Layer-005
通りを行き交う人々を見下ろし、窓の外に広がる建物を遠くに眺め、そして、コンクリートに覆われた地層の天井を仰ぎ見る。
耳元では教師の退屈な講義が子守唄のように響く中、教室の前方、窓際の席に座る倫也は、ただ昼休みの到来を待っていた。
一見、授業を聞く気がないように見えるが、実はそうでもない。
迴ほどの学年トップレベルではないものの、彼の成績は常に学年30位以内に入っている。
特に数学と物理に関しては、「エレマグネコンストラクション」を扱う上で必須の知識だったため、他の生徒よりも深く、広く学ばざるを得なかった。
「時間になりましたので、今日の授業はここまで。それから特別なお知らせがあります。今日の午後2時に『北門連軍』のメンバーが学校に来て、『青年成員募集試験』について説明を行います。そのため、午後2時から3時の授業はキャンセルになります。」
先生の言葉が終わるや否や、教室——いや、校内の至るところで歓声が響き渡った。
あまりの音量に倫也は眉をひそめ、耳を塞ぐ。
ただし、この歓声の理由は授業が休みになることではなく、「北門連軍」の訪問そのものだった。
ギャング。
「表裡戦争」の最中、地下世界の各区画は秩序を失い、管理者を失った。そのため、地域ごとに「軍閥」と呼ばれる独立勢力が直接統治を行うようになった。
当時の地下世界を支配していたのは、政府直属の管理機関ではなく、民間組織だった。
そのため、地上から派遣された過去の管理体制よりも、軍閥による統治のほうが住民に受け入れられていった。戦後、軍閥たちは正式に地下の管理権を握り、各々が独自の支配圏を築いた。
その姿はまるで、裏社会を牛耳るギャングのようだった。そうして時が経つにつれ、「軍閥」という呼び名はより一般的な「ギャング」へと変わっていった。
「表裡戦争」終結後、多くの者がかつての軍閥に倣い、地下での権力と地位を手に入れようとした。
新興の小規模ギャングは次々と誕生した。
中には、本気で住民を統治する意志を持つ者もいたが、暴力と権力を利用し、民衆から搾取することを目的とした者も少なくなかった。
まさに「大樹にも枯れ枝はあり、人が集まればバカもいる」という言葉の通りである。
そうした無数のギャングの中でも、世界の地下を三分する「三つのギャング」が存在する。南北アメリカと大西洋地域を統治する「ガブリエル地底聯合国」、ヨーロッパとアフリカの地下を拠点とする「アヴァロン」と東アジアからハワイ以西の太平洋地域を管理する「北門連軍」。
この「三つのギャング」は、最先端の技術と豊富な資源を持ち、彼らの支配地域では多くの公共施設が三大幇の資金によって建設・運営されている。
当然、これらの組織に所属すれば、待遇も生活水準も大幅に向上する。
そして今、北門連軍」へ加入するチャンスが目の前にある。
「お前、応募するのか?」
「一応な。試しに『北門連軍』の科学部門を狙ってみるつもりだ。」
「俺は戦闘部門に挑戦する!」
「やめとけ、お前は戦場に出る前に転びそうだな。」
昼休みの校舎内は、この話題で持ちきりだった。
倫也は早々に学食で昼食を済ませ、教室に戻ってイヤホンをつけ、自分だけの避難所へと逃げ込んだ。
「……将来、何をしたいのか。」
ふと、以前迴が投げかけた質問を思い出し、倫也は心底うんざりした。
もう何も考えたくなくなり、そのまま机に突っ伏して、昼休みの終わりを待つことにした。
しかし、まぶたが閉じかけたそのとき――
クラスメイトたちの会話の中に、聞き覚えのある名前が耳に入ってきた。
「三組の時見さんって、戦闘部に志願するのかな?学校中…いや、地底13層全体を探しても、彼女と力比べできる人なんていないんじゃない?」
「そういえば、二年生にも一人いるよ。家族が『北門連軍』の指揮官なんだってさ!」
「もし科学部を志望すれば、三年の雪山先輩に会えるかも?あの先輩、頭めっちゃいいし、きっと科学部に行くに決まってるよ!」
「お前、そうやってジーッと見てたら、絶対嫌われるぞ、この変態!」
「ってことは、天宮くんも科学部に志願する可能性あるんじゃない?」
「いや、彼はもう地上の大学から入学オファー受け取ってるって話だよ。さすがにそのチャンスを捨ててまで『北門連軍』に入るとは思えないけどな。」
「さっすが天才…俺たち凡人には、手の届かない存在だな……」
倫也は深く息を吸い、できるだけ周囲の話題に耳を貸さないようにして、ゆっくりと意識を空っぽにしていった。
時間は午後二時。すべての生徒が姿勢を正し、自分の席で静かに待機していた。校舎全体に一切の物音はなく、普段の授業よりもはるかに静まり返っている。
教室内は薄暗く、講壇の上ではホログラムプロジェクターが光を放っていた。光点が次第に集まり、立体映像を形成し、室内にもう一つの光源が生まれる。
映し出されたのは「北門連軍」の制服を纏う女性。
彼女は耳元のマイクをテストした後、正式に説明会を始めた。
『はい、皆さん、「北門連軍」青年成員招募考試説明会へようこそ。この説明会は各高校、大学、そして「北門連軍」の関連施設にて開催されています。』
『私は本説明会の説明担当、「北門連軍」第一隊副隊長の宋漢瑛です。これから、我々の一員となるために必要な覚悟について説明いたします。』
説明会の開始早々、漢瑛副隊長は生徒たちの気を引き締めるような言葉を投げかけた。
彼女は手元のデバイスを操作し、ホログラム上にスライドを投影する。
