最終話 勇者ケンジ~後編
「...やるな勇者よ」
「魔王に褒められてもな...」
魔王の攻撃を凌ぎつつ、聖剣で斬りつける。
衰えた身体では魔王に致命傷を与えられない。だが、鍛えれば鍛える程強くなる俺のスキルで魔王と互角の戦いをする事が出来ていた。
しかし体力は削られて行く。
更に巻き戻る前、偽勇者によって刻みつけられた背中の傷痕がタイムリミットを迎え、血を噴き出し始めているのを感じていた。
このまま行けば、傷が骨まで達するのは時間の問題、最後は首が千切れて俺は死ぬ。
そうなれば世界は終わりだ、そうなる前に魔王を倒さねば。
「マリア起きてくれ!!」
魔王を倒すには時間が必要だ、とにかく時間を稼がないと。
俺はマリアの名前を叫んでいた。
「頼む!マリア、ルーシー!!」
もう一度叫ぶ。視線を向けると、倒れたままの二人が見えた。
「しまった!」
叫び声を上げ、マリアは身体を起こす。
二人は魔王が連れてきた魔族に取り囲まれているが、手は出されていない。
奴等は二人を恐れているのだ、下手に手を出し、仕留め損ねれば、凄まじい反撃を喰らう事を知っている。
魔王も俺に手一杯だから、放置していたのだろう。
「私は...一体」
マリアはまだ完全に意識が戻っていない様子。
頭を振りながら、俺と魔王を見ていた。
「早くしろ!治癒魔法を頼む!」
「はい!」
マリアは自分の頭に治癒魔法を掛ける。
違うとも言えない、まだ混乱しているんだ。
「ルーシーを早く!!」
「分かったわ!」
マリアがルーシーの胸ぐらを掴む、何をするんだ?
「ルーシー!起きなさい!!」
辺りに響く乾いた音、ルーシーを引っ叩いていた。
「随分と余裕ではないか...」
「グアア!」
横目でマリア達を見ていた俺の注意が逸れる。
その隙を見逃す筈も無い、魔王の左手から繰り出される手刀が俺の右脇腹を捉えた。
「「ケンジ!!」」
二人の叫び声、激しい痛み、俺はマリア達の近くまで吹き飛ばされた。
「...大丈夫?」
「こんなに血が...」
二人が俺の身体を抱き起こす、背中の血は魔王の攻撃からでは無い。
たが、マリア達に説明をしている暇は無い。
「...マリア、治癒魔法を頼む」
「でも効かないんじゃ...」
「進行は止まるはずだ」
「...本当?」
多分だが、賭けるしかない。
出血が激しいのだ、痛みは首付近にまで広がって、戦うどころでは無い。
「...ほう貴様、既に呪いを」
魔王が俺を見て笑う。
呪いには治癒魔法が効かないので無駄だと思っているのだろうが、これは呪いでは無い。
「シネ、ウィザード、ウォリアー」
「私は賢者だ!」
「聖女だ!!」
魔族の呟きにマリア達が怒鳴り返す。
ルーシーが魔族達を薙ぎ倒し、これで一対三、形勢が有利に傾いた。
「よし」
マリアの治癒魔法が効いたのか背中の出血が止まる。
痛みはあるが、何とか戦えそうだ。
「余り離れないで、掛け続けないと直ぐに傷痕が...」
後ろからマリアが不安そうに呟く。
マリアの治癒魔法は多少離れていても届くが、距離を忘れてはダメなのか。
「魔王待たせたな、さあ殺るか」
出血が止まり呆然としている魔王に向き直る。
奴はルーシーの強さにも驚いていた。
「...来たな」
「何がだ?」
魔王が不意に呟いた。
その表情に、また余裕の笑みが。
「遅いぞ」
「モウシワケ、ゴザイマセン...」
空から舞い降りて来る魔族、脚の爪に何かの塊を掴んでいる。
「...良いものを見せてやろう」
「何だ?」
魔王の合図に魔族が塊を投下した。
身構える俺達の前にその塊が転がって...
「...ナシス」
「嘘よ...」
「どうして...?」
手足を捥がれ、両目を刳りぬかれた、ナシスの変わり果てた姿。
僅かに上下する胸、何とか生きている。
「貴様!!」
「勘違いするな!これは人間の仕業だ!」
「嘘を吐け!!」
こんな惨たらしい事をするものか。
「嘘では無い!
コイツは人間側から届けられたのだ、貴様が弱体化しているとの情報を共にな、止血の痕を見れば分かるであろう」
「...ぐ」
確かにナシスの治療は、間違いなく人間がした物。
しかしなぜ?
「コイツは国王を殺そうとしたそうだ」
「は?」
「訳は知らぬ、『罪人ゆえ処分せよ』とな。
そして、我を倒さんと人間共はこちらに向かっておる。
お前達も一緒に殺すつもりであろうな、愚かな事よ。
貴様等がいなくなれば、人間は滅びるというのを忘れておるわ」
「...本当なの?」
マリアがそっとナシスに治癒魔法を掛ける。
回復したナシスが小さな声で呟く。
「すまない...国王達は...ケンジを見捨てると...私は...糞」
「もう喋るな」
また裏切られてしまったか。
だが今回、ナシスは違った、それだけで充分だ。
「行くぞ」
「ええ」
一気に駆ける、後ろからマリアも来る。
ルーシーはナシスを庇いながら魔族と戦う。
もう何も考えない、俺達には失う物は何も無いのだ。
「ふん!!」
「ガアァ!」
力任せに聖剣を繰り出す。
限界を越えた力を込める、背中の傷痕から再び血が噴き出すのを感じる。
マリアは何も言わない、集中しているんだ、世界の人間に絶望しつつも、俺だけを心の底から。
「何故死なんのだ!!」
「やかましい!!」
魔王から繰り出される攻撃、もう避けたりしない。
身体を貫く魔王の魔法を全身に受けながら斬り続けた。
「そこだ!!」
「ギャアアアア!」
魔王の胸を貫く、輝きを増す聖剣、奴の核を抉ったのだ。
「...やったか」
聖剣を抜く、身動き一つしない魔王、やがて足元から塵となり、消えて行った。
「グ...」
ダメだ...力が入らない...意識が...
「「「ケンジ!!」」」
ルーシー、魔族を倒したんだ...みんな生きてる...気分は...悪くない...もう...
「よくやりましたケンジ...」
「...え?」
「「「サイリオン様」」」
...視界の先に一人の女性...どうしてだ...消えたのでは?
「神のギフトを...ケンジが魔王を倒したので、私は復活を」
「そっか...そんなの...あったな」
すっかり...忘れてた。
「さあ願いを...」
「サイリオン様!早くケンジを元の世界に!!」
「早く!」
「お願いします...」
「マリア...ルーシー....ナシス...」
ありがとう...だが...それは...不可能なんだ。
...目を伏せるサイリオンに頷いた。
「サイ...リオン」
「はい」
「みんなを...回復して...くれ、俺の...力を...全て元通りに」
「...分かりました」
「何を馬鹿な!!」
「止めて!サイリオン様!ケンジを」
「...駄目よ、人間の願いはケンジからだけ」
「...そんな」
マリア...泣かないでくれ...ルーシー...ナリスも...
「...ありがとう」
サイリオンに微笑む。
もう大丈夫だ、急に意識がハッキリしてきた。
どうやら消える時が来たようだ。
こうして俺は勇者としての最後を遂げた。
「ギフトは神の願いも叶えられるのよ...」
...呟きが聞こえた気がした。
次はエピローグ!