閑話 ...ケンジ
ケンジと再び魔王討伐の旅に出て二年が過ぎようとしていた。
今回の旅は前回と違い、王国を始めとする世界中の国々からの手厚い応援もあり、私達は順調に人間を魔王軍の脅威から救う事が出来ていた。
「マリア!そっちに行ったぜ!」
ルーシーの声に振り返る。
目の前に迫る魔獣に跨がった一人の魔族。
おそらく魔王軍幹部の側近だ。
幹部と戦っているケンジの死角から背後を襲うつもりか?
「ふん!」
今は乱戦状態でケンジに声は届かない。
私は全身に身体強化を加える。
漲る力。身に着けていたローブがキツくなる。
「行かすか!」
一気に間合いを詰め、魔獣の尻尾を握り締める。
渾身の力で魔獣を引き摺ると、業を煮やしやた魔族が私の前に飛び降りて来た。
「ジャマスルナ...ウォリアーメ」
「...何だと?」
誰が戦士だ?
私は剣どころか、武具の類いは一切携行していない。
魔法も治癒魔法以外は全く使えないのに。
「私は聖女だ!」
「グヒャア!!」
魔族の眉間に正拳を叩き込む。
魔族も頭の骨は硬い、本来なら腹を狙うところだが、返り血や吐瀉物を避けるには、これが一番効果的だ。
「フン!」
魔族の顔面にめり込んだ拳を引き抜く。
加減が難しい、最近は本気で殴ったら相手の頭が破裂してしまうようになってきた。
「アグアァ...」
眼前でケンジの斬技を喰らった魔族が倒れる。
凄い剣圧、早さも申し分無い。
私ですら目で追うのがやっと。
「大丈夫かケンジ」
「ああ、そっちも片付いたか」
「ええ」
「しまった!」
思わず見惚れてる間にルーシーがケンジの隣に居るではないか!!
「怪我は無い?」
「ありがとうマリア」
ケンジに駆け寄り身体を確認する。
かすり傷一つ負って無いのは分かっているが、万が一だ、勇者の傷を癒すのは聖女の務めだからね。
「これで幹部は後二人ね」
「そうだな」
ゆっくり聖剣を鞘へと戻すケンジ。
あれほど激しい戦いを済ませたのに、聖剣は刃零れ一つしない。
さすがは勇者が使う聖剣は違う。
「ケンジ様」
「ナシス」
私達の後ろからナシスがやって来た。
別動隊を率いるナシスは魔族本隊から主力を切り離す役を務めている。
「こちらも片付きました」
「ありがとう」
ケンジはナシスに労いの言葉を掛ける。
静かな表情を崩すこと無く頭を下げるナシス。
再び討伐に出た当初は全く信用して無かった私達だが、最近は少しだけ...あくまで少しだけ見直していた。
「どうぞ」
「ありがとう」
ナシスが手配した宿に泊まる。
王国から我々を支援する様、世界中に連絡が行っているので、旅は前回と全く違う。
兵士の補充も、武具等の装備品、食料に至るまで全て心配する事が無い。
いや、前回が酷すぎた。
殆ど野営だったし、補給は街の人々からの善意だった。
「次はいよいよ魔王領内だ」
「ええ、暫くは大変な生活ね」
「それも悪くないわ」
宿に戻った後、食事を取り簡単な打ち合わせを行う。
ようやく魔王軍が侵攻してくる前の状態まで盛り返したのだ。
「後一年、なんとか間に合いそうだ」
「...ケンジ」
ケンジの呟きに胸が締め付けられる。
どうして期限を決めたのかケンジは説明をしてくれないのだ。
「ケンジ様...」
「なんだ?」
「少し休まれては?
兵士の補充も少し難しくなって...」
「何とかしてくれ」
「...はい」
ナシスの言葉を遮るケンジ。
身体は勿論心配だが、少し討伐の進軍に無理がある。
最近は他国も優秀な兵士を貸す事を渋り出して来た。
きっと魔王討伐が終わった後の事を考えているのだろう。
連絡と交渉役を務めるナシスの苦労が、少しだけ分かる。
「先に休ませて貰う、みんなもしっかり休んでくれ」
「はい」
「分かりました」
ケンジが席を立つ。
やはり心配だ、いくら勇者と言っても不死身では無い。
それは一度殺されている事から明らかだし。
「...起きて」
「...ルーシー?」
部屋に戻り、一人眠っている私をルーシーが揺り起こした。
「どうしたの?」
眠い目を擦りながら身体を起こす。
燭台の蝋燭に火を着けようとする私に、ルーシーが小さく詠唱をすると部屋に明かりが灯った。
「...ケンジの部屋から話し声が」
「...嘘?」
今は深夜、一体誰とケンジは話して...まさかナシスと?
「落ち着いて、独り言みたいだった」
「本当?」
殺気立つ私をルーシーが押し止める。
それにしても、なぜルーシーはそれを?
「ケンジの部屋の外で聞き耳立ててたな?」
「うん...気になって」
「全く、抜け駆けはダメでしょ」
「ごめん」
身体を強張らせるルーシー。
本当の彼女は内気な女なのだ。
ケンジや周りにの人間に対する話し方は強がっているに過ぎない。
「それでケンジは何を?」
「早くしないと時間が、とか...サイリオンとの約束をって」
「約束?」
「そうなの」
時間もそうだが、女神サイリオン様の約束とはなんだ?
「三年って言ってたわね」
「...そうね」
愚王に対して言った三年の期限、無茶な進軍。
分からない事ばかりだ。
「やっぱりケンジは終わったら、帰るつもりなのかな」
「...それは」
ケンジはこの世界の人間を救う為に召喚された。
終わったらどうするつもりなのか、一度も聞いた事は無かった。
怖くて聞けなかった。
一度死んで、会えなくなった時の絶望から余計に。
「引き止められないかな」
うつ向くルーシーの瞳には涙が滲んでいる。
それは私だって何度も思った。
魔王を倒し、この世界にケンジが残ってくれたならと。
「...ルーシー、貴女が抱かれたら?」
「何をいうの!?」
私の言葉に真っ赤になったルーシーが睨む。
せめてルーシーにはケンジと結ばれて欲しい。
「マリアはどうするつもり?」
「私は...」
私だって結ばれたい。
ケンジを引き止める為じゃない。
それは卑怯な振る舞いだ、それをケンジは望まないだろう。
それ以前に出来ないのだが。
「聖女は清らかで無いと」
「...あ」
思い出したルーシーが固まる。
そう、聖女の力は穢れ無き乙女にしか
宿らない。
それは神託の時に誓ったのだ。
『一生を掛けて』と...
「破った者には神罰が下る」
「ごめんなさい...」
「いいよ」
神罰は自分だけでは無い。
周りの親しい人間にも及ぶとされていた。
実際は分からない、歴代の聖女は皆、誓いを破らなかったから。
「それじゃ私も」
「ルーシー...」
「私だけは嫌、マリアも一緒じゃなきゃ」
「ありがとう...」
ルーシーの気持ちに涙が止まらない。
全てが終わったら女神様にお願いしよう。
一度で良いからケンジと...って。
私達は新たな決意を胸に旅を続けるのだった。