人はそれを愛と呼ぶんだぜ
「色々聞かせろ」
「色々言わねえ」
巨槌でビサニティ側に最大で広さ数百キロメートル、高さ数千メートル級の大小高低様々な隆起・沈降を発生させた戦場を後にする赫鴉と黒狼。
二人は事後処理を兵・部下に任せて、長城砦に先んじて戻っていた。
「じゃあ勝手に聞く」
赫鴉を先頭にして、黒狼が追っている。
その形であわただしい砦内の廊下を早足で進む。
「なんであの鉄塊から、これと同じ気配がした?」
戦端の発起とも言える『身を削ぐ』気配。
禍々しいそれが、何故あの鉄塊からも発せられていたのか。
「お前のあの演説はどういうつもりだ?」
『天を指し、それを降ろす』──、つまり天=皇帝を指し=刺し、降ろす=退位を連想させる仕草までして世界征服を宣言した戦場での演説の意図とは。
「それで今、何処に向かっている?」
「白星んトコ」
赤髪が突き当たりにある昇降機の操作盤の下行きへのボタンを押す。
間をおかず開いたそれに二人が乗った。
「……ようやく口を聞いたな」
「人払い出来たしな。オメエんトコの連中に聞かれると、今は色々面倒臭え」
「今は、か……。いずれということか」
「ソレは割と近いかもしんねえかもだ。それより白星のことが気になんだろ?」
長城砦最下層についた二人は昇降機を降りて、一本道を突き進む。
「ああ。初めて会った時から中身の気配が追えなかった」
「アイツ、テメエがバケモンだってつうのを認識してっからな。隠形は得意だ」
「匂いや形は追えても、本質たる勁の特色を悟らせなかったのはそのせいか」
そうだ、恥ずかしがり屋なんだぜ、と夫は片目を閉じて視線を黒狼に送る。
送られた側は鬱陶しそうに一瞥するが、舌打ちをしただけで済ます。
その直後に口を開く。
「では、何故今になってこんなボロを出すことをしている?」
「さっきので察しろよ」
「今俺だけでも言質を取るべきだろう」
赫鴉から大きな呼吸。
肩をすくめた彼は、一瞬天井に目を移す。
「……実を言うと、俺ですら今日知ったことがある」
「何?」
「今のは前振りだ。ソレ言うの前にアイツ──、白星が十数年前に再出現した時の姿からだ」
「随分と長くなりそうだな?」
「だぜ? まあ、ノロケ話だと思って聞き流せよ。の、前にご対面だ」
大きい凹凸のある耐爆扉の前に立つ二人。
赫鴉が触れようとすると、勝手に開いた。否、倒れた。
「あら、継承一位」
「これこれ、皇太子殿下と呼ばんか」
目に痛い程の白に、大小様々な破壊痕が目立つ大部屋があった。
その中に大きめの診療ベッドが一つ。
そこには病衣の蒼白い肌の白星が寝ており、近くの椅子に血まみれのエンルマがいた。
「……思ったより平気そうだな」
「おやおや、継承一位の『魔識』も、思ったより大したことがないですね」
「そのザマで強がっても滑稽なだけだぞ」
「おいおい、人の嫁が可愛く強がってんだぞ? ちったあ無様に怖がれよ」
「二人揃って不敬をやめんか! ……失礼、皇太子殿下。ワシは少し席を外させてもらうでの」
では、と一見幼女のエルフは倒れた扉から跳んで部屋からでた。
の前に、赫鴉の横で彼女は、
「ワシが話してもいいんじゃぞ?」
「有り難うな、師父。でも、話さなきゃいけないことだ。ソコを人に譲っちゃいけねえだろ」
「……全く、難儀じゃのう」
そう言って、今度こそ出ていった。
「俺はベッドでいいから、椅子座っとけ」
夫は靴を脱いで、ベッドに上がると妻を抱き寄せて、胸に収めた。
「なに、いきなり営みを始めようとしてる?」
「違います。万一私が暴れ出したときに押さえ込めるように、という建前です」
「それを言ったらお仕舞いだろうが。というか、数百万人殺してなお、釣りのくる致死量麻酔食らってソレか」
黒狼は足元の幾千と転がる無針注射機構付きのアンプルを蹴飛ばしながら、鬱陶しそうに答える。
「わふっ」
「まあまあ、とりあえず、話を聞いてくれよ」
赫鴉はインナーをまくり上げて、その下に白星を入れ込んだ。
「……なんでお前らはいちいち特殊な形にしないと話せないんだ?」
「羨ましいか? やらねえぞ?」
「両乳とも私のモノですよ?」
あふぅ、と赫鴉がビクリと身を軽く跳ねさせた。
「分かった、分かった! 話が進まないから、聞いてやる! だから乳繰り合うのをやめろ!」
皇太子は軽い破裂音を足元から複数響かせて、乱暴にベッド近くの椅子につく。
「……で? 十数年前の白星とは?」
黒狼は単刀直入に切り出す。
「そうさな……、股と乳からヘソの緒が無数に垂れてた」
「……いきなりだな」
聞いた側の顔がより一層濁る。
話す側は特に気にせず、服の下で胸をもてあそばれながらそれを撫でていた。
「まあ、そう身構えんなよ。過ぎたことだぜ?」
「俺にとっては初体験だ。叫ばなかっただけ上等だと思え」
「あら、意外と貞淑でいらっしゃるのですね。もっと食い散らかして、泣かしてるかと」
黒髪は半目になるが、「次だ」と先を作る。
「今回の襲撃で分かったこととは?」
