最終話 勇者ケンジ~前編
シリアス
「大丈夫?」
1日の戦闘が終わり、マリアの肩に掴まりながら、ようやく野営のテントまで辿り着いた。
勇者の俺が情けない、マリアの助けが無いと歩けない程衰弱するなんて。
「...しっかり」
後ろからルーシーの心配そうな声が。
彼女には俺の聖剣を預けている、それすら持つ体力が残されていないのだ。
「誰か!」
マリアの声に誰も答えない。
テント内に人の気配が無い、恐れていた事が起きたのだ。
「俺達だけか」
「...そうみたいね」
ここに居るのは俺とマリア、ルーシーの三人。
テントの留守を護る為に残していた最後の兵士も遂に逃げ出したのだ。
「大丈夫?痛くない?」
「ありがとう...」
マリアは俺をベッドに寝かせ、治癒魔法を掛けてくれる。
全く力の入らなかった身体が少し軽くなった。
「ルーシー、これは?」
「...これしか残って無かった」
ルーシーが運んで来た食事を見たマリアが思わず不満の声を上げた。
僅かなパンと薄いスープ、野菜や肉は一切無い。
きっと逃げた兵士が残っていた食料を持ち逃げしたのだ。
「大丈夫だ、食べられるだけな」
身体をゆっくり起こし、パンに手を伸ばす。
カサカサのパンは作られてからかなり時間が経過しているのだろう。
「それでも、これは酷いわ!」
そう叫ぶマリアだが、根こそぎ持って行かなかっただけマシだ。
「もう少しだ、きっとナシスが...」
「「...ケンジ」」
魔王領に侵攻して約一年、最初の半年は順調だった。
しかし、魔王軍が俺達との衝突を避け奥地へと退却する様になると事態は一変した。
世界の国々からの補給が途絶える様になったのだ。
討伐隊の兵士は次々と帰るが、新たな補充がされなくなり、食料の補給も滞り始めた。
一向に届かない物資に業を煮やしたナシスが先月、魔王領から一旦離脱した。
『必ず戻って来ますから』
そう言い残して...
「見捨てられたか」
「そんな事は...」
思わず出る弱気な言葉にマリア達は否定しようとするが、二人の声が続かない。
現状を考えれば、そう言わざるを得ないのだ。
俺達は確かに魔王軍を追い詰めた。
魔王軍の幹部も全て討ち取り、奴等の残された兵力では、もう人間側に攻める事は出来ないと国王達は考えたのだろう。
『勇者達が死ねば、後は俺達が』
そう思ってるに違いない。
「...畜生め」
「やっぱり滅ぼすべきだった」
マリアとルーシーは国へ戻り、奴等を八つ裂きにしたいんだ。
結局二回も裏切られた。
本当に助ける価値があったのか?
自分の決断が間違っていたのでは?
つくづく自分の甘さが嫌になった。
マリアとルーシーに申し訳無い。
「これは!」
「どうした?」
「背中が...アア!!」
治癒魔法を掛けていたマリアが突然叫んだ。
今日は背中に傷を負った記憶は無いが。
「嘘よ...」
俺の背中にまわったルーシーが一言だけ呟いた。
これは来るべき時が近づいて来たのか。
「死なないで!!」
「嫌よ!置いていかないで」
二人が必死でしがみ着く。
間違いない、三年前にネトラから受けた傷が再び現れたんだ。
「消えてよ!お願い!!」
必死で治癒魔法を掛けるマリアだが、無駄だ。
「取れないよね?
千切れたりしないよね?」
正気を失った様にルーシーが俺の首を擦り上げる。
これは不味いな...事態は最悪だ。
「帰ろう」
「「ケンジ?」」
「一旦王国に、態勢を建て直すんだ」
絶対間に合わないだろう、だがマリア達だけでも...
「そうよ、帰ったら最高の治癒が出来るわ。
世界中の治癒魔術を集めたら」
「それしかないわ」
マリアとルーシーの目に光が戻る。
途中で俺が死んだら王国は大変な事になるが、知った事では無い。
それに、魔王軍が持ち直したとしても二人の戦力があれば...
「そうと決まれば」
「ええ、直ぐ支度よ」
マリア達は各々のテントに戻って行く。
ナシスはどうしてるのか、本当に裏切られたのかな?
どうしても信じられないのだ、今回の旅で献身的なナシスの姿は本物だと思ったのだが...
「なんだ?」
地響きがテントを揺らす。
何かが近づいて来る、まさか...
聖剣を掴み、テントから外に飛び出す。
夜の闇に浮かぶ一団、あれは...まさか...
「ま...魔王」
「なんで突然?」
間違いなく魔王。
一際巨大な身体、禍々しいオーラ。
伝承通りの姿を見たマリアとルーシーは突然崩れ落ちた。
「気絶?」
息はある、どうやら弱った身体に魔王のオーラは耐えられなかったか。
「覚悟せよ」
「どうして急に?」
片言では無い魔王の言葉、怯む訳には行かない。
「貴様が弱って行くのを感じていた、今なら勝てる...」
「...そういう事か」
魔王の策は当たった、凄まじい強さを感じる、
マリアとルーシー、そして俺が死ねば、やはり人間は滅ぼされるだろう。
前回より少し時間が掛かるだけだ。
「...来い」
構えた聖剣の光が鈍い、力が回復してない。
「死ね勇者よ!!」
「貴様がな!!」
『 サイリオン!俺に力を!!』
初めてサイリオンに祈った。