表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンダーワールド  作者: そのAaron
第一章 表と裏
3/48

Layer-002

地底から地表へ行くには、地底第10層に設置された特殊なエレベーターを利用する必要がある。だが、必要な証明書を持たない地底住民は搭乗を禁じられていた。たとえ証明書があったとしても、地表勢力からの保証書がなければ、スマートフォンを含むあらゆる電子機械の持ち込みは許可されない。


――そんな制約の中、電磁装置を身につけた三人が通過した方法は、実に単純だった。


「……そのまま通ればいいだろ」


廻はリリコと倫也を連れてエレベーター搭乗口へ向かうと、登録パネルに必要な情報を入力し、電磁検知ゲートを通過する。


案の定、警報は一切鳴らなかった。三人は何事もなくエレベーターに乗り込む。


「倫也、『エレマグネコンストラクション』の制御がどんどん上達してるみたいだね」


「依頼人の言った通りだよ。毎回の依頼が、僕に精密な電流制御を強要してくる。結局、自分で電磁学やベクトル解析を勉強する羽目になった。」


これは、倫也が持つ特殊な技能――「|エレクトロマグネティック《Electromagnetic》・|コンストラクション《Construction》」、または「エレマグネコンストラクション」とも呼ばれるものだ。

ある装置を通じて電流と意識を同期させ、自在に操る技術。


しかし、この技術を使いこなすのは極めて難しく、生まれつきの才能があるか、長年の鍛錬を積んだ者にしか扱えない。世界の人口が500億人を超える中で、この技術を習得した者は500万人にも満たない。


電流を操ると言っても、大半の人間は頭に思い浮かんだ直感的な物体しか形成できず、それも一度にひとつが限界だった。より高度な才能を持つ者になると、複数の同じ形状の物体を構築したり、異なる形状の物体を同時に構築したりすることができる。


ちなみに、倫也は「複数の同じ形状を構築できる」タイプで、その形状は、少し改良を加えた日本刀である。


こうして見ると、「冬の大三角」は知性・物理・魔法の三要素を兼ね備えた組織とも言えそうだ。


エレベーターの内部は、現在の階層を表示するモニターと周囲のガラス以外、百貨店のエレベーターと大差ない。ただし、地底エレベーターでは座席に座り、安全ベルトを装着しなければならなかった。


やがて、かすかに響く轟音を聞きながら、エレベーターは5層分を一気に移動し、地底第4層に到達する。


地底にありながら、このエリアは「地表」に分類される。


それは、西暦2603年に終結した「表裏戦争」によって決定された領域区分によるものだった。


現在、地底1~6層は地表側、地底10~15層は地底側として管理されている。そして、その間に位置する地底7~9層は「分界域」と呼ばれ、戦争の名残である廃墟が広がる中立地帯となっていた。


エレベーターを降りた三人の目に映ったのは、今まで見たことのない光景だった。


ネオンが輝く高層ビルが立ち並び、空を飛ぶ車両が行き交い、地底とは比べ物にならないほどの数の機械が動いている。見たこともない装置が至る所に設置され、道行く人々は高級な生地で仕立てられたスーツや制服を身にまとっていた。