『青年成員を募集する理由、それは……まあ、一般企業の採用説明でよく耳にする決まり文句のようなものです。「若手を早くから育成し、職場経験を積ませる」などのもっともらしい言い回しですね。
単刀直入に言えば、「北門連軍」の今後の計画を遂行するため、現在の人員では到底足りないのです。』
『新たに加入する青年成員は、まず新人訓練を受けてもらいます。訓練の期間は個々の能力次第です。現在、青年成員として募集されているのは戦闘部、科学部、サポート部の三つの部門です。名前を聞けば、それぞれの仕事内容は大体想像がつくでしょう。
戦闘部は、管轄区域の巡回、幇派間の問題解決、そして戦争に関与します。
科学部は研究開発を行い、場合によっては「ガイア城」での共同研究に参加する機会もあります。
後勤部は装置や電磁兵器の管理・整備を担当します。
給与待遇については、ここでは話しません。まだ加入もしていないのに、そこを気にするのは早すぎます。』
その瞬間、生徒たちの心には同じ考えがよぎった。
(この副隊長、なんて率直な人なんだ……)
『続いて、試験項目について説明します。
すでに公開されている情報ではありますが、青年組の試験内容は一般組とは異なり、最終決定の際にいくつかの調整が行われています。
戦闘部以外の試験は、高校生組と大学生組に分かれています。
科学部は主に実験操作と面接。後勤部は実技試験、実作業、改良アイデアの提出。
戦闘部は二段階の実戦試験が課されます。
試験の難易度は、できる限り学生のレベルに合わせていますので、安心して準備してください。』
『以上が説明会の内容です。
試験の詳細は各自で確認してください。
青年成員募集に関する質問は、メールで問い合わせることも可能です。』
全席プロジェクターが消え、教室の照明が元に戻る。生徒たちは一斉に大きく息を吐き、緊張から解放された。
説明会が終わったというのに、教室内には依然として誰も声を発しない。
どうやら、あまりにも率直すぎる副隊長の言葉が、「北門連軍」に対して過度な理想を抱いていた生徒たちの考えを改めさせたようだ。
静寂を破ったのは、教師の声だった。
「もし応募を考えているなら、学校を通せば申込費用が免除されます。希望者は、クラスのグループにある申込フォームに記入し、学校に提出してください。締切は来週の金曜日です。」
その情報を聞いた倫也は、すぐにスマホを取り出し、資料を入力し、希望する部門を選択した。
戦闘部、科学部と後勤部。
試験内容を考慮すると、科学部と後勤部には実験課題がある。しかし、それは倫也が最も苦手とする分野だった。
迷うことなく、彼は戦闘部を選択した。
そして、リリコがどうを選ぶか——
それは膝で考えても分かるだろう。
「北門連軍」の話題は、一度始めると収拾がつかなくなるものだ。
「それで、あなたたちはどうするつもり?」
孤児院に帰ったばかりなのに、燈ママの最初の一言がこの話だった。
「俺はオケアノス大学に行くよ。他の三人に聞こう。」
燈ママが視線を凌奈とリリコに向けると、廻はそのまま二階へ上がり、制服を着替えに行った。倫也の方はというと、燈ママに特に呼び止められることもなかったので、そのまま自分の部屋に戻っていった。
「私はもう申し込むことに決めてるよ。でも今日は生徒会の仕事で忙しくて、まだ申請書を書いてないんだ。」
「えっ?凌奈姉が申し込んだの?じゃあ…じゃああたしも……」
「自分の未来は、自分で決めること。廻もあんたに何度も言ってきただろう?」
「うぅ…じゃあ、もうちょっと考えてみる……」
「支度が済んだら、夕飯にしよう。」
凌奈とリリコは自室で私服に着替えた後、食堂で食事を受け取り、リビングのテーブルに座って他の子どもたちと夕食をとる。
「倫也、お前はどの部門に申し込んだんだ?」
「説明会が終わった直後に申し込んだよ。戦闘部。」
倫也はあっさりと答えた。しかし、その答えに廻は思わず息を呑んだ。
「……どうした?」
「お前、頭でも打ったのか?なんで戦闘部なんか選んだんだ?」
「実験は苦手だから。」
廻は顔をしかめ、まるで「自分が今聞いた話がどれほど馬鹿げているか自覚してるのか?」と言いたげな表情をした。
倫也が廻の抗議を無視した直後、何かがテーブルの上に落ちる音がした。
「倫也……あんた、戦闘部を選んだの?」
最初に声を上げたのはリリコかと思いきや、実は凌奈の箸がテーブルに落ちた音だった。驚きを隠せない凌奈の隣で、リリコはまるで肩の荷が下りたような安堵の表情を浮かべていた。
「倫也!ありがとう!戦闘部の試験、一緒に受けてくれるんだね!」
声が少し震えている。もう少しで抱きつかれそうな勢いだ。どうやら彼女は本当にこのことを心配していたらしい。
リリコは急いでスマホを取り出し、申請フォームを記入して笑顔で送信した。一方の凌奈は何も言わず、落とした箸を拾い、黙々と食事を続ける。
「倫也とリリコが戦闘部か……リリコは分かるけど、倫也が選ぶとはね……」
倫也は今になって後悔し始めた。夕食の時間にこんな話をするんじゃなかった。次々と飛んでくる質問が、まるで尽きることのない蚊のように鬱陶しく感じる。
「さっきも言っただろ、俺は実験は苦手だから、戦闘部を選んだんだよ。」
「そ、そう……」
どうやらこの説明でも、灯ママを納得させるのは難しそうだった。でも、事実は事実だ。
まあいい。こんな話、数日もすれば誰も気にしなくなるだろう。