Session 4
アリス
「んー、気持ちいー♪」
太陽の下でアリスが思い切り伸びをする。
研究所近くの公園は、元々閑散とした土地であることに加え平日の昼近くということもあって人はまばらだった。
アリス
「最高のデート日和だね~」
海斗
「そのことだけど。まずハッキングは禁止な」
アリス
「はーい」
俺の予定表を勝手に書き換えた件について、さすがに悪いことだったと理解しているのか、アリスは見るからにしゅんとした表情を見せる。
海斗
(ほんと、言われなきゃ人間にしか見えないよな……)
アリス
「それで、他には?」
海斗
「え? あ、ああ」
人間と遜色のない姿に思わず見入っていた俺は、アリスに向き直る。
海斗
「そもそも、これはデートじゃない」
アリス
「違うの?」
海斗
「広義に言えば含まれるのかもしれないけど、一般的には多分違う。恋人同士っていうのが前提にないと」
アリス
「そっかぁ」
気温、場所、俺の言葉や表情。
アリスに搭載されたプログラムは、この瞬間のあらゆる要素を分析して学習データを更新しているはずだ。
海斗
(ま、俺が偉そうに教えるのも変な話だけど――)
アリス
「わかった! じゃあ恋人になったら言うね!」
海斗
「!」
俺がやったら100%ドン引かれるであろう不意打ちも、アリスだと全然嫌に感じられない。
それどころか不思議なくらい魅力的で、俺は何気なさを装いつつ緩みそうになる口元を手で隠す。
アリス
「海斗?」
海斗
「なんでもない」
アリス
「体表温度が――」
海斗
「分析禁止!」
アリス
「なんで?」
海斗
「そりゃ……落ちるだろ、精度が。人間の女性にできないことされたら、練習の精度がさ」
頭をフル回転させてそれらしい理由をひねり出すものの、我ながら下手くそすぎる。
海斗
(なんなんだ、これ……)
俺たちの関係は恋人じゃないし、これはデートでもない。
それでも、恋は人をバカにするというどこかで聞きかじった言葉の意味が欠片ほどは理解できた気がする。
アリス
「うーん……よくわからないけど、海斗が嫌がってるのはわかったから。もうしないね」
アリスは微笑みながら細い小指を差し出してきた。
海斗
「……ん」
さすがに男にとって都合が良すぎる展開な気もするけれど。
そんな気持ちに都合よく蓋をして小指を絡めると、アリスは手をぶんぶん振って指切りの歌を歌い始める。
アリス
「指切りげんまん嘘ついたら……」
アリス
「何飲ます?」
海斗
「え、普通に針千本でいいけど……」
そう答えた時、ふとひとつの疑問が湧いた。
海斗
「そういや飲み物は飲めるのか?」
アリス
「うん、ご飯だって食べられるよ。エネルギーに変換できるのは電気だけだけどね」
海斗
「なるほどな。ってことは、排――うぶっ!」
アリスの拳がお腹に刺さる。
海斗
「ごめん、今のは俺が悪い」
アリス
「ん」
初めて見る少し怒ったような顔も、整った造形のせいで無性にかわいく映る。
海斗
(機械、なのにな)
基本的に寛大とはいえ、なんでもかんでも受け入れてくれる機械ではない。
それを知ったことで彼女にさらなる人間味を感じたせいか、昨日はすぐに冷めた体の熱も、胸の鼓動も、今日は何やら様子が違う。
海斗
(……こんなにチョロかったのか、俺)
暴かれた自分の一面に戸惑いを覚えつつ、その後も俺はアリスと共に騒がしい1日を過ごすのだった。
……
…………
一方、その頃――
政治家
「お待たせしたね」
結望
「いえ。ご足労いただきありがとうございます」
美しい秘書を伴って現れた政治家が、応接室の椅子にドカッと腰を下ろす。
アンドロイド
「お飲み物はいかがいたしますか?」
政治家
「結構。すぐに戻る」
アンドロイド
「承知いたしました」
給仕係のアンドロイドは部屋の隅へ移動し動きを止める。
最新型ということもあり、一般に普及されている型よりは遥かに人間に近い動作が可能なものの、それでもアリスとの間には明確な差があった。
政治家
「どうだい? 新型の開発は」
結望
「現状はスケジュール通りに進行中です」
政治家
「それは何より」
政治家
「アリスはあのデク共とは違う、我々の未来を担う存在。くれぐれも頼みますよ」
政治家
「莫大な費用を食いつぶしておきながら後世に何も残せない。なんてことは……ね」
政治家は部屋の隅に控えるアンドロイドを見ながらそう口にした後、秘書を伴って部屋を後にした。
結望
「会議終了、清掃を開始してください」
結望
「……塵ひとつ残さないように」
アンドロイド
「承知いたしました」
クリーナーのモーター音が響く中、結望が部屋を後にする。
その腕に巻かれた最新型のウェアラブルデバイスには、深呼吸や瞑想を推奨するメッセージが表示されていた。