第十二話 否決
「足、上げてください」
平川先生は新聞紙を広げ、足を組み、ソファーでくつろいでいる。
「足!上げろ!」
掃除機をかけている俺には邪魔な行為だ。
聞く耳を待たない平川に、俺は呆れる。
金というものはここまで人を変えるのか。
無理やり掃除機を突っ込んでるところにアパートのインターホンが鳴った。
「レン。いけ」
俺は渋々、玄関のドアを開けた。
「あの……ここって、平川屋ですよね……?」
そこには十歳そこらの少女が立っていた。
「そうだけど……えっと……君、年はいくつかな?」
戸惑う俺に少女が答える。
「十一です!」
少し奥手な声だが、目は輝かせている。
「とりあえず……中に入ろっか……」
そう言い、中に案内する。
「こりゃまたすごい人が来たね~」
何様気分だと言いたくなる態度の平川先生と、オドオドしながら空いている席に座る少女にお茶を出す。
「ここに来たってことは……頼みたいことがあるってことだよね?」
「はい!そうです!」
元気な声だ。この子はお金の恐ろしさを知らずに、無粋な心で生きてほしいと願ってしまうほどに。
「さっそく、聞いてもいいかな?」
嫌われないように不細工な笑顔で喋りかける。
「最近、この商品を買わないかっていろんな人が家に来るんです」
深追いしないように、少女が自分のペースで喋れるように相槌を打つ。
「私の親はいつも忙しくて、おばあちゃんと一緒に過ごしてる時に来るからどうしたらいいか分からないんです」
「要約すると、営業の断りかたを教えてくれってことだな」
平川先生が話をまとめ、報酬の話に進む。
俺は期待は全くせずに優しく聞く。
「一応、商売だから……お金はかかるけど……」
少女は肩に掛けていた財布を開きお金を出す。
「どうぞ!一万円です!」
「「え?」」
さすがの平川先生も驚く。
「だ、大丈夫なの?一万円は高いよ?」
動揺しすぎて、訳の分からないことを聞く。
「おばあちゃんがこれをもってけって……私のお小遣いじゃないけど……」
普通は少女に一万円は持たせない。
ただ俺は最近の時代の変化、多様性のご時世、そして少女を悲しませないと押し黙る。
「まあ、とりあえず対策法を考えるか」
平川先生は依頼の本題に切り替えた。
「営業の断りかたか~」
俺は呟き、頭を動かす。
「ちなみに、おばあちゃんは何歳?」
平川先生は聞く。
「確か、八十なんとかだったと思います」
八十越えの老婆と十一歳の少女。これだと強くは断れない。
「小学生に一万円を待たせるところから、この老婆はボケてるな!」
ド失礼なことを言う。
ただ事実なのは確かだ。
そうなると頼れるのはこの少女だけだ
その少女は不安そうな目でこちらを見る。
「なあ、レン。そもそもなんで営業が来ると思う?」
「そりゃ、売り上げのためですかね」
「そうだな」
当たり前のことを聞く。
「じゃあ、誰に対してものを売れば効率よく稼げる?」
さらに質問がけをする。
「金持ちとか、断れない人」
「それもそうだ」
平川先生がなにをしたいのか分からない。
「まあ何が言いたいのかっていうとな、一番金を持ってる年齢層は高齢者なんだよ。バブルの時を経験し、さらに年金をもらってる。さらに高齢者は断りにくいんだよ」
「それは違いますよ。高齢者ってのは頑固な人が多い……と思います」
偏見だから強くは言えない。
「年を重ねるほど、人ってのは心配性になるものだ。その心配に漬け込み、安心を買わせる。これが営業のやり方さ」
「それが今回の依頼となんの関係があるんですか?」
「今回、営業に関して決定権があるのはおばあちゃん、つまり老人だ。断っても、次なら考えが変わるかもとまたやってくる。根本的な解決が必要なのさ」
その根本的な解決が難しい。
「どうしたらって顔だな」
「実際問題そう簡単じゃないですよ」
「まあ、難しく考えるな。二度と来たくないと思わせるには、嫌な人間を演じればいい。話しをしていること事態が不快に感じたら、多分もう来ないだろう」
確かにと頷く。
その時、平川先生は紙を取りだし手を動かす。
「君。スマホは持ってるかな?」
先生は少女に問いかける。
「あります!」
「よし!じゃあレン。この紙に書いてることを言ってくれ。感情をこめて」
そう言い少女のスマホで録音を起動させる。
「えー。あなたがしていることは人の良心に漬け込み、安心と言う名目で騙しをしている職業です。必死に勉強して、必死に就活して、その頑張りが報われると思っていたのに、現実は上司に頭を下げ、顧客にも文句を言われる毎日。それがあなたの人生のすべてです。それよりあなたの後ろにいる、髪の長い女性がこちらに用があるみたいなので帰ってください」
職業批判、人格否定、さらに関わったらいけない雰囲気を醸し出している最高に最低な文章だ。
「よし!録音できた。もし、営業がきたらこれを流したらいいからね」
「ありがとう!お姉ちゃん!」
一万円を置いた元気な少女は帰っていった。さながら、娘を見守る父親の気持ちが湧いてきた。
「なんでこんなこと俺が言わなきゃいけないんだよ」
「それがレンの仕事だからさ」
こんなことしたくなかった。
「平川先生。なんか気分いいですね」
「あぁ、お姉さんなんて言われたらそりゃ気分もよくなるわ。よし!焼肉でも奢ったるぞ!」
「さすが!綺麗なお姉さんですね!」
人の金で食べた肉の味は、天使が授けたこの世の幸福が詰まっていた。
誤字脱字があったら教えてください。評価をしていただくと続きを書くモチベーションが上がるので、ぜひお願いします!




