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アンダーワールド  作者: そのAaron
第一章 表と裏
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Layer-003

「どうした、どうした?」


「……どうするって? データのダウンロードは終わったのか?」


「もう完成したよ。」


「じゃあ、すぐに脱出しよう。」


警報音が二人の足音をかき消すほどの大音量だったため、廊下を全速力で駆け抜けても人間の耳では察知しにくい。


逃げる途中、リリコは腕に装着した電磁ガントレットを起動し、倫也は電磁刀を形作る。


目の前に立ちはだかる警備員がいれば、そのまま強行突破するだけだった。


リリコが階段を駆け下り、建物に入った時と同じ扉へ向かおうとした瞬間、倫也が彼女の手を掴み、動きを止めた。


事前にスキャンを発動し、外の状況を把握していたのだ。


「上に戻る。やつら、もう外に集まってる。」


「わ、分かった!」


二人は二階へと戻り、窓の前に立った。


その時、建物内部の防衛ロボットが彼らを感知し、こちらへ向かってくる。


「倫也、倫也、どうするの?」


「廻が、できるだけ見つからずに依頼を終わらせろって言ったよな?」


「うん、それが?」


「後で一緒に謝ろう。……殴る準備しろ。」


「え、ちょっと、何する気——」


倫也の背後に、四本の電光が瞬時に生まれ、それぞれが打刀の形状へと変化した。


次の瞬間、空間を裂く電光が周囲の壁を引き裂く。


光が消えた後には、焼け焦げた跡だけが残った。


足に力を込め、倫也はその場から跳躍。


リリコは即座に前へと踏み出し、その場を受け継いだ。


腰の回転が肩へ伝わり、肩から腕へ、一連の流れが電流に満ちた拳へと集約される。


そして、細かく分断された壁の破片を外へと殴り飛ばした。


「それで、次は?」


「そのまま飛び降りる。」


砕けたコンクリート片を盾にしながら、二人は警備ロボットたちの頭上を飛び越えた。


しかし、警備ロボットに赤外線センサーが搭載されているのは当然とも言える話だった。


すぐに二人の位置が捕捉され、銃撃が開始される。


次々とプラズマ弾が頬をかすめる。


リリコは慌てて立ち上がると、倫也の腕を掴み、敷地の外へと走り出した。


「先に行け。」


浮かび上がる二本一組の電磁刀が、翼のように倫也の背後へ展開される。


電刀は空間を切り裂きながら、不可侵の領域を作り上げた。


その刃は極めて正確にプラズマ弾を弾き、接触面で斥力を発生させることで軌道を逸らした。衝突によって生じた電光が、薄暗い環境の中でまるで星のように瞬く光点を作り出していた。


