第2話 ケンジ再会する~中編
「うわっ!」
「な...なんだ?」
突如王宮に響き渡る轟音。
王宮内に侵入した魔族に追い詰められていた私達は何が起きたか分からない。
「...ナシス、一体何が起きたと言うのだ?」
真っ青な顔をした国王陛下が声を震わせながら聞いた。
「分かりません。
ただ言える事は、味方の仕業と思わない方が良いかと」
「新たな魔族共か侵入したのか」
「おそらくは」
既に王宮の外は魔族に包囲されている。
昨日、突然押し寄せた魔王軍に我々は虚を突かれ、味方は忽ち殲滅された。
私は生き残った手勢を連れ、命からがら王宮内に駆け込む事が出来たが、窓から侵入して来た魔族に部下は全て討ち取られしまった。
「...なんとかなりませんか...この子達だけでも」
「お妃様...」
王妃様は幼い我が子を抱き締める。
なんとか出来る事なら、とっくに何とかしているが。
「ねえ...聖女と賢者はどうしたの?」
「...それは」
幼い王子の言葉に何と言って良いのか分からない。
陛下も同じ様に黙り込む。
2日前に魔王軍から勇者を殺したと聞いたマリアとルーシーは血相を変えて王宮に怒鳴り込んで来た。
余りの剣幕に私は既にケンジが殺されたと言えず、地下室に二人を向かわせたのだ。
激しい叫び声が地下室から聞こえ、扉が閉まり二人は閉じ籠ってしまった。
仕方なかった。
ケンジが偽勇者だと思えなかったが、陛下が偽物だと言えば、従うしかないのだ。
「いつまでも此処に居る事は出来ません、奴等に見つかってしまいます。
隠し通路のある部屋に向かいましょう」
一旦この部屋を出て、少し離れた部屋に駆け込もう。
危険は承知だが、隠し通路は王宮中に張り巡らせてある。その中には王宮外に脱出が出来る通路も。
外は魔族が包囲しているが、逃げ場の無い王宮よりは生き延びるチャンスがある筈だ。
「おいネトラ」
部屋の隅で踞り、震えるネトラに声を掛けた。
「な...なんだナシス」
「先に外へ出ろ、斥候を頼む」
縋るしかない、ネトラが勇者だと...
「い...嫌だ」
「貴様何を...勇者では無いのか」
情けないネトラの言葉、真っ青な顔で、歯をガチガチ鳴らしている。
やはり...なのか...
「しっかりしろ、貴様とて元々は王宮騎士では無いのか、手にしている聖剣は飾りか?」
こうなれば、ネトラの勇気に賭けるしかない。
あの聖剣でケンジを殺したんだ...私の目の前で...ケンジの首を...
「聖剣...そうだよ、俺が本当の勇者なんだ...」
震える手でネトラは聖剣を鞘から抜く。
鈍い光を放つ聖剣、とてもでは無いがケンジが使っていた頃と違う。
いや、ケンジを殺した時より、更に光は鈍くなっていた。
「どうだ?」
「大丈夫だ」
先を行くネトラに続き、私達も部屋を出る。
隠し通路のある部屋まで後少し...なんとかなる。
「アバヨ」
「なんだと?」
目的の部屋に着いたネトラが振り返り、扉を閉める。
何が起きた?
「おいネトラ!」
必死で扉を叩き、ドアノブを回すが内側から鍵を掛けたのか動かない。
「どうなっておる!!」
陛下、見て分からないのか?
置き去りにされたんだ!!
「イタゾ!」
「糞!!」
魔族に見つかってしまった。
左右から押し寄せる敵の数は数十...いや奥が見えない。
これはヤバい...覚悟を決めるか。
「陛下、剣をお抜き下さい、王妃様と子息達をお願い致します」
「ア...アア...何故た...ケンジは偽勇者では無かったのか?...まさか魔王が...そんな...」
へたり込む陛下は既に正気を失っている。
なんという事だ、失禁まで...
情けない姿に怒りが込み上げる。
「畜生!!」
一気に左の敵に切り込む。右の奴等に構っている暇等無い!!
「ケンジ!!」
頭に浮かぶ言葉を叫ぶ。
なぜ私はケンジの名前を?
「貴様は本当の勇者だ!
すまない!なぜ私は止めなかったんだ!」
敵の攻撃が次々と私を襲う。
激しい痛みは自らの過ちの贖罪にもならない。
「キャアア!」
王妃の叫び声に反対側へと戻る。
手にしていた剣が敵の血で滑り、刃零れまでしていた。
「貸せ」
陛下の剣を奪い取る。
豪華な装飾が施され、武器としては使い心地は最悪だ。
私も陛下や貴族と同じ、腐った選民意識でケンジを見下していた。
だから素直になれなかった。
ケンジが偽勇者の筈が無いと、命を掛けて何故言えなかったのか!!
「アァ!」
駆ける私の顔面に当たる敵の炎、髪が燃え、視界が奪われる。
惨めだ、一人で戦うのはこれ程惨めで、心細いのか。
それなのにケンジは...死に物狂いで。
「何故あれ程私達の為に戦ってくれたんだ!」
ケンジの姿に、どうして素直な感謝を...マリア達の様に...
「ギャアアア!!」
ネトラの居た部屋から聞こえる叫び声。
次の瞬間、血塗れの男が扉と一緒に吹き飛ばされて来た。
「...見いつけた」
「本当に手間掛けさせて...」
「...マリア、ルーシーも」
マリアとルーシーだ!!
隠し通路の存在をルーシーは知っていたんだ!
「テキ?」
「ギギ...ナンダト?」
魔族共が身構える。チャンスだ、二人が居れば助かるかも。
「...貴様がケンジを」
「ヒャメテ...」
マリアがネトラを掴み上げ、聖剣を奪い取る。
何をする気だ?
「ルーシー!」
「任せろ!この野郎!!」
魔族に向けてマリアがネトラを投げつけ、ルーシーが奴の背中に特大の魔法を放った。
「伏せて!!」
廊下を爆風が襲う、吹き飛ばされない様に、陛下達の身体を床へと押さえ込んだ。
爆風が収まり、視線を上げると左側の魔族は全て塵となって消え失せていた。
ネトラは...探すだけ無駄か。
反対側の魔族は恐れを為し、消え失せていた。
「よ...よく、やった、見事だ聖女達よ」
陛下が震えながらマリアに礼を言う。
どうして此処に来てくれたんだろう?
まさか、ケンジの死を受け入れられず発狂したのか?
そういえば、目の焦点が合ってない...
「...ルーシーはナシスね」
「分かった...愚王は任せたよ」
一体何の...
「ギャアアア!」
「何を貴様...アアアア!」
気づけば私と陛下は宙を舞っていた。
死んだかな?
霞む視線の先に、マリア達を止めるケンジの幻が見えた気がした。