ようやく戦争が始まったのですが!
赫鴉は『東方不敗』に、強化外骨格『鎧』を展開して甲板に立っていた。
地表から約十五キロの上空に浮いて、そこから更に『東方不敗』の全高五キロが追加されての二十キロの空。
青く澄み渡るというより、宇宙が近い故に青暗く吸い込まれそうな空。
常人では到底身動きが取れないであろう低酸素低気温世界である。
「晴天、風向きは穏やか、か」
そんな環境お構いなしに彼は頭部『鎧』を部分解除し、空を見上げた。
オゾン臭がし、気温がマイナス二桁後半を記録する極限環境下であっても、呼吸は澱みなく肉体活動を平地のそれと遜色なく機能させている。
「つっても、そりゃ雲より高いとこいんだから当たり前なんだよな」
『寂しいなら寂しいと言っていいんだぞ』
黒狼だ。
彼は艦内中央管制室から通信で喋りかけていた。
「んー、まあな。白星と離れ離れはやっぱ慣れねえわ」
『赫鴉様、ワガママ言わないで下さい。私も辛いのですから』
と、白星。
通信で答えるのは彼女も艦内で待機しているからだ。
その背後からはなにやら多くの人の声が飛び交ってるのが分かる。
『なに白々しい夫婦漫才やってんだ』
黒狼は呆れて割り込む。
かく言う彼の通信からも人々の会話が漏れていた。
『広々静かな場所で待機、とは羨ましいな』
「おう、案外いいトコだぜ。日焼けするには丁度だな」
『赫鴉様が焼くのでしたら、私も今度褐色肌でお相手致しましょうか?』
『盛るなら後にしろ』
振ったのはオメエだろ、とツッコむ赫鴉。
こんな風にじゃれあってる三人ではあるが、今回の軍事演習──実質的には戦争である──の中核を担っている。
そして現在、進行形で演習が行われているのであった。
「観測班からなんだって?」
『全面桜色で目に痛い、だとよ』
『狙う必要がなくて助かりますね』
辺境邑次男は投影端末を開いて画面を共有。
光学で捉えた地表と空には数えるのが馬鹿馬鹿しいほどに生き物であろう蠢きが映っていた。
「これ全部、魔獣か」
『飛行種、特に輸送型とみられる奴もいる』
『ビサニティにならってワイバーン種とでも呼称しましょうか』
「で、特に馬鹿デケェのはドラゴンてか?」
採用します、と白星。
赤髪はいきなり呼称が追加されて現場が混乱しないか少し思案するが、まあその程度で音を上げる連中でもないか、と一人納得して頭部『鎧』を再展開。
『んじゃ、始めっか』
『号令は譲ってやる。精々吠えてろ』
おうよ、と次男は皇太子の権限譲渡を確認すると、天を指す。
『天の宮に御座す皇帝陛下に願い奉る!』
***
次男の号令に合わせて『東方不敗』が大きく脈動する。
『戦に赴く我等が艦に御身の燈を賜りたく!』
脈動する艦は勁力、マテリアル、生体金属を組み合わせてその周囲に『砲』を形成していく。
『さすれば御身に敵の首級を捧げ奉ろう!』
形成された『砲』は艦全体を包み込んで拡張し、全長百二十キロメートルを超えていた。
その超巨大砲台に詰められる弾は何処からくるのであるか。
それが来るのである。
***
「やれやれ、赫鴉君もエンルマ殿も中々無茶を実現するね」
陽昇首都の皇宮にて。
現皇帝の蒼吼は術式通信を通して炎成からの砲撃要請を受けていた。
「『西天常勝』の献上が名目だけじゃないとは。つくづく実利主義だ」
執務室の窓から見えるのは、遥か上空に鎮座してなおその威容を知らしめる飛行都市戦艦『東方不敗』級二番艦『西天常勝』だ。
「ま、いいさ。息子とその友達が頑張ろうっていうんだ。餞くらいバチは当たらないだろう」
砲撃特化の機能を付与された巨きな艦は長大な砲を姉妹艦がいる方角へと向けている。
マテリアル、勁力を充填された砲身は今か今かと辛抱の末、主の号令を待っていた。
