第十一話 勝負師
今回は少し書きすぎたので時間があるときに見てください
空模様は怪しく、雑居ビルの佇まいは威圧感がある。
今宵も同じ入口に立つ。
「さ、行くか!」
平川先生の意気が伝わっていく。
とうの俺は先生とは真逆の気持ちだ。
「どうだレン。少しは思いついたか?」
俺の様子に気にかけてくれる。
「少しは、ただ勝てるとは思わないですけど」
「言ってみろ」
笑顔で迫ってくる。正直怖い。
「平川先生が言ってましたよね。一から十三が四枚づつの五十二枚って。ということは出た数字を覚えていけば、山の最後の方は何の数字か検討がつく。そこが勝負だと俺は思います」
夜通し考えたがこれしか思い浮かばなかった。
「いいじゃないか。ただ他にも勝負所はある」
俺が何か言う前に平川先生が口を開く。
「まぁ、今夜は晴れだ。楽しくいこう」
そう言い残しビルの中へと入って行った。
中に入ると、昨日と同じ小太りの男性が出迎える。
「お越しいただきありがとうございます。今夜も一人ですか?」
「あぁ」
「では、案内します」
小太りの男性についていく。
ふと気になり周りを見渡す。
やはり視線がこちらに向いている。ただなぜか笑っている人が多い。
「なんか、周りからバカにされてるような視線があるんですけど」
すると平川先生はごく自然な感じで答える。
「そりゃそうよ。昨日あんなに負けたじゃないか。むこうからしたら私たちはカモだからな」
「確かに。でもなんか気に食わないです」
「心配するな。昨日言っただろ。負けることに意味があるって」
その言葉で俺は昨日の発言を思い出す。
「結局、どんな意味があるんですか」
「カモに認定されることだよ。レンは、弱い相手にはどうやって勝負する?」
俺は少し間を置き答える。
「強い相手と勝負する時を考え、手を抜きます」
「そこだよ。手を抜くところ。本来の力は出さない。その油断を誘い出すために、昨日は負けたのさ」
なるほどと相槌を打つ。
「着きました。どうぞお座りください」
案内されたのは昨日と同じ場所、そして昨日と同じスーツを着た男性がいた。
「早速やるか」
平川先生は男性とアイコンタクトを取り場にあるトランプを引く。
この瞬間、俺らの運命の勝負が始まった。
昨日と同じ手札は強い。ただ、これは仕込みだ。俺は動揺しない。平川先生も同じ様子だった。
一巡目は大きい数字同士の対決でこちらの負け。これも昨日通りだ。
そして二巡目、平川先生は手札を見るや否やいきなり全財産を賭けに出た。
「は!?さすがにやりすぎでは」
思わず声が出る。
「手札を見ろ」
そう言われ俺は引いたトランプを見る。
そこには十三と十二が混じっている。
「強いトランプは上に集める。ただ強いトランプにも余り出る。その余りが出る二巡目が勝負所さ」
俺は納得する。
スーツの男性は焦った顔をしていた。
結局、この巡目は勝つ。
そして数巡後、また平川先生は全財産を出す。
俺はそれを見て急いで先生の手札を見る。
「トランプの十二と十三を抜いたら一番大きい数字はなんだ?」
平川先生の質問に俺は答える。
「十一ですよね」
「その通り。この手札を見ろ。十一が三枚、そしてもう一枚も十一はもう場に出た。十一が四枚目の時、それも勝負所だ」
この巡目も勝つ。
男性は焦りを隠せない。なぜならこの時点で、勝った金額は百万円を超えていたからだ。
そしてもう一つの勝負所、山の終盤も勝つ。
男性は焦りを通り越して、怒りで震えていた。
「もう今日はこの辺で……」
精一杯震え声を抑え、帰りを促すスーツの男性。
「なに言ってんだ。まだまだこれからさ」
平川先生は煽るように答える。
男性は怒りでその場を立ち、こちらを怒鳴ろうとする。
その瞬間、スーツを着た男性は入口を見たまま動きが止まり顔が真っ青に染まり尽くす。
俺は男性の目線の方向を見る。
入口から入ってきたのは和服を着た初老の男性だった。
杖を突きこちらに歩みを寄せる。
固まっていたスーツの男性は動き出した。
「き……今日はどのようなご用件で……」