「孕み袋の中身とその種主人。ま、その中の一つと種主人の出身地がビサニティって分かったくらいだ」
座る男は更にシワを複雑にする。
何度も天と地に視線を上下させながら、息を深くしながら、いくばく経ってようやく寝る男と彼の服に潜り込んでいる獣に焦点を合わせる。
「お前はそいつの子供に手をかけたのか?」
「ああ、コイツが願って、俺が望んだ。それで選んだ」
あまりにも呆気ない肯定であった。
「……どれほど産んだ?」
「覚えてられないほどには。ああ、間違えました。最初の三匹は覚えています。六足に桜色の体毛と外皮。一卵性多胎ですね」
母に相当する獣からの申告。
「今回、のではないのか」
「なにせ百年ほど前になりますので。けれど、毎日産んだ感覚はあります。種の主は性格が悪いらしく、狂うことを許しませんでしたので」
「けどコイツの記憶現像にゃ、ボカしが入ってたからな。シュミ悪い上に、記憶隠蔽とはコスっ辛くて仕方ねえ」
赫鴉が投影端末の一枚を黒狼に送る。
膨れた腹にまたがるボヤけた人型の影があるのみだった。
忌々しく見た彼はそれを叩き割って向き直す。
「なんでお前はその経験をして、人の隣にいられる?」
「さあ? ただ、どこかの大馬鹿は飽きもせず付き纏ってきましたね。そうして、気付いたら平気になっていました」
「おいおい、師父を忘れちゃダメだろうが」
赫鴉の服の下で、その胸をほしいままにしている白星は「むう」とうなり声でより顔をこすり付け、湿った音を連続で響かせる。
「ひゅぅッ!」
「だから乳繰り合うのをやめろって言ってんだろうが!」
「人が照れ隠しで遠回しにしたのに、デリカシーなくバラした人が悪いんです」
「エンルマ殿が関与したのは分かったが、そもそもの発起人は赫鴉ということか?」
そう問われて、彼は胸の中の獣に目を向けて抱き締めると、
「んー? まあ、そうなるかもな」
「……随分と曖昧だな」
「いやあ、気付いたらこうなってたというか。いやな、初めてコイツ見た時、見てらんなくてよ」
話す彼は手をソレの頭に乗せる。
「ハナタレ小僧の俺に翻弄されるような衰弱っぷりだったんだぜ? で、二、三振り回しただけで目一杯に涙浮かべて『殺してくれ』とか抜かすんだ。音に聞こえし三禍憑がどうしたんだ? って話さ」
服の上から、その手を頭に回して更に深く寄せた。
「遅れてやってきた討伐隊に泣きベソ垂れながら、土下座したのはどこのどなたでしたっけ?」
「それ言ったら、死にかけなのにガキかばって首差し出したのは誰だよ?」
「……腫れた惚れたの話は後にしてくれないか?」
黒狼は思わず半目になって中断させる。
「ひとまず白星があの鉄塊を産んだのは確定として、なんでお前は世界征服なんて与太をいいだした?」
「話は変わらずスケールをデカくしただけだ。要は、しばらく苦しくなるコイツを認めさせる」
「世界の定義は?」
以前不夜の街を見下ろしながら、答えを得られなかった問いを再び作る。
「俺と白星が一緒に生きていける世界」
「……今度は限りを取っ払ったか」
「コイツが穏やかに生きれない連中が出てきたんだ。ソレ、ブン殴りいくついでに、行けるトコ増やそうぜって話だぜ?」
「……」
胸にしがみつく女は、いつかの大きなおねだりを黙って思い出していた。
「ホント、大馬鹿な人ですね」
「分かってること言うのは感心しねえぞ」
「否定はしてないのですから、大目に見て下さい」
「馬鹿とかは否定しておけよ」
黒髪の少年は、二人のやり取りの意味は露知らずに呆れる。
「ま、しょっちゅう指裂いて血を飲ませてるというのは、大変仲睦まじいことだな」
皇太子がそう漏らすと、次男は明確に目線を向け、服の下で表情の分からない彼の正室もなにやら顔を向ける素振りを見せる。
「どうした?」
「い、いや。ところでその根拠を聞いてもいいか?」
聞かれた側は眉を少しひそめる。
「だって、赫鴉の指に指紋の無い部分があって、その直径が白星の犬歯の先端に丁度当てはまってるんだ。それにソイツの歯に血の分子も残ってるから、そうだろうと」
「「……」」
しばし、無音。
「どうした⁉︎」
「いや、流石というか……。『魔識』無礼てたな、と……」
「人のプライベートそこまで出歯亀出来るとか、よく見えてますね」
「人の目の前で堂々イチャつくお前らに言われたくないんだが⁉︎」
と、ひとしきり叫んだ黒狼は座り直して息をつく。
「で? 今後忙しくなるぞ?」
「ソッチの方が楽しいだろう?」
「ま、やり甲斐はありますね」
上向きではあるが後ろ向きな吐息が黒髪から。
「承知した。ま、とりあえず外征までは付き合ってやる」
「お? 意外だな。外されると思ったが」
「お前の戦力は買ってやる。精々種銭にしておけ」
「『お前が来い』じゃなかったのか?」
品のない弓なりを作る赫鴉。彼が抱き締める服の下からは「ココッ」と声が漏れていた。
「使えるから使ってやるんだ。感謝しろ」
「おう、喉笛ごと使ってやっから安心しろ」
カカッと彼は喉を鳴らした。