「撃て」
その主人は確かに、しかし、静かに。通る声を持って号令を降ろした。
***
皇都にいる『西天常勝』から炎成外縁に位置する『東方不敗』まで直線で約三千キロメートル。
その距離を三十秒で詰める砲撃。
時速にて三六万キロメートル。
マッハ三百の豪速。
破壊のみを目的にした実体を持つ光条。
勿論それだけでも破壊力は標高八千メートル級の山脈を数度吹き飛ばしてなお余りある威力ではある。
だが、狙いが甘く標的に効率的に着弾するかはまた別の話だ。
そしてその補正、更にはキックスタートを担う存在がある。
『東方不敗』だ。
『西天常勝』からの砲撃が着弾する。
轟音。
しかし、船体は大きく揺れるもひっくり返るとはいかず、すぐさま体勢を整える。
元々二番艦からの砲撃を受け止められるだけの剛性靱性を有している艦は、勁力と術式混成のそれを受け止めて『砲』形態の内部に充填させる。
『狙い定め──!』
赫鴉の号令。
砲を地表へ。
艦自前の勁力を噴射し、射角の調整。
赫い『鎧』自身も勁力と膂力を使い、最終的な微調整をかける。
『あと0.3度右下に降ろせ。熱膨張分の補正を忘れるな』
黒狼の指示。
極大砲撃の照準を補正するのは彼が識る知覚だ。
光や音、振動、熱量、敵勢までの距離、どの角度で発射すればより多くに当たるのか、エトセトラ。
加えてそれらの幾らか先の風景、数値変化を有線接続した『鎧』でモニター。
黒い瞳は寸分の狂い無く敵勢を捉えていた。
『保たせます』
一歩違えれば容易く自身を消し飛ばす暴れ馬の手綱を握るのは白星だ。
計九人の分身体の並列処理により各所へ勁力・術式リソースを理想的に配分。
拡散しやすい勁力を術式と組み合わせることで密にする技術は、彼女達の師が編み出し仕込んだ業の一つだ。
金の髪は露の汗も垂らさずに暴れ馬を御しているのだ。
『来るぞ!』
雲海を突き破って来るのはビサニティの軍勢。
翼を持つ魔獣を中心とした朱、というより赤の足りない桜色の大群は兆を下らない。
羽根は蝙蝠のように皮膜と骨と爪があり、長方形の顔面からは角と牙を生やして血走った眼が三対六個ある。
それら大群が、陽に向かい顕現する百鬼夜行は、それを阻まんとする艦を撃ち落とそうとして、マテリアルを術式放出して飛行していた。
『奮っ!』
迫る群に対して、しかし赫鴉達は焦らず自身の役割を果たす。
全体が砲となり、砲身に弾が込められ表面温度が数千度となっていても赫の『鎧』は露も溶けずに、その熱量を上回る勁力噴射と膂力による引き上げでそれを制御。
『まだだ、まだ引き付けろ』
皇太子は部下の焦りを識りながらも、自身の令一つで抑え込み、最効率の距離にいたらせようとする。
黒の『鎧』は瞳を見せずともその狼の貌は焦り一つ見せない。
『勁力、術式砲弾、共に臨界を維持。皆様、ここが踏ん張り所です』
金の化け物は、本番において緊張する周囲に檄を送り、砲弾の熱量を保ちつつ、それのキックスタートの引き金を静かに握っていた。
『距離、一万五千……一万三千……』
黒狼が知覚する情報を各自各所が注視。
刻々と迫る軍勢と熱を昂らせる船体。
ビサニティも巨大な熱量を感知しているらしく、防御壁の様なものを展開している。
『全く、出来る女が親ですと、子は子で小賢しい真似をしますね』
『笑っていいのか悪いのか分からない冗談はやめろ』
『いいじゃねぇか、笑えば。少なくとも白星は和ませるつもりみたいだぜ?』
『そう言うお前はちょっと気が抜けただろうが……!』
あ、バレた? と赫鴉は膝の力が抜けかけた分の補正をかける。
『全く……で? 美味しいところはお前に任すが大丈夫か?』
『応! 有り難く!』
『……杞憂か』
『継承一位?』