「冬の大三角」はこれまで数々の依頼をこなしてきたが、


槍弾嵐の中での戦闘は倫也にとって初めての経験だった。


複数の「エレマグネコンストラクション」を同時に制御する激しい負荷が、

彼の精神力と集中力を少しずつ削り取っていく。


そして——

突然、電刀が背後へと引っ込み、操作者の体が地面に膝をついた。


「おい!」


リリコは慌てて駆け寄る。


温かい紅色の液体が倫也の鼻と左目から流れ落ち、次の瞬間、彼の顔色は急速に青ざめていった。


「……君、あたしのこと今日初めて知ったわけじゃないでしょ? 置いていくなんてありえないじゃん!」


『すまんな、お前たち、一人も逃がす気はない。』


園区の門の方向へ視線を向けると、いくつもの赤い光が空気を焼くように揺らめいていた。


その光が次第に輝きを増し、リリコは光の反射を通して、その正体を見極める。


——装甲。


おそらく遠隔操作型の機体だろう。


地表の人間たちは、わざわざ自ら前線に出て死ぬほど愚かではないはずだ。


高さ三メートルほどの装甲は、高硬度合金によって全身が覆われ、その関節部にはプラズマ流動管が組み込まれている。


装置が起動するたび、全身を走る電流が威圧感をさらに増大させた。


装甲は二人を見下ろし、何かを思い出したかのように首を傾げた。


『……まさか、貴様ら、「冬の大三角」か?』


「冬の大三角」の名前が相手の口から発せられた瞬間、リリコは咄嗟に倫也へと視線を向けた。

しかし、倫也はすぐに手を伸ばし、彼女の頭を正面へと押し戻した。


——まずい。


二人とも、経験不足が露呈している。


その反応が、自らの正体を白状しているも同然だった。


『ブラックマーケットでそれなりに名の知れた組織だが…… まさか、メンバーがこんなガキとはな。まあ、それにしても、こんなガキどもに侵入を許したのは、我々の失態ってわけか。』


装甲は勝手に納得したような口調で、一方的に話し続ける。


まるで、「冬の大三角」を取るに足らない存在と決めつけているかのように。


——だったら。


リリコは一切の迷いもなく、右拳を振り上げた。


そして、そのまま装甲の胸の位置へと拳を叩き込んだ。


『え、冗談だろ——!?#@$!?』


「え? 思ったより脆い……」


リリコ自身、驚きを隠せなかった。


地表の技術ならば、電磁装置を併用した自身の拳撃に耐えられると思っていた。


しかし、ガントレットの威力増幅すら起動する前に、装甲は貫かれていた。


「今のうちに……逃げるぞ!」


「……あ、そうだね!」


リリコは倒れかけた倫也を背負い、一気に園区の外へ駆け出す。


そして、二人は路地裏へと姿を消した。背後には、呆然と立ち尽くす機械たちが取り残されていた。


園内のロボットたちは追跡をやめたものの、今度は地上の警察に追われるのは目に見えていた。


いや、それにしても地上の警察はなんて優秀なんだろう。莉莉子が園区を出てからまだ二十秒も経っていないのに、もうサイレンの音が聞こえた。


「……迴が立てた脱出計画、覚えてるよな……?」


「バカにしないでよ!次の角を曲がったら、そのままずっと左ってやつでしょ!」


「目の前の角だよ! ぐっ……」


「いいから、あんたは休んでなさいよ! 目から血を流してるの、マジで怖いんだけど!」


サイレンの音が次第に近づくにつれ、リリの走る速度も上がっていった。


太腿の筋肉を締め、重心を低くし、背中で揺れる倫也の衝撃を最小限に抑えながら、一気に地面を蹴って路地を飛び出し、歩道の中央へと降り立つ。


突然現れたフード姿の人物と、迫るサイレンの音に、周囲の人々が騒ぎ始める。しかし、莉莉子にとって気にしている暇などない。彼女に必要なのは――「指示に従うこと」だけだ。


人間と機械が、大通りでのチェイスを繰り広げる。


次の角にたどり着くまでの間、彼女は異常な跳躍力を活かし、時には車の屋根を飛び越え、時には建物の壁を蹴り上げ、また地面へと降り立った。そのあまりの機動力に、分散して追跡するロボットたちでさえ、追いつくことができない。