生活水準の違いを、嫌というほど突きつけられる景色だった。


ただ、ここは地底と比べて光がやや不足しているように感じる。それも当然だ。この都市を覆う「建物の森」が、人工太陽の光を遮っているのだから。


「リリコ、驚いた顔をするなよ。地底出身だってバレるぞ」


「……あ、うん」


廻はタブレット端末を取り出し、研究センターの所在地を検索する。


「思ったよりエレベーターから近いな……徒歩で行こう。ついでに周辺の地形も把握しておく」


そう言って一歩を踏み出した瞬間、リリコは伸ばしかけた左足をそっと引っ込めた。


「どうした?」


「こ、この地面……地底とは全然違う……」


倫也は自分の足元を踏みしめる。確かに、地面から返ってくる感触が、地底の路面とは違っていた。


リリコがまたしても地底人らしい反応を見せてしまったため、廻は彼女の襟元を掴み、そのままエレベーター搭乗口から離れる。


下手に周囲の住民の記憶に残ると、いざという時に逃げるのが厄介になるからだ。



十分ほど歩いた後、三人はある交差点で足を止め、道路が延びる先を見つめた。


周囲にはほとんど民家がなく、低い塀で囲まれた施設が一つあるだけだった。


その施設の入口には「Medicinal Chemistry Research Center」と書かれた看板が掲げられている。


「ここだな。リリコ、周辺の警備の配置は?」


「そんなに厳しくなさそう。ロボットが多いね。その辺りは倫也に任せればいいでしょ?」


「次は、どうやってデータベースに侵入するか……」


三人は施設脇の小さな路地へと移動した。監視カメラの位置を確認した後、倫也が電磁波を発生させ、機器に干渉を加える。


それが終わると、迴はタブレットを片付け、ノートパソコンを取り出し、指を素早く動かし始めた。


それから三分も経たないうちに、迴は初期分析を終えた。


「データは研究センターの内部データベースに保存されている。でも、研究室のネットワークアドレスじゃないとアクセスできない仕組みになってる。強引な手段を使えば、防衛システムがどれだけ作動するかわからないな。」


「じゃあ、どうする?」


迴はUSBメモリを倫也に手渡した。


「いつもの方法で行く。ただ、ちょっと面倒だな。適当な起動済みの端末を探して、このドライブを差し込む。それで俺が遠隔でデータを抜き取る。けど、アクセスが完了した瞬間に抜いてくれよ。」