『気にするな。やる気があるならなんでもいい』
『アン? 元気一杯朝からドバドバの俺になんか文句でもあっか⁉︎ アアン⁉︎』
『ダル絡みやめろ! つかもう来てんだから撃て!』
『私も準備出来てますよ』
ンじゃ、と次男は最後に力を込めて、
『撃ェ────!!!!!!!!』
豪砲が放たれる。
***
それは暴威だった。
それは威力だった。
それは力の塊だった。
単純な放熱量だけで周囲数百キロの大気がプラズマ化し放電。
雷の豪雨というべき線状が晴天を埋め尽くす。
その余波により地上ビサニティ部隊はそのことごとくが大気のない混ざった灼熱により自然発火し焼死。
放たれた砲撃それ自体も先鋒空戦力の魔獣を文字通り消滅させて突き進んだ。
勁力にて元々の速度を叩き出し、術式による更なる加速を得たエネルギー塊は『西天常勝』が放った時点でマッハ三百を超していた。
それに加えて『東方不敗』のキックスタートによりその百倍のマッハ三万という馬鹿げた速度を叩き出す。
哀れ雑多な防護壁を展開しようとも、速度と質量が乗算された莫大なる砲弾の前では濡れ障子よりも脆い障害でしかなく、展開した魔獣はなんの延命も出来ずに、文字通り消え去った。
影も残らない熱と量の地獄の顕現。
例え人を超え魔獣と呼ばれた生き物であってもこの力の嵐の前では、彼等が持つポテンシャルを発揮することは叶わず消え去ったのが大半であった。
『へえ、彼女もその弟子もよくやるねえ』
──オウカが護る本隊を除いては。
砲弾と障壁が激突する。
大波。
空を走る波を生み出すのは勁力重点の障壁だ。
力には力という強引さで砲弾を押し返さんとするのは、『鎧』を展開しているオウカ。
桜の鉄傘を掲げてそこから勁力を放射。
本隊を護るように広がる障壁は桜色を舞い散らせ、満開の花道を作っている。
押し返す。
砲弾それ自体に勁力の推進があるにも関わらず、ジリジリと後退していた。
魔獣は、当初の進軍速度よりも落ちているのにも関わらず、一個一個がその前進に乱されることなく飛翔。
高い統率力をもって実現することであった。
『うん、やっぱり君達は討ち滅ぼすに相応しい』
オウカは鉄傘の出力を上昇。
放射はそのままに、砲弾と接する部分から特大の爆破。
その衝撃波は『東方不敗』を大きく揺らす。
そして、砲弾は大きく形を崩壊させていく。
爆発と推力に挟み込まれた弾体上下は半ばから膨れ上がり、その張力の限界点にてヒビが入った。
後はそこから崩壊するのみだ。
内部圧力が狭い逃げ道を得て、そこに殺到。
拡散しやすい勁力は術式と結合していても、元々の性質からその道に威力を発揮しながら噴出する。
欠けた部分をより広げ、更に逃げやすくなった力が殺到し更に広がる。
それがごく短時間的に繰り返されるとどうなるか。
爆発である。
まずは光。
地平線のその先ですら大きく観測された特大の光球が生じたその次には衝撃が走る。
星を数十回周る波は周囲の地形を見るも無惨な形に変え、そこに至ってようやく爆音がやって来た。
焦熱でガラス状になった大地と極高温によりプラズマ化して帯電する天。
波長の短い青い光は早々に消え去って、辺りは長い波長の赤が舞っていた。
昼に置いて夕が見えている戦場となる。
『で、それに合う鴉が舞い来る訳だ』
赫の光。
巨槌と鉄傘がカチ合い、最小単位の勁力とマテリアルが崩壊する。
『よう! ブチ殺しに来たぜ!』
『元気そうで何より。あの雌の抱き心地はどうだった?』
気心の知れた仲の挨拶のように、どうしようもなく敵対する意思を隠さない剣呑な脅し合うような仲。
手始めにビサニティ本隊が九割、数千億が消失する破壊から戦端が開かれた。
赫鴉とオウカ、両軍総大将の衝突という直接的殺し合いが始まる。




