第2話 ケンジ再会する~前編
「マリア、ルーシーも起きてくれ」
いくら揺すっても二人は意識を失っまま。
やっと帰って来たのに、
「...参ったな」
目覚めさせるには水でもぶっかければいいのだろうが、生憎そんな物はここに無い。
一旦二人を置いて地下室を出ようとしたが、上に上がる階段の扉が開かなかった。
おそらくルーシーが扉に結界を張ったのだろう。
「...早くしないとナシスが死んじまう」
三人の力は魔王討伐に必要不可欠。
サイリオンに再び託されたこの命、もう失敗は許されない。
勝利を確実な物にするため、一度は裏切られた人間だが、ナシスの力も加えたかった。
「...ダメか」
もう一度渾身の力で扉を押すが、やはり開かない。
俺は簡単な魔法しか使えないのだ。
あらゆる魔法のスペシャリスト、ルーシーの結界はやはり凄い。
「しかし...何で死のうとまで」
再びマリアとルーシーの側に腰を降ろす。
俺を信じてくれていたのは嬉しいが、二人が俺に続いて死を選んだ理由が分からない。
「...マリア、ルーシー、お前達は好きな人が居るのに、なぜだ?」
小さな呼吸を繰り返す二人に呟く。
マリアは旅の最中、いつも言っていた。
『早く魔王を倒して愛しい人と生きたい...だから』
その美しく、希望に輝く瞳に俺は勇気づけられた。
強い意志こそが、魔王に負けない力になると。
「ルーシー...お前もだ...」
討伐が終り、冒険者に戻ったら、告白すると言っていた。
そして、一緒に世界を旅して回りたいとも。
「...俺のせいか」
魔王の策に嵌まった王国の連中を恨む気持ちはある。
だが、今はそんな事を言ってる場合では無い。
やるべき事を果たさないと。
「畜生...」
無力な自分が嫌になる。
きっと王宮内は今頃パニックだろう。
早くしないと手遅れになってしまう。
「...起きてくれ、もう一度力を頼む」
マリアとルーシーに頭を下げる。
頭に甦るのは情けない記憶。
召喚された時、俺は全くの役立たずだった。
余りの弱さに国王を始め、周りの貴族達も唖然としていた。
衛兵どころか、見習い騎士にも歯が立たない。
毎日の訓練にボロボロだった。
特にナシスは俺に付ききっりで鍛えてくれた。
打ち身、骨折、マリアの治癒魔法が無かったら、間違いなく不具者だったろう。
『本当、ケンジは弱いわね』
『仕方ない、召喚勇者はこんな物だ』
一緒に訓練していたマリアとルーシーは既に力を使いこなせていたからな。
二人の言葉は正直堪えた。
スキルで強くなっても、二人は決して俺を甘やかさなかった。
『ま...まだまだよ、勘違いしないで、早く私の治癒無しで戦えるようになりなさい...でも少しは頼っても』
『そ...そうよ、これくらいの強さじゃ...世界を回るには』
『ルーシー!!』
懐かしい思い出だ。
「...ん」
「マリア!」
マリアが今声を!
「あ...」
「ルーシー!」
ルーシーがゆっくり瞼を開く。
やっと気がついたんだ。
「しっかりしてくれ」
「ケ...ケンジ」
「私まだ夢を...」
二人は俺を見ながら起き上がる。
さっきは驚かせてしまったからな、安心させなくては。
「夢じゃない、現実だ」
「ケンジ...」
「ルーシー?」
ルーシーが俺の首を触り始める。
何だろう?
「...ちゃんと引っ付いてる」
「そりゃまあ...」
当たり前だ。
「本当だ...背中の傷痕も無い」
マリアが後に周り、俺の首筋から背中を確認する。
確かに、偽勇者から滅茶苦茶首付近を斬られたからな。
思い出したら、また寒気がする。
「...本当にケンジなの?」
「本当にケンジだよ、マリア」
「...本当なのね」
「ルーシー、他の誰に見える?」
死んだ人間がまた居たら当然だよな。
「...一体何が?」
「サイリ...女神様が、もう一度と」
嘘じゃない、頼んだのは俺だが。
「「ケンジ!!」」
「なんだ?」
マリアとルーシーが俺に飛び付く。
一体何が起きた?
現状が理解出来ない、二人が俺に抱きつくなんて事は一度も無かった。
それどころか、明らかに避けられていたのに。
「もう我慢しないから!」
「そうよ!」
「え?いやあの...」
まだ混乱が治まらないのだろう。
しばらく二人は泣き続けた。
「...そう、国王がね」
「クソッタレが」
落ち着いた二人にサイリオンから聞いた話を伝えた。
魔王によって俺は偽勇者と疑われ、殺されてしまった事。
そして、僅か二年で人間は滅ぼされてしまった事を。
「だから、早くここを出て...」
「出てどうするの?」
「...どうするって」
マリア、どうしてそんな事を聞く?
「ケンジ、国王は裏切ったんだ。
そのネト...何とか言う奴が偽物だと見抜けずにな」
「そうだけど」
ルーシーまで。
「...教会には償って貰った」
「ギルドもな...」
償ったって?
「...教皇を始め、幹部をね」
「ギルドマスターもだ、奴等はケンジを...クソが」
一体何をしたんだ?
怖くて聞けない。
「あんな酷い傷を...ケンジに...絶対許せない」
「...ああ」
二人の目は漆黒の闇を映す、これは予想外だ。
不味いぞ。
「ナシス...」
「...あの野郎」
今度は何だ?
「...裏切り者には死を」
「任せろ...マリア火玉魂」
「わ!!」
ルーシーが扉に向けて詠唱する。
忽ち飛び出す炎の塊、間違いない、ルーシーの必殺技だ。
爆風に吹き飛ばされる。
視線を上げるとマリア達の姿が見えない、慌てて二人を追いかけた。