最初の角に到達すると、背負った倫也の様子を確認しながら、リリコは体を回転させ、勢いを横方向に変えつつ素早くターンを決めた。ロボットたちもそれを追う。


高度なAIを搭載しているとはいえ、ロボットの外装には制約がある。この狭い路地には、一度に一体しか通れない。


そのおかげで、リリコと倫也は第一波の追跡者たちを簡単に振り切り、次の通りへと跳び出した。


――そう、彼女が降り立ったのは、車道の中央にある分離線の上だった。


左右を行き交う車が風を巻き上げ、耳元で轟音を響かせる。


屋根伝いに追ってくる第二波の警備ロボットたちを見て、リリコは走法を切り替えた。先ほどまでの上下の動きではなく、車道の分離線をひたすら走り抜ける戦法に変えたのだ。


車道では、ロボットたちは周囲に被害を出さないためにホバーモードを起動せざるを得ない。となれば――。


ロボットたちは任務遂行のため、一斉に空中へと浮き上がる。


色とりどりの街の光が、猛スピードで伸びていき、音のすべてが風と混ざり合いながら背後へと流れ去る。


それでも、リリコの動体視力は、街の一つ一つの景色を正確に捉えていた。


「次の角は――」


再び跳躍。角の壁を蹴り、一度対岸のビルの壁を踏んで、更に跳ね上がる。一気に民家の屋根へと着地した。


「……ったく、地底じゃ高級住宅地にしかないような家が、地上だとこんなにポンポン建ってるの?」


数十棟もの立派な家々を目にし、思わず動きが止まりそうになる。


だが、後ろから迫るサイレンに気づき、莉莉子は慌てて屋根を蹴り、次の路地へと左折する。


「ねえ倫也、あと何回左に曲がるの?」


肩越しに顔を覗かせた倫也が、流れ去る景色を確認する。しかし、あまりの速度で移動しているせいで、目当ての場所を認識するのに手間取った。


「……警告標識が見えたら教えてくれ。」


「了解! じゃあ、スピード上げるよ!」


「まだ上がるのか!?」


その後の追跡劇は、ほぼ跳躍とターン、加速の繰り返しだった。


何度か左折を繰り返すうちに、すでにロボットたちの姿は視界から消えていた。


そして――。


リリコの目に飛び込んできたのは、先ほど曲がった路地の先、赤いホログラムで投影された警告メッセージ。


「立入禁止」。


その標識の奥に見えたのは、先ほど二人が潜入した研究施設の側面の出入り口だった。今はもう閉ざされている。


「……戻ってきちゃったね。」


「疑うな。ここで合ってる。おろしてくれ。」


「ねえ倫也、今回、私ちょっとは役に立ったでしょ?」


「ああ、よくやった。ありがとう。」


リリコは慎重に倫也を地面へと下ろし、支えながら立たせた。


「で、ここで待機ってことでいいの? まだ監視カメラとかあるんじゃない?」


「君が走ってる間に、すでに妨害しておいた。」


「だから! 休んでろってば!」


倫也は再び「エレマグネコンストラクション」を発動させ、電磁パルスで周囲の電子機器を無力化すると、二度目の研究施設への侵入を開始した。


「……あそこだ。」


植え込みの隙間に視線を送ると、深い色の大きなバッグが転がっていた。


簡易的な電磁シールドが施され、警備のスキャンを回避するための処理がなされたバッグ。


「いつの間にこんなのを置いたんだ?バレたりしないのか?」


「……あのクソ天才、まさか……!」


「まさか何?」


「最初から、騒ぎを起こす可能性まで考えて、ここに準備してたってことだよ、この袋もな。」


「え、どういうこと?」


「最初の左折の角……迴が教えた場所、君と僕とで違ったんだよ。もし僕たちが失敗したら、君は僕の指示を信じて動くはずだろ?そうなれば、僕たちはここにたどり着く。逆に、依頼が成功すれば、予定通りの合流地点へ向かうってわけだ。それに、袋を園区の中に置いた理由も、外の警察は研究所の許可がないと園区内で自由に捜査できないからだ。園区の警備を担当しているのは研究所側の機関だからな。」


「おおっ!ってことは、この袋の中身は?」


「変装用の服だろうな。」


袋を開けると、中には私服が二着入っていた。


「顔も変えなくていいの?」


「地底製の変装装置は干渉を受けやすいんだよ。特に、電磁装置だらけの地上じゃな。最悪、次の瞬間には顔が二重に分裂して見えるかもしれない。それに、機械を誤魔化すのは簡単だけど、人間の目を騙す方が面倒なんだ。とにかく、街の人間にバレなきゃいい。……僕の服を寄こせ。」


リリコは男物の服を倫也に渡し、そのままその場で着替えようとした。


一方、倫也は何も言わずに低い壁のそばへ移動し、静かに服を着替え始める。


「さて、この路地からどうやって出る?」


「別の出口を使う。そして……迴と合流するぞ。」

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