「倫也倫也!なんかスパイっぽくてかっこいいね!」


「全然そんなことない。それより、いつ決行する?」


「夕方だな。まずは逃走経路をしっかり確保して、できるだけ目立たないように動く必要がある。」




研究センター周辺のカフェを何軒か巡った後、時刻は午後六時を迎えていた。

人工太陽が徐々に暗くなり、街路灯が白い光を灯し、店の看板が次々と点灯していく。


昼間とは違い、夕方の街並みは黒いキャンバスに七色の絵の具を散りばめたような光景に変わり、そこに賑やかな人々の会話や機械の作動音が加わっていた。


「倫也、電子装置の処理は頼んだよ!」


「やるだけやるさ。」


フード付きのジャケットとフェイスマスクを身に着けた倫也とリリコは、研究センターの外にある細い路地で待機していた。


一方、迴は少し離れたカフェで待機し、全体の状況を見守っている。


スキャン開始。


エレマグネコンストラクションが発動し、格子状の球面が広がり、一定範囲を検知すると、空気中へと溶け込むように消えた。


環境の状況を確認すると、倫也は何事もないかのように路地から出て、普通に散歩をするような素振りで歩き始めた。リリコもすぐ後をついていく。


「きみ、僕を気にせずに一気に飛び込んでもいいんだぞ。」


「やだ、怖いもん。『エレマグネコンストラクション』があった方が安心する。」


倫也は右手首の黒い腕輪に視線を落とし、苦々しげに眉をひそめた後、静かにため息を漏らした。


「僕のこと、あんまり信用しないでください……でも、君にも怖いものなんてあったのか?凌奈姉さんの『挑戦理論』が好きなくせに。」


「失敗するのが怖いんだよ。挑戦って言うなら、あたしたちがこの依頼を受けた瞬間から挑戦は始まってるでしょ?」


二人は低い塀の前に立ち止まった。


一見すると普通の壁だが、その中には間違いなく多くの電磁装置が仕込まれている。倫也の直感がそう告げていた。


「失敗が怖いっていうなら、僕も同じだな。」


「また緊張してるの?そういえば、この前緊張しすぎて弾丸があたしの額をかすめた件、まだ清算してないんだけどね。」


「黙れ。」


倫也は腰の位置から小型の機械グリップを取り出し、同時に右手首のブレスレットが発光し始めた。


その光はグリップの先端に集まり、次第に外へと伸び、最終的に日本刀の形状を成していく。


電刀を振り上げ、空気を切り裂くように斬り下ろすと、塀には溶けた跡がくっきりと残った。


刀を収めた倫也が壁をよじ登ると、すでに園内にいるリリコの姿が目に入った。


「いつの間に?」


「倫也が壁を斬った瞬間に飛び越えたよ。」


倫也は振り返り、自分の身長とほぼ同じ高さの塀を見つめた。


「……まぁいい。進もう。」


二人は園区の隅にあるビルの側門の前に立った。


ドアの横には、倫也が地底では見たことのないタイプのセンサーが設置されていた。


──だが、こんなものは大した問題じゃない。


そもそも、こんな防衛システムを設計した連中は、まさか「エレマグネコンストラクション」の使い手に侵入されるなんて夢にも思わなかっただろう。


倫也は電磁パルスを放ち、センサーを直接破壊した。


固く閉ざされたドアは、リリコに任せる。


ただ、ドアノブを握り、そのまま内側に押す──

それだけで、ドアは簡単に開いた。


「次はパソコン探しだな。こういうのは手分けして探したほうが──」


「やだ。怖い。」


倫也は呆れたように目を逸らし、仕方なくリリコを連れて上の階へ向かうことにした。


この時間、研究員のほとんどは既に退勤しているか、まだ実験室で残業している。


廊下で他の人と遭遇する回数なんて、片手で数えられるほどだ。


──ここまでは、順調だった。


二人は三階に到着し、いったん階段のコーナーで待機する。


この階から先はすべて実験室だ。


ちょうどその時、一人の研究員が部屋から出て、二人とは逆方向へ歩いていった。


「僕がドアのロックを解除する。もし中に誰かいたら、ちょっと寝てもらえ。」


「了解!」


手首の腕輪が放つ電流が、外部から制御される。


特定の周波数を持つ電磁波が廊下の監視カメラをすべて無力化する。


この間に、二人はすばやくドアの前に移動し、「冬の大三角」が定めた侵入SOPに従って行動した。


ドアが静かに開く。


倫也は「スキャン」を発動し、ついでに実験室内の監視カメラにも特殊な電磁波を仕込む。


そのままリリコへ向けて人差し指を立てた──「中に二人いる」という合図だ。


彼女は軽く頷くと、静かに部屋の中へ踏み込んだ。


実験室には三列の机が並び、中央のパーティションで前後に区切られている。

各セクションには、それぞれ三台のパソコンが設置されていた。


運が良いことに、先ほど部屋を出て行った研究員の席は、一番手前の列にあった。

残りの二人は、それぞれ二列目の前方、三列目の後方に座っている。


一人目はちょうどドアに背を向けていた。

リリコは素早く接近し、左手でその研究員の額の側面を軽く叩く。

同時に右手で頭を支え、倒れる音がしないようにした。


この一撃で、軽い脳震盪くらいにはなっただろう。


彼女は身を低くし、机の縁に沿ってさらに奥へ進む。

残るもう一人は、こちらを向いていた。


だが、リリコが最初の研究員を無力化した瞬間、倫也も部屋に踏み込み、莉莉子を制止する。


そして、ポケットから外付けUSBメモリを取り出し、倒れた研究員が使っていたPCの本体に接続した。


リリコはスマホを取り出し、ブラックマーケット用の通信チャンネルを確認する。


そこには、迴からのメッセージが届いていた。

リリコは画面を倫也に見せる。


メッセージには、たった四文字──


「ダウンロード開始。」


──どうやら、仕事はここまでのようだ。


そう思った直後、警報が鳴り響いた。

いや、違う。それはこのビルだけではなかった。


園区全体に、耳をつんざくようなアラームが響き渡ったのだ。


「……冗談だろ?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