震えた声だが、怒りとは違う。怯え、戦き、服従の声だ。
「ワシが来たのに案内もせんのか」
その初老の言葉にスーツを着た男性は急いで周りに指示を出す。
「おい!椅子とお茶を出せ!」
周りは焦りながら指示に従う。
「なんで組長がここに来たんだよ……」
周りの呟きの声が聞こえ、俺も震え上がる。
「平川先生!ヤクザと繋がりがないって言ってたじゃないですか!」
平川先生に耳打ちをする。
「そう思っていたが違ったか」
平川先生もいつもと様子が違った。
初老の男性はこちらの机に腰掛け、スーツの男性に目を合わせながら口を開く。
「お前の仕事ぶりを見に来たんだ。ワシの組の傘下に入りたいんだったな?」
その言葉を平川先生は聞き何か閃いた顔をした。
「平川先生……。どうしたんですか」
小声で聞く。
「この勝負、勝ったな」
確信した声で呟いた。
「さあ、続きを始めたまえ」
組長の言葉には逆らえない。そう悟った様子のスーツの男性は勝負を続行した。
トランプが追加され勝負が続く。
平川先生はこの機を逃さなかった。
動揺は焦りを誘い、焦りはミスを誘う。そしてミスは動揺を誘う。この流れに陥った相手に勝つことはたやすいことだった。
手持ちの金額が三千万円を超えたころで、初老の男性は席を立つ。
「まってください……」
スーツの男性の言葉には余裕がない。
「何だ?こんな無様な勝負をして、さらには貸した金すら溶かすとはな」
何も言い返せないスーツの男性。
初老の男性は入口に止まっていた黒い車に乗って去って行った。
「さて、こちらも帰るか、レン」
それを聞き帰りの支度をしていた俺の耳に、スーツの男性の嘆きが聞こえた。
「これからどうしたら……」
光がない目の男性に、平川先生は近づき口を開く。
「お前に助言をやろう」
男性は藁をも掴む気持ちで聞く。
「これからはヤクザとは関わるな。大金を得たいのなら地道に努力しろ」
男性は俯く。
「と言いたいところだが、この私を見たらそうは言えない」
「なにが言いたいのですか……」
「お前にはカリスマ性がある。現に、こんなにもついてきた人がいるじゃないか」
俺は黙ったまま様子を見る。
「あと足りないのは勝負心だ」
「勝負心って何です?」
俺は思わず聞く。
「この世で成功、大金を得たいのならどこかで必ず勝負をしなきゃいけない。その相手は自分より身分が上の人、詐欺師、己自身、何かは分からない」
さらに平川先生は続ける。
「その時に勝負心が大事なんだ。勝負心を養えば絶対負けない」
男性は黙ったまま平川先生を見つめる。
「その勝負心を構成する要素は二つ。一つは相手の実力を完全に見分けられるか。これが出来なかったら話にならない。勝てる勝負を落とし、負けるときはことごとく負ける」
「もう一つは……?」
男性は聞く。
「もう一つはタフな精神力。たとえどんな相手、状況でも絶対に揺れない。それが組長だとしても……」
「どうしたらそれが鍛えられるのですか……?」
「とにかく場数を踏め。勝負を見るだけでもいい。相手が何を考え、どうしてこの手を打ったか思考しろ。それさえできればお前は必ず成功する」
断言した発言にスーツの男性は希望を取り戻す。
足取りは悪いが部屋の奥へと消えていく。
その足跡は力強かった。
空港を出て、アパートに向かっているタクシーで俺は平川先生と話しをした。
「さすがの私でも今回はひやひやしたぞ~」
「そりゃそうですよね。組長が出た時は俺、心臓止まりかけたですもん」
雑談をしている俺はお金が入っている鞄を見る。
「この千五百万。何に使おっかな~。前、タケルに奢ってもらったし、奢り返っそかな~」
そう夢を語る俺。
「レンに渡し忘れてたな、はいこれ」
俺は愕然とする。
「なんすか。これ」
「五万」
「なんで」
「お前。なんもしてないじゃん」
何も言い返せない。事実だからだ。
「大金を得たいのならな~……」
その平川の説教を聞き、俺はいつか見返そうと心に決めた。
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