第1話 ケンジ再び異世界に立つ
宜しくお願いします。
気が付けば見覚えのある空間に倒れていた。
ゆっくりと身体を起こし、目の前に佇む一人の女性を見る。
この人と会うのは7年振りか。
「気がつきましたかケンジ」
「ああ」
彼女の名前はサイリオン。
7年前に俺を異世界に召喚した女神。
以前は眩い光に包まれていたが、今の姿はくすんで見えた。
「すまない、俺は失敗した」
「どうして謝るのです?」
頭を下げる俺にサイリオンが首を傾げる。
確かに謝るのは変かもしれない。
サイリオンに頼まれて、縁もゆかりも無い、異世界を救う為に戦った。
それは無理矢理だった。
元の世界では平凡な高校生だった俺が、いきなり血みどろの戦いの世界。
斬り合いはおろか、喧嘩すら殆どした事の無い俺には荷が重すぎたのだ。
「魔王どころか、幹部さえ全員倒せなかった」
「仕方ない事...」
「だが...」
サイリオンの言葉が突き刺さる。
7年も掛けたのに...俺なりに一生懸命やった。
最初は全く役に立たなかったが、サイリオンから授けて貰ったスキル、[剣技上昇]は鍛えれば鍛える程強くなれる素晴らしい能力だった。
だが、元々が弱すぎたんだ。
魔王討伐に旅立つまで、4年も掛かってしまった。
それで直ぐ活躍出来たなら救いはあった。
しかし期待に反し、魔王軍の勢いを止められず、幹部相手にもたもたと...
「...俺を見限って、新たな勇者を神託したんだろ?」
「違うわよ」
「違う?」
違うとはどういう意味だ?
「私は新たな勇者なんか神託していない」
「何だって?」
意外な言葉に理解が追い付かない。
国王は確かに言ったんだ、
『貴様はもう用済みだ、新しい勇者はお前と違い、素晴らしい』と。
「魔王の企みね」
「魔王の?」
「ええ、魔王は幹部が次々に討たれ、窮余の策で偽勇者の神託を偽装した。
王国や教会は、まんまと騙されたの」
「そんな事が...」
「ごめんなさい、私は干渉する事が出来なかった。
まさか人間が魔王の陰謀にアッサリ騙されるなんて」
「...そっか」
国王が俺の首を落とす直前に言った言葉が甦る。
『貴様の様な薄汚い異世界人がこの世界を救う等、おかしいのだ、この者こそ真の勇者だ』か...
「愚かよね、貴方の首をはねた男が偽物で、本当の勇者を殺したんだから」
「そうだな」
言われてみれば、新たな勇者を名乗っていたネトラの剣は拙かった。
麻痺魔法で組み伏せられ、身動き一つ出来ない俺の首を何度も剣で叩いていたな。
「魔王の力を偽装で授けられても、あの程度の力。
誰の目にも偽物と分かる筈なのに」
「もう良いよ」
そんな奴だったのに、俺は偽物と決めつけられた。
信頼していた仲間からも...いや本当は信頼なんかされて無かったんだ。
「さあケンジ、元の世界に戻りましょう」
「頼む」
サイリオンの前に跪く。
どちらにせよ、俺が死んだら元の世界へ時間と共に戻して貰う約束だった。
魔王を倒したら、更に神のギフトも授けて貰う約束だったが、失敗したから無しだ。
「最後に聞いても?」
「どうぞ」
どうしても聞きたい事があった。
元の世界に戻ったら、ここの記憶は全部消えると聞いていた。
「この世界はどうなる?」
「どうして?」
「知っておきたいんだ」
おそらく魔王に人間の国々は滅ぼされるだろう。
だが、人間の存在自体くらい残して...
「皆殺しになった」
「え?」
皆殺しになったって?
それって、まさか既に?
「貴方が殺された直後に魔王軍が一気に攻めこんで来たの。
勇者を自らの手で殺してしまった人間は為す術も無く、二年後に全滅したわ」
「二年後って、俺が殺されて何年経ってるんだ?」
「三年よ、召還させる力が集まるのに時間が掛かったの」
「なんて事だ...」
王国の自業自得だけで片付けられない。
確かに一部の連中から裏切られはしたが、全員からでは無い。
それに旅の中、触れあったこの世界の人間が全員悪い奴だった訳じゃ無かった。
幼い子供達まで...畜生。
「忘れなさい、私も消えるから」
「消える?」
なんでサイリオンが消えるんだ?
女神では無いのか?
「今の私は貴方を元の世界に召還する力しかない。
仕方ないわね、信奉する人間が滅んじゃったから」
「...サイリオン」
だから彼女の姿はくすんでいたのか。
やはり俺は役立たずだった。
もっと早く成長していたなら、魔王の企みに騙されたり、仲間も俺を裏切ったりしなかったのに。
「...聖女と賢者は貴方を信じていた」
「本当か?」
「これだけは聞いて、聖女マリアと賢者ルーシーは最後まで貴方を信じていたわ。
貴方が殺された時、二人共居なかったでしょ?」
「...確かに」
そうだ、あの時二人は居なかった。
王宮に向かう途中でマリアは教会本部に、ルーシーは魔法ギルドに呼ばれて、俺は剣姫ナシスと二人っきりになった。
「魔王が勇者を殺したと宣言したのを聞いて、マリアとルーシーは王宮に殴り込んだ...そして貴方の亡骸を見つけると、その場で命を絶ったわ」
「...バカ」
だから二年しか人間は戦えなかったのか。
二人が生きていれば、もっと長く...いや結局はダメだったから一緒か。
「ナシスは?」
「同じ日に新しい勇者が偽物と知ると、その場で偽勇者を刺し殺し、自らの首を落とした。
貴方に詫びながらね」
「...そっか」
ナシスは王国に忠誠を誓っていたからな。
簡単に動けなかったんだろう。
「もう良い?」
「ああ、俺をもう一度向こうの世界に頼む」
「...え?」
「だから、俺が死んだ直後に時間を巻き戻してくれ、今度はしくじらない」
サイリオンが固まる。
予想外だったな?
「そんな事したら、貴方は元の世界に戻れなくなるわよ」
「覚悟の上だ」
サイリオンに残された力は残り僅かだしな。
「それに、うまく直後のタイミングになるかも分からないわ」
「まあ、何とかなるだろ」
マリア達が生きている時が良いな、一人では魔王討伐が大変だ。
「貴方は本当の勇者よケンジ」
「ありがとうサイリオン」
サイリオンの手から降り注ぐ光、身体が消えて行く。
ふと見るサイリオンの目に涙が光っていた。
「...よし」
気づくと薄暗い部屋に俺は居た。
ここは見覚えがある、王宮の地下室だ。
「どうしてなの?ケンジの身体が消えちゃった!!」
「なんでよマリア!この手にあったのに!!」
「これじゃ死にきれないわ!」
懐かしい声が聞こえる。
どうやら間に合ったな。
「マリア、ルーシー、俺ならここに居るぞ」
「「え?」」
そっと二人の背後に立つ。
これで大丈夫だ。
「「...ギャアアアア!!」」
地下室に二人の絶叫が響いた。