦一方で、そのまま動かなくなっちゃった。
「よっしゃ! いや! まぁ当然だけど!」
「ざーんねーん」
「何が残念だよこの野郎!」
「ふふふ、うそうそ。おめでと、ゲーム上手いんだね~」
「そ、そうでも、ねぇよ。これぐらい皆出来るし、それに、こんなん倒せるよう設定されてるモンスターに過ぎねぇし!」
「そうなの? でも、指の動きもスゴかったよ~」
「皆こんなんなの! あんたが見慣れてないだけだろ!」
「そっか~」
学生さんは頭を掻いて、ゲーム機の前に顔を隠しちゃった。赤くなってる顔は、見せてくれないみたい。
「うお、ゲームの電池が切れてきた。つったく、1時間とか2時間とかですぐ切れるから、困るぜ」
「潮時、だね。お尻も痛くなってきたでしょ?」
「そう、だな」
ゲーム機を鞄に仕舞って、立ち上がった。
うーん、と、伸びをしてる。
「んじゃ、俺帰るわ。また明日ゲームしに来るから、空けとけよ!」
「はいは~い」
バイバイと見送って、扉が閉まる。
辺りはすっかり真っ暗。もう来客は無いかなと思ってた。
キィ、と、力が無さげな開く音。無表情の学生さんが、やって来た。
「あらら、一見さんだね。いらっしゃ~い」
「誰? ……幽霊?」
周囲をキョロキョロと見てる。今までで、いっちばん薄い反応だね。
「ふふふ、そうかもね。今日は、どうして屋上に来たの?」
「関係ないのに、何でそんなこと聞くの? 放っておいて」
あらら、嫌な予感。
思い詰めた顔で、聞き分けもない雰囲気で、フェンスに近寄ってる。
「もしかして、死ぬ気?」
「……だから何? 止める気?」
「うん、止める気」
「どうして?」
「ここには、色んな人が来て、色んな人が青春するの。勉強して、モヤモヤして、少しぐれて、ご飯食べて、お化粧して、遊んで。だから、駄目」
もし、誰かが死んじゃったら、今度こそ閉鎖されちゃう。
「……他の場所なら、良いってこと?」
「う~ん、ま、他の場所なら、止めることも出来ないしね」
「何で僕が、そんな面倒なこと……」
「ごめんね~。代わりといっては、なんだけど」
「?」
「死ぬ前に話したいことがあったら、聞いたげる」
「別にいい」
学生さんは、無表情のまま扉の方に歩いてく。
その途中で、ピタッ、と止まった。
「……けど、ちょっとだけ」
初めて見せてくれた表情。口を少しだけ結んでて、目が潤んでる。
「うんうん。さ、座って」
次の朝も、皆はやってくる。
勉強して、モヤモヤして、少しグレて、ご飯食べて、お化粧して、遊んで、相談して。
学校というには、1番らしくなくて、青春というには、1番らしいかも知れない。
立ち入り禁止の、屋